父を呼ぶ声
「――願い星すら貫く槍……。」
二度目の閃光が、部屋を覆う。
至近距離で放たれたそれは、オスカーを捉える。が、
「……何故だ……」
オスカーは一気に飛び上がる。光線はオスカーの足の下を通り、壁に当たる。
「まさか……!」
オスカーはホーエンハイムの背後に降り立つ。
「レト・イルクレア……」
左から生えた三本の陰の腕は棘となる。棘はホーエンハイムの背に向かって伸びる。
ホーエンハイムは欠落した右腕を修復し、振り返り様にその棘を摑み、へし折る。
「動きが遅くなられましたね。それでは、私を倒せはしませんよ?」
ホーエンハイムの左腕が迫る。そこには、赤い星が握られていた。
○
オスカーの意識は、今や深い闇の底に沈んでいた。
一切の光の無い、完全な闇であり、完全な陰だ。
オスカーは、そこを延々と漂っている。感じるのは、自身の無力感と、憎しみと、どうしてこうなったのかと言う後悔だけ。
外の世界で何が起きているのか、オスカーには見当もつかなければ、知ろうとも思わなかった。今、外の世界では憎しみと後悔に苛まれたオスカーの体は、レトによって制御されている。
オスカーは、ただ闇と陰の中を漂っている。全てのことを忘れようとしている。自分には無理だったのだ。腕利きの冒険者と呼ばれ、どこか天狗になっていたのかもしれない。自分には世界を作り直し、人々を救うどころか、一人の娘すら救えない。これでは、父親失格だ。
部下たちは、例えオスカーが死んでも動くことができる筈だ。
今以上の困難が待ち受けていようと、彼らならやってくれる筈だ。
――なら、ヘレナは?
声が響く。オスカー以外には、だれも居ない筈のこの闇と陰の世界に。
「お前は誰だ?」
オスカーは辺りを見渡す。やはり誰も居ない。
――俺は、お前だ
世界が鳴動する。
――ヘレナには、お前が必要じゃないのか?
魂が鳴動する。
――あの子には、まだお前が必要なんじゃないのか?
オスカーの目の前に、もう一人のオスカーが浮かび上がる。
――ヘレナのために、戦うんじゃなかったのか?
「あぁ……そのつもりだった」
――今更諦めるのか? 十年間もお前の人生に付き合わせておいて、今更投げ捨てるのか?
「俺には、無理な話だったんだ……」
――十年間出来ていたじゃないか。父娘を演じられたじゃないか。なら、今回も出来る筈だ
「実力差がありすぎる……」
――それが陰の勇者と呼ばれた男の言い訳か? 笑わせるな。義務を果たせ、英雄。全ては……
「あの娘のため……」
そのとき、世界に一つの声が響いた。
――おとーさんっ!!!!
闇と陰の世界にひびが入り、光が降り注いだ。
オスカーは、力強く手を伸ばした。
○
「ヘレナちゃん! どうしたの?」
突然走り出したヘレナを、ジークムントが追う。
「嫌な予感がするの!」
ヘレナは振り返ることなく、そう言う。
「シルフィード、中に入ってて!」
「わかった! 何かあったらすぐに出てくるからね?」
そう言ってシルフィードは入っていた精霊石の中に戻る。今は少しでもシルフィードの魔力を温存しておきたいからだ。
「嫌な予感って?」
「わかんない! でも、ぜったいよくないことが起きる! もしかしたら……」
――おとーさんが来ているのかも知れない。
ヘレナはその言葉を飲み込み、足を早める。もしオスカーがやってきているのだとしたら、この音は何だ? まるで、戦闘をしているようではないか。ここはホーエンハイムの根城で、医療施設らしいことはヘレナにもわかる。オスカーがここで戦闘をする理由がヘレナにはわからない。何故だ……?
そう考えながら、ヘレナは走り続ける。そのときだった。
「ガーゴ・ダルルク」
突如ヘレナの目の前に、土で出来たの壁がせりだす。
ヘレナは何とか足を止め、後ろを振り向く。そこには仮面の男と、目を丸くしてヘレナと男を交互に見て困惑するジークムントの姿があった。
その瞬間ヘレナは、今起きている事を理解した。
「……わたしはさらわれたんですね?」
ヘレナは仮面の男を睨み付ける。
「流石は『大烏』の娘なだけあって、聡明ですね」
仮面の男は静かにそう言って、続ける。
「現在、貴女のお父君たるオスカー・シュミット卿は、我が主ホーエンハイムと戦闘しています」
「やっぱり……。ここを通して。おとーさんの所に返して!」
「出来ないご相談です。貴女は、あの御方の元に送り届けなくてはなりませんから……さぁ、こちらへ」
そう言って仮面の男は手を伸ばす。すると、
グシャ……
男の腕が、弾けた。
気がつくと、ヘレナの身の回りには青白い粒子が舞っていた。男の腕は、粒子の内側に入っている部分のみが、消し飛んでいた。
「これが加護の力……父娘揃って、厄介な……」
男は忌々しげにそう言って後退りし、弾けた腕を押さえる。ジークムントは、何がなんだかわからずあたふたしている。
「わたしはおとーさんの元に帰る。それで、もっと旅をつづける!」
ヘレナの瞳が、蒼く輝いた。粒子は、光を強める。
「……道を開けて」
ヘレナは振り返り、壁に触れる。魔法で作られた土の壁は、まるでほどけるように黄色い粒子に戻り、そして青くなってヘレナの周りを漂い始める。
ヘレナはまた走り出した。
「ジークムント、追ってください。先生が危ない」
仮面の男は、ジークムントにそう言った。ジークムントは、目の色を変える。
「父さんが……?」
「えぇ……先生を、頼みましたよ?」
「うん!」
ジークムントは、仮面の男に促されるがままに、ヘレナの後を追った。
「師よ……これで良いのですね?」
仮面の男の呟きは、静寂の訪れた廊下に吸い込まれていった。
○
ヘレナは廊下を駆ける。
加護の力では、オスカーは認識できない。ヘレナは、段々と近づく争いの音で進路を定める。
ドンッ!!
大地が再び轟く。ヘレナはふらつくも足を止めない。
ただ、おとーさんに会いたい。その一心でヘレナは走る。そして遂にヘレナは、そこに出た。暗く、広い空間だ。
オスカーの居場所は、驚くほどすぐにわかった。
「おとーさんっ!!!!」
ヘレナの叫び声が、広間に響いた。




