そしてヘレナは……
――きて……
微かに声が聞こえる。
――きて……へ……ちゃん……
耳元で誰かがささやいている。
――起きて、ヘレナちゃん!
聞こえた。今度ははっきりと。
「……ん、シルフィード。どうしたの? ここは……」
ヘレナは、ようやく目を覚ました。
薄暗い部屋だ。ベッドと小さなテーブル以外には何もない。テーブルの上には、まだ長い蝋燭が置かれ、ゆらゆらと炎が揺れている。
「ここはホーエンハイムって奴の拠点だね。僕からは見えないけど、ヘレナちゃんはオスカーと引き離されちゃったみたい。鍵も閉められてるし、僕たち閉じ込められちゃったみたいだ」
ヘレナの目の前には、中指程度の大きさの、若草色の髪をした少年の精霊が、小さな翅を小刻みに羽ばたかせて飛んでいる。風の精霊、シルフィードだ。
どうやらヘレナは、ずいぶん前にオスカーから借りたシルフィードの精霊石を、そのまま持っていたらしい。
「えっ……! おとーさんと引きはなされちゃった!?」
ヘレナは驚き、辺りをキョロキョロと見渡し、すんすんと匂いを嗅ぐ。
当然部屋にはオスカーは居らず、またヘレナの大好きな彼の匂いもしない。
「ごめんねヘレナちゃん……僕がオスカーを認識出来なくなってしまったばっかりに……」
シルフィードはかつて、オスカーの精霊だった。だが、オスカーが魔王征伐に参加している最中に互いを認識できなくなり、精霊石には居るが、契約が途切れた状態になってしまった。
「シルフィードは悪くないよ。でも、どうしよう……」
ヘレナは顎に手を当てて考える。その姿に、シルフィードは今は見えないかつての相棒の姿を投影した。この父娘は本当に良く似ている、と。
ヘレナがそう考えているとき、突然部屋の隅から物音がした。
「……? ねずみ?」
ヘレナはベッドから降り、音の出所に向かう。すると……
「キーッ! キーッ!」
「うわっ! ルドルフ! いっしょだったんだね!」
そこには、額にルビーの様な宝石をつけた、リスの様な小さな猿のルドルフが、壁をガリガリと削っていた。
ルドルフはヘレナを見つけると、彼女に飛び付き定位置である頭の上に乗る。やはりここが落ち着くらしい。
「あれ? そういえばルドルフ、それって……」
ヘレナは、一旦ルドルフを手の上に乗せ直し、彼の首を見る。そこには、鍵のついた青い首輪があった。
「何かの罠かもしれないね……」
「でも、今はどうしようも無いから……シルフィード、かぎあなはとびらについてる?」
ヘレナは丁寧に鍵付きの首輪をルドルフから外してやりながら、シルフィードにそう聞く。
「ちょっと待ってね……あ! ヘレナちゃん! 鍵穴あるよ!」
「ほんと? ありがとうシルフィード!」
ヘレナは首輪を外し終えると、再びルドルフを頭の上に乗せ、扉の前に向かう。
「念のために鍵は僕が開けるよ。ヘレナちゃんは下がってて」
「うん、ありがとう」
「大切な相棒の宝物なんだから、これくらいどうってこと無いよ! それじゃ早速……」
シルフィードはヘレナから鍵を受け取り、それを穴に突き刺して回す。
カチャリ……
扉はそう音を立てる。どうやら鍵が開いたようだ。
「開いた……ね」
「ヘレナちゃん、加護は使える? 向こうに人の気配が無いか、見てみて」
「わかった」
ヘレナはコクりと頷くと、静かに目を閉じた。
「……! 大丈夫、誰も居ないみたい」
ヘレナの加護は、この短期間でかなり発達してきた。今では目を瞑り意識をするだけで発動できる。
「わかった。それじゃ、開けるよ……」
「うん……」
シルフィードは、ゆっくり扉を押す。
重い扉はギィッと音を立て、ゆっくり開いていく。
中途まで開いたところで、ヘレナは頭を外に出して状況を確認する。
外には長い廊下が伸び、かなり薄暗い。
ヘレナの部屋は丁字路の合流地点にあるらしく、三方から囲まれる可能性もある。それに何より、まずは家主のホーエンハイムを探さなくてはいけない。
ヘレナはシルフィード達を引き連れ、向かって左側の廊下に進んだ。




