中庭
オスカー達は、カジェミラスの案内で中庭へと足を踏み入れた。
色とりどりの花や花木が咲き乱れ、優しく甘い香りが辺りに立ち込める。中心には大きな白い日傘と椅子が幾つか置かれ、そこには赤い髪の女性と、黒髪の少女が向かい合わせに座っていた。紅茶を片手に談笑しているようだ。
「……エルフリーデ」
オスカーは自然と声を出してしまった。二人の女性がこちらを振り向く。カジェミラスはその場に素早く跪き、動かなくなった。
「あの人が、ゆうしゃ様……?」
ヘレナは静かにオスカーと、赤髪の女性を見比べる。黒髪の少女が、勇者の年齢と合わないことは、ヘレナにもわかったようだ。
赤髪の女性は、三人を見ると優しく微笑み、席を立って歩み寄ってくる。
純白のドレスを身に纏ったその女性は、近づくごとにその足を早めていき、そして……
「ギル兄!!」
両手を広げてオスカーに飛び付いた。
その光景を見ていたヘレナやカジェミラス、黒髪の少女は、驚きのあまり目を見開いて硬直する。
一方のオスカーは、動揺すること無く宙を舞う彼女をしっかり抱き留め、一歩だけ後ずさった。
「エル、久し振り……相変わらず元気そうだな」
「ギル兄……お帰りなさい!! 本当に久し振りだね……」
オスカーはエルフリーデと呼んだ女性をゆっくりと、優しく地面に下ろす。
「って、ギル兄。この子は……」
地面に下ろされたエルフリーデは、ヘレナに気づくと、オスカーにそう聞く。
「この子は――」
「わ、わ、わたしはむすめのヘレナと言います! ゆ、ゆうしゃ様、どうぞよろしくおねがいいたします!」
ヘレナはオスカーの言葉を遮って前に出ると、片膝をついてそう名乗りを上げる。かなり緊張しているようだ。声は上ずり、肩は少し震えている。
「むっ、娘!? ギル兄に、娘!? それもこんなに良くできた、可愛らしい…………こほん、私はエルフリーデ。巷では勇者と呼ばれていますが、そんなに大層な者ではありません。こちらこそ、よろしくね?」
エルフリーデはそう言って驚きつつも、ヘレナの肩に手を当て、目線をあわせてそう名乗り返す。動揺はしているようだが、それでも優しい声と笑みから、心の底からヘレナを歓迎しているのが見てとれる。
「まさか、こちらに居らしていたとは……自室におられたのでは無かったのですね」
そのとき、ふとカジェミラスがそう言った。
「使節団の到着まで暇だったから、来ちゃった。大丈夫、宰相殿ご懸念の政務は終わらせてるから」
「ならよろしいのですが……と、ヘートヴィヒ様がご到着です。玉座の間まで、お出でください」
「りょーかい! あ、ギル兄。会談の前に話がある。後で私の部屋に来て。遣いを向かわせるから」
エルフリーデは、オスカーにそう言う。オスカーは無言で頷いた。
「うん。それじゃ、行ってくる! ヘレナちゃん、また後でいっぱいお話しましょ?」
「は、はい! ありがとうございます!」
エルフリーデはそう言ってヘレナに手を振りつつ、その場を走り去っていく。ヘレナは、心底嬉しそうな顔をして、目の前にいた憧れの人物の姿をしみじみと頭の中に補完する。
「おとーさん、ゆうしゃ様すっごくきれいだったね……」
「だな。十年前の姿からは想像がつかない……また今度、昔のあいつの話をしよう」
「ほんと!? やったー!」
オスカーは、そう言って喜ぶヘレナの頭を優しく撫でてやる。
そうこうしていると、今まで沈黙を貫いてきていた黒髪の少女が、口を開けた。
「あ、あの……貴殿方は、どちら様で?」
物静かな雰囲気の少女だ。歳はヘートヴィヒと同じくらいだろうか。長い黒髪を腰まで伸ばし、その額には角が二本見える、赤い瞳の魔族の少女だ。
「レジーナ様、こちらの方々はエルフリーデ陛下をよく知るお方と、そのお子さんです。レジーナ様が幼い頃に一度お会いしているのですよ?」
「お久しぶりです……とはいえ、覚えておられなくて当然ですね。冒険者をしております、オスカー・シュミットと申します。最後にお会いしたときは、まだ娘はおりませんでした。お美しくなられましたね」
「はじめまして、ヘレナと言います! よろしくお願いします!」
カジェミラスの紹介で、二人はレジーナにそう名乗る。レジーナも、背筋を伸ばして二人に挨拶をする。
「レジーナ・カラリュース」と申します。私の父は、カジミエシュ……魔王と呼ばれていました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
レジーナはそう言ってペコリと頭を下げた。
「え……」
その紹介を聞いたヘレナは驚いて後ずさりをしてしまう。驚くのも無理はないだろう。レジーナは今、自らの父が魔王だと名乗ったのだ。
多くの人々にとって、魔王は忌み嫌われる存在であり、非常に恐れられている。
エルフリーデがいくらその評価を変えようと意識改革を促しても、こればかりはどうしようもない。魔王への、魔王軍への恐怖は、戦争を知る多くの人々の魂に、深く刻まれているのだ。
驚いたヘレナを見て、レジーナは少し申し訳なさそうな顔をして「怖がらせてしまって、申し訳ありません」と謝罪した。オスカーも、ヘレナが出来るだけ偏見を持たないように教えてきたのだが、やはりそれだけでは無理なのだろう。オスカーが、ヘレナを叱ることは出来ない。だが、ヘレナはすぐに表情をもとに戻すと、レジーナに歩み寄っていく。そして、
「ごめんなさい! こわかったわけじゃないの。ちょっとおどろいちゃって…………よかったら、わたしとお話しませんか?」
ヘレナはそう言って、右手を差し出した。いつも通りの、満面の笑みで。




