小さな言葉の刃
愛について、即興で考えました。
愛――それは人の心、感情の名称。
恋愛・友愛・親愛…愛にも種類がある。その中には、ふれてはならない愛もある。
これは、そんな愛のひとつ。
「愛してるよ」
その言葉に吐き気を覚える。きっと、自分は頭がおかしいのだと女は思った。
愛を囁かれること、それはとても幸せなはずなのに。胸元からこみ上げる気持ち悪さに眉を顰める。
目の前には一人の男。伸ばされた手は女の頬を撫でていた。
気持ち悪い。
心の奥にそんな感情を押し込めて、女は引き攣った笑みを浮かべる。
顰めた眉をなんとか吊り上げて務めて明るくふるまって。
「わたしも、愛してるよ」
嘘で塗り固めた女を、男は愛おしそうに細めた目で見つめた。
気持ち悪い気持ち悪い。
どろりとした何かが胸の中に広がる。
まるで心臓が引き裂かれるような、ねっとりとした血の塊でもあふれるかのような。
愛を囁きあうのは、とてもとても、幸せなはずなのに。
嘘なんて、ついていない、はずなのに。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
そっと、男が女を抱きしめる。その腕からはこらえきれない愛おしさがにじむ。
とても優しく、愛しく、哀しい。
愛おしいしぐさも、その目も。男自身も。女は確かに好きだった。
嗚呼それなのに、それなのに。
「愛してる」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い…!
背筋をぞわぞわと駆け上がる嫌悪感に似た気持ち悪さ。
女は自分が嫌で嫌で仕方なくなる。
その言葉を聞くだけで、まるでナイフを突き立てられるような苦しみを抱く。
愛、愛、アイ――…
「アイしてる」
―気持ち悪い―
ぬるりとした感触。ひやりとした刺すような冷たさの直後、一気に熱くなる。
ゆっくりと目を見開く。苦しい。痛い。イタイ。
血の気が失せていく。ジワリとにじむ涙が視界をぼかした。
「…あ…」
ずるりと体が沈む。体に力が入らない。
こみ上げていた気持ち悪さがともに失せていき、代わりにこみあげてきたのは。
「アイしてる」
確かな愛おしさだった。
じっとりと足元を濡らす赤いアカイ血。
ずるりと抜け落ちキラリと光ったのは、銀色のナイフ。
嗚呼、アイしてる。
「あいしてる」
女が幸せそうに囁く。真っ赤に染まった両手で男を抱きしめる。
男の血が、女を包む。
突き立てられた愛の刃を、深く刺し込んだ。溢れたそれはアイだった。
――アナタに突き立てられた愛の言葉を、ワタシはアイの刃で返す。
アナタが発するたびにあんなにも突き刺さった言葉を、今なら正しく言えるよ。
「あいしてるよ」
こたえるように、血の雫がぽたりと音を立てた。
その愛は、狂愛は、命を奪う。
アイについて、考えましょう。