第1話 転入生
久しぶりの新作です。初日なの3話ほど出します。毎日投稿は恐らく無理だと思いますが、2日おきに出したいと思います。
季節は夏。
神奈川県の港には、海の匂いが漂っていた。
そんな中、海の水平線からフェリーが顔を出す。
プーンと音を鳴らしながらフェリーは港に近づき、着港する。
数分程経つと、中にいた人々が荷物を持ってぞろぞろと外へと出てくる。
そんな中、休日であるのに何故か学校の制服を着た白髪の少年が1人フェリーから降りていた。
少年は港を出ると、近くの駐車場で腕時計を確認しながら出迎えを待っていた。
「……来たか?」
数分程経つと、駐車場内に派手な赤色をしたバイクが入ってきた。
バイクは少年の前で止まると、またがっていた男がヘルメットを脱ぐ。
すると中から疲れ果てた顔が出てきた。
「ふぅ、つっかれたぁ。よっ、春翔、1年ぶりか?」
彼の名は田中 透、1年前に目の前にある少年富崎 春翔にバイクの指導をした男である。
春翔は透に「遅ぇよ」と呆れた声で言う。
それに対し透は「仕方ないだろ」と襟元を広げながら返す。
「結構高速も混んでたんだ。これでも頑張ったんだぜ」
「まぁいい。じゃあ着いたばかりで悪いが、時間が押している。すぐに行くぞ」
そう言うと春翔は透の後ろの席にまたがる。
「マジかよ」と言いながら透はヘルメットを渡し、春翔はそれを受け取り被る。
「荷物は?」
「もう業者に運んでもらった。荷物は俺だけだ」
「さいですか……まぁ安心しな。お前を安全に送らなきゃ、晴海から殺されるからな」
透はバイクを方向転換させると、駐車場を出て高速道路へと向かった。
彼らの向かう所は、人の動きが活発な土地【東京】だ。
☆☆☆
2時間後……
休憩を殆ど取らないでバイクを走らせ続けた彼らは、約2時間で東京に到着した。
春翔を目的地まで送り届けた透は、4時間近くの運転で疲れ果て、家に帰ったら寝ると宣言して去っていった。
さて、春翔の目的地はというと、彼が新しく住むマンションである。
そのマンションの5階に上がった春翔は、自分の部屋番号の書いてある扉へと向かい、鍵を開けて中に入った。
「よし、ちゃんとあるな」
既に中には複数の段ボールがあった。
どうやら業者が荷物を置いていったようだ。
狭い空間だが、彼にとっては丁度よく思えていた。
何故ならこの段ボールの中には生活に必要最低限のものしか入っていないからだ。
その後、春翔は約1時間掛けて部屋に物を収納したりした。
荷物が少ないので、この作業は非常にスムーズにいった。
整理が終わるのと同時に、春翔は壁に掛けた時計を見た。
その時計の針は既に6時を回りだしていた。
「……買い出しいくか」
春翔の夕食時は早い。
なので少し焦りながら、部屋を出ようとしたその時。
ブーン、ブーン。
ポケットの中に入っていたスマホが震え出した。
「ッ? そういえば、この時間に掛けるって言ってたか」
春翔はスマホの着信をスルーし、買い出しに行こうとする。
「晴海には悪いけど、先に買い出しさせてくれ」
☆☆☆
買い物から帰ってきてスマホを確認すると、怒りマークと共に十数個ものメールが届いていた。
春翔は流石に身の危険を感じ、急いでその相手に電話した。
電話をすると、大体はプルルルルという音が2回程なってから相手が出ることが多いのだが、この相手は1回目で、しかも1回目の半ばで電話に出てきた。
通話が開始された瞬間、春翔の耳に怒声が鳴り響いた。
「おい春翔! なんで電話に出なかった⁉︎ なんで早く連絡しなかったこのクソガキが!」
その声は若い女の声にも思えるが、実際は30目前だ。
春翔は「悪かった」と軽く謝りながら、その怒りを受けた。
彼女の名は冨崎 晴海、春翔の育ての親である。
どうにか怒りを沈めた晴海は落ち着いた声で春翔に問いかける。
「まあいい。それよりも、どうだ春翔、一人暮らしって奴は」
「話し相手がいないから結構孤独だ。正直今晴海と話していられるのは楽しく思える」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃんか。まあ息子が旅立った親からすれば、かなり暇だぞ。けどそれはお前が望んだことだ。青春を送りたいってな」
それを聞いた春翔は無言になる。
「……青春がしたいから学校に行きたい、お前は確かにそう言っただろう?」
「……ああ。残された時間くらい好きにしていいかと思ってな」
「けど残念、そんなお前に悪い知らせだ」
それを聞いた春翔は眉間にシワを作る。
「さっき入った情報なんだが、その地域は最近殺傷事件が多発、おまけにやばい組織があったりするらしい」
「おい待て。なんでそんな危ないところに俺を送った?」
「悪い、そこら辺調べるの忘れてた」
ふざけてやがる、と春翔は内心思うも口には出さずに話を聞く。
「まあお前なら大丈夫だろ。なんせ私の弟子だからな」
「そう願うよ。じゃあまた何か情報があったら連絡してくれ」
「ああ分かった……その、なんだ。楽しめよ、学校生活」
晴海は何故か少し照れ臭そうに言うと、通話を切った。
その瞬間、部屋は再び沈黙を取り戻す。
「夕飯を作るか」
春翔は1人の空気を紛らわすようにそう呟く。
夕飯といっても、彼にとっては栄養摂取に近い。
味付けなど無用、彼にとっては無駄なことなのだから。
☆☆☆
翌日……
春翔は目を覚ます。
一瞬見知らぬ天井に戸惑ったものの、すぐに状況を理解し、布団から体を起こした。
「……今日からか」
春翔は素早く身支度を済ませると、朝食に入った。
とは言っても、味付けをしていない昨晩の残り物なのだが。
それを食べ終わると、スクールバックを持ち、学校へと向かう。
30分程経った頃、春翔は学校の校門前にいた。
門の柱には【公立笹野原高校】と書かれている。
春翔はその柱を完全に無視して校内へと足を踏み入れた。
そしてとうとう自教室の扉の前まで来た。
「……まぁ、気軽に行くか」
春翔は扉を開けた。
中には30人程の男女の殆どがばらけて塊を作っていた。
この時、春翔は少し困惑した。
(そういえば、一体どう人に話しかければいいんだ?)
彼は同年代の人と話したことが殆どない。
コミュ障、というよりかはただ単に分からないだけである。
とりあえずそれは置いておき、春翔は事前に言われていた1番後ろの席に座った。
話しかけ方が分からず、誰も自分に気がついていないので、春翔はとりあえずボーッとして暇を潰した。
そしてホームルームの時間になり、教室内の生徒は皆着席をした。
教室の扉がガラガラと開き、女の担任教師が入ってくる。
そして色々な連絡をすると、「今日は以前に言っていた転校生を紹介する」と言い、春翔を前に呼んだ。
「自己紹介を」
「……冨崎 春翔。神奈川の田舎から引っ越してきた。よろしく」
そう言うと拍手された。
喝采までとはいかない拍手でも、彼にとっては未経験のことだった。
だが春翔の視界にはそれよりも気になるものが映っていた。
(なんなんだあの女)
皆が拍手する中、1人だけ拍手せず、寧ろ睨みつけてきている黒髪ロングヘアーの女子生徒がいた。
何か変なことでもしたのだろうかと思いながら、春翔は自分の席へ戻っていった。
ホームルームが終わるのと同時に、春翔の前に人が群がる……というような漫画のようなことはなく、寧ろ誰も春翔に近づこうとはしなかった。
だが春翔はあまり気にすることなく、最初の授業の準備をしていると、驚くことに、例のあの女が春翔に近づいてきた。
喧嘩売ってきたりされたらどうするかと思っていると、
「昼休み、屋上に来なさい。話があるの」
争いごとじゃなくてよかったと安心するのと同時に、何故屋上に行かなくてはならないのかという疑問が出てくる。
「……話ならここですればいい話だろう。何故わざわざ屋上なんだ?」
「ここではできない話なの。ああ、別に告白とかそんなものじゃないわ」
「……分かった。昼飯食ったらすぐに行く」
「いえすぐに来て。なるべく早く」
その言動はかなり怪しく見えたが、「分かった」とだけ答えた。
☆☆☆
その後、春翔は午前中の授業を受けると言われた通りに屋上に向かった。
彼女のことを不審に思っていた春翔は、一応警戒した。
「待たせたな」
屋上に出た春翔はフェンス越しに景色を見る女子生徒にそう言う。
それに対して「まあいいわ」と返してきたその女子生徒は、振り返る。
「さて、教えてもらおうか。転校生初日の俺をここに呼んだ理由を」
「……まずはこれを見なさい」
そういうと、彼女は春翔にとある写真を見せた。
そこには緑色で特徴的な形をした草が写っていた。
春翔にはそれがなんなのか分かっていた。
「大麻か」
「この場所に見覚えは」
「当然ないな」
「本当に?」
「本当だ」
春翔は東京に来たばかりなので、当然そんな所は知らない。
しかし彼女は次に驚きの言葉を口にする。
「ああそう。なら貴方の過去のデータが存在しないのは何故かしら?」
「……」
春翔は無言になる。
そんなことお構いなしに彼女は続ける。
「貴方が入学する前に戸籍を調べさせてもらったけど、7年前以降の記録がなかった、これはどういうこと? 今の冨崎って苗字も、引き取ってもらってから引き継いだ苗字だけど、旧姓は書かれていないわ」
春翔にとって、それは堀探られたくない過去である。
それがバレると、彼は社会では生きていけなくなるかもしいれないのだ。
それだけは避けなくてはいけない。
「……そんなこと、たまにあることだろう。寧ろこっちはどうして俺のことをそんなに調べているのかを聞きたいな」
「話の方向性を変えようとしても無駄よ。これは戸籍登録の話でも問題なことで」
「知るか。戸籍登録をしたのは俺じゃないし、第一にそんなことはもっと早くから発覚していることだろ。これだけ時間がかかっても何も言われないってことは、そんなに問題じゃなかったってことだ」
「それはそうかもしれないけど」
「それに、お前の見せた大麻だが、俺は全くの無関係だ。人の戸籍を調べるだけの力があるのなら、神奈川の港からの監視カメラを全て調べてみろ。俺が映っているはずだ」
「……」
「もう無いか? なら俺は行くぞ」
春翔はそう言うと、屋上から出て行こうとする。
「ま、待ちなさい!」
それを彼女は止めようと春翔の腕を握ろうとするが、春翔はそれをさらっとかわす。
「あまり俺のことを深掘りするのはやめろ。俺はあくまで楽しい学校生活を送りたいだけだ」
そう告げると、春翔は屋上を後にした。
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