いつか来た道
「……そうか、ホーエンハイムは死んだか」
法衣に身を包んだ老人がそう呟く。
「まぁよい……既に赤い星も、それを移植した不死の聖騎士も、そして駒もある。奴は十二分に役立ってくれた……」
感謝の言葉とは裏腹に、その瞳は冷たく、その話題に全く関心が無いようにすら思える。
「金貨を数百ほど、奴の部下どもに渡してやれ。葬儀代の足しにしろ、とな」
老人はそう言うと立ち上がり、歩き始める。が、すぐに止まって振り返り、一報を知らせた配下にこう言った。
「あぁ、そうだ。今晩も部屋に来るようにアンナに伝えておけ。あの娘は良い……昔のマリアにそっくりだ……よいな、『新しき賢者』カール」
老人は気色の悪い笑みを浮かべ高笑いすると、再び歩き始め、玉座の間を後にしたのだった。
○
騒動から一夜明けたフェルリッツの町は、混乱に満ちていた。
――Sランク冒険者、『救いの手』ガーレン・フォン・ホーエンハイム死す。
その一報は、瞬く間に町全体に広がった。
ホーエンハイムは、恐らくもっとも市井への影響力が強い冒険者だった。市民が動揺するのも無理はないだろう。
フリードリヒは動揺する市民に対し、今回の一件は突如押し入った復活派による反抗であり、首謀者とその協力者は全て殺害したと布告した。だが、効果はかなり薄いだろう。この動揺は、シュバルツブルク全体に広がり、国境を越えうる事が容易に想像できる。現在、フリードリヒの家臣達はその動揺をどうにか収めようと必死に奔走している途中だ。
「奴がこれほどまで影響力を持っているとはな……」
「すまんな、リード。面倒をかける」
「いや、遅かれ早かれ奴の蛮行は世間に露呈していただろう。手遅れになる前で良かった」
二人は、夜が明けるとすぐにフリードリヒの部屋で小さな会談を行った。内容は主に二つ。
一つは事件処理の問題だ。ホーエンハイムは、医者でありながら冒険者でもある。今回の一件にギルドは必ず介入してくるだろう。
そしてもう一つは、オスカーがここにやって来たそもそもの理由。フリードリヒをエルフェブルクでの会議に出席させる事だ。
オスカーには、フリードリヒの答えが芳しくないだろう事は予想がついていた。そのためオスカーの表情は、先ほどからずっと浮かない。
「……やはり出発は無理そうか?」
オスカーは、フリードリヒにそう聞く。フリードリヒは、浮かない顔の原因がわかったように「あぁ……」と声を漏らすと、申し訳なさそうに笑ってこう言った。
「今回の事態が沈静化するまで、外遊は当面無理だろうな……すまん」
「……いや、謝らんで良い。だが、どうしたもんかなぁ……」
オスカーは頭を抱える。そんなオスカーに対し、フリードリヒは少し苦笑いしながら、こう提案をした。
「あー、その事なんだがな……俺の名代として、ヘートヴィヒを連れていってはくれんか?」
「……は?」
オスカーは、思わず声をあげてしまった。
○
「ほ、本当に私で良いのかな……?」
「うんうん! ヘートヴィヒちゃんよくにあってるよ! おしゃべりも上手いし、心配しなくてもだいじょーぶだよ!」
「ほんと……?」
「うん!」
その日の昼、数名の供廻りを連れたヘートヴィヒが、城から大手門の前に出てきた。
父、フリードリヒの名代ともあって、かなり豪勢な衣装を着ているが、当の本人は少し萎縮してしまっているようだ。
そんなヘートヴィヒを、ヘレナは激励する。ヘレナに誉められて、ヘートヴィヒは少し元気と自信を取り戻したようだ。
「先導は俺の馬車がしよう」
「ヘートヴィヒを、よろしく頼む」
「おう、任せとけ」
そう言ってオスカーは馬車を曳くシュバルツにまたがる。ヘレナは今回、ヘートヴィヒと共に別の馬車に乗るため、オスカーは一人だ。
「短い間だったが、会えて良かった。本当はもっと居たかったんだがな……」
「事情が事情だからな、しょうがない。俺も事が片付き次第動く。また会える日を楽しみにしてる」
二人は握りこぶしをうち鳴らし、頷きあう。
「それではこれで……出発!」
オスカーは右手を上げて後ろの馬車に合図を送り、シュバルツを進ませる。
大手門は、ぎぃっと音を立てて開く。目の前には、一直線に道が広がる。
かつて戦友たちと共に目指した場所を、二度と戻ることはないと思っていた道を、オスカーは今、突き進もうとしていた。
目指す場所、ノイケーニヒクライヒ王国は、もう目と鼻の先だ。




