烏門を越えて(地図有り)
ヘートヴィヒを引き連れたシュバルツブルク外交団と、オスカー達がフェルリッツを立ち、勇者エルフリーデの治めるノイケーニヒクライヒ王国に入って数日。一行はフェルリッツと、勇者王の都・エルフェブルクを結ぶ大街道『勇者の道』を進んでいた。
勇者の道は、連日多くの行商人や冒険者、移民を希望する人々で溢れかえっている。
オスカー達は、表向きはシュバルツブルクの公式外交使節団なので、溢れかえる人々は皆一様に道を空け、お陰で止まることなく道を進むことが出来た。
「ヘレナ、見えたぞ! あれが『烏門』だ!」
オスカーはそう言って、馬車の荷台のヘレナに声をかける。今日はエルフェブルクに入城すると言うことで、体裁を保つためにシュバルツブルクの家臣ではないヘレナはオスカーの馬車に戻ってきていた。
「おぉー!! すっごくおっきいねぇー!!」
荷台から顔を覗かせたヘレナは、目と口を大きく開けて声を出す。その目の前には、今まで見てきたどんな門よりも重厚で、巨大で、華美な門がそびえ立っていた。
門の縁には大理石が使われ、右側には勇者と共に戦った、一部を除いた全ての者の彫刻と名が彫られ、左側には敵対していた魔族の人々の彫刻が名と共に彫られている。
そんな重厚な門のてっぺんには、首を落とされた巨大な鳥の彫刻が、翼を広げて立ち尽くす。その首は、門をくぐる道の中央に転がり、門の上の胴体と共に異様な雰囲気を漂わせている。
「おとーさん、あの鳥ってもしかしてからす?」
「よくわかったな! そう、あの鳥は烏だ。あんなに大きな彫刻があるから、烏門って呼ばれてるんだな」
「なんで首を落とされちゃったの?」
オスカーは一瞬考えるように黙ると、また口を開いた。
「勇者エルフリーデにとって、烏が勝利の象徴から不吉の象徴に変わってしまったからだな……」
馬車は、門前で待っていた迎賓団に迎えられる。一行は、エルフリーデの待つエルフェブルクに足を踏み入れたのだった。
○
「ようこそおいで下さいました、シュバルツブルク外交団の皆様。主や、他の国々の使節の方々が城内でお待ちです。どうぞこちらへ……」
町の中に入り、一行は馬車を降りる。
すると迎賓団の代表は、ヘートヴィヒに近づいてそう言った。純白のローブに身を包んだ、壮年の男だ。オスカーはその男に、確かに見覚えがあった。
「ご丁寧にありがとう御座います。リテノ公爵カジェミラス殿」
リテノ公カジェミラス――かつて実兄である魔王カジミエシュの右腕として活躍した男だ。
カジミエシュは統率力と軍事に長けた男であったが、政治はからきしだった。その弱点を補ったのが、彼だった。
魔王亡き後、混乱する魔族達を纏めあげ、勇者軍へ降伏。魔族全体を救ったとして、今では生ける英雄とさえ呼ばれている。
「では、行きましょうか」
カジェミラスはオスカーに代わってヘートヴィヒを先導する。一行はそれにしたがってエルフェブルクの中心にある宮殿・リテノ宮殿に入った。
「うわぁ……!」
「美しいですね……流石は勇者様の宮殿……」
ヘレナとヘートヴィヒは思わずそう声をあげる。
壁には見上げんばかりの大きな絵画が幾枚も掛けられ、床には赤いビロードで編まれた絨毯。魔王征伐で活躍した者達の胸像が廊下の両脇に規則的に置かれ、高い天井には神話を元にした天井絵が大きく広がる。
「ヘートヴィヒ様はまずは我が主にお会いになってください。御付きの方々はそれぞれお部屋を用意させて頂いております。そちらでどうぞごゆるりとお過ごしくださいませ……」
カジェミラスはそう言って迎賓団に指示を出し、それぞれを別々の部屋に案内する。そしてその場には、カジェミラスとオスカー、ヘレナだけが自然と残された。
「…………お久し振りですね、ギルベアド・クルーガー様。そちらに居られるのは、貴方の?」
カジェミラスは静かにオスカーにそう話しかける。
「うちの娘です。名はヘレナ。……まだお元気だったとは」
「敗軍の将ですので、甘い事は言って居られません」
「何を仰られますか。先の戦争を終わらせ、多くの同胞を、人々を救ったのは、貴方ではありませんか」
「買いかぶりですよ。我々魔族が、未だに白眼視されるとは言え、今も生きながらえていれるのは、エルフリーデ様と、貴公のお陰です」
カジェミラスはそう言って頭を深々と下げる。
「お止めください……あぁ、そうだ。あの娘は今どのように?」
オスカーはそんな彼を止め、話を変えた。
「ヘレナと丁度歳が近かったかと思いまして……最後に会ったのはまだ赤ん坊の頃でしたが」
カジェミラスはようやく頭を上げ、話題に乗ってきた。
「レジーナ様はすくすくとお育ちになっております。なんでしたら、お会いになりますか?」
「是非」
それでしたらと、カジェミラスは二人を中庭へ案内した。




