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大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、東を望む
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慈悲《ケセド》

 オスカーは駆け寄る敵を矢継ぎ早に蹴散らし、蹂躙(じゅうりん)し、『救い手の社』に足を踏み入れた。

 白亜の柱と床と、吹き抜けの天井に囲まれた大広間は、日の光に照らされ眩しさすら感じる。オスカーにとってはあまり長く居たくは無いところだ。

 見渡すと、広間から半放射状に十枚の大きな両開きの扉がある。そしてそれぞれに文字が彫られているようだ。

 そしてその大広間の中心、天井の吹き抜けの真下に、『彼』は立ち尽くしていた。


「――ようこそ。『大烏』、オスカー・シュミット様……いえ、魔王征伐の英雄、『黒衣』のギルベアド・クルーガー卿とお呼びしましょう。」


 天井から注ぐ陽光を浴びるホーエンハイムは手を後ろに組み、堂々とオスカーを見つめる。


「うちの娘を返して貰う。ヘレナはどこだ」


 オスカーは距離を保ったまま、怒気を含んだ声で、言葉に殺意を込めてホーエンハイムに放つ。


「……お怒りなのは良くわかっています。我が子を奪われて怒りを抱かぬ親など、居て良い筈がありませんから。ヘレナちゃんは下でぐっすり眠っています。あの娘はまだ無事ですので、ご安心を。……それより、私とお話をしませんか? お互い加護持ちの子をもつ父親としての立場を共有しておきたいので。」


 ホーエンハイムはその場を動かず、穏やかな声でそう返した。


「時間稼ぎのつもりか? その手には乗らん」

「ですが貴方は私を攻撃出来ない。日の光は貴方には毒でしょうから。」

「だが、貴様もそこから出られない。先に進ませて貰うぞ」


 オスカーはそう言ってホーエンハイムの脇を通り、十枚の扉に近づく。すると、


「……流石は勇者軍の頭脳と言われたお方。クルーガー(聡明)の名は伊達ではありませんね。……ですが、私も加護持ちの端くれ。貴方に遅れることはあっても、負けるつもりはありませんよ。」


 ホーエンハイムはそう不敵な笑みを浮かべ、脇を抜けるオスカーの背に右掌を向ける。


「――ランダレス(無情な慈悲)。」


 瞬間、オスカーに向かって透明な何かが放たれる。

 不可視のそれは、風を切る音を鳴らしてオスカーに迫る。音は微かに、オスカーの耳に入る。咄嗟にオスカーは右に飛んで避けた。……オスカーがいた所には、大きな穴が空いていた。


「……何をした?」

「先程のはランダレス、無情な慈悲です。既に失われた古代魔法を復元し、私の『慈悲(ケセド)』の加護で補強しました。……罪を犯した人間に罰をあたえることで罪を向き合わせる慈悲。威力はその罪の程度によりますがね。」


 ホーエンハイムは静かに右手を戻し、そう言い放つ。


「なら俺にあたえられる罰は死だと?」

「……残念ながら。」

「……人様を裁く前に、自らの罪に向き合ったらどうだ?」

「…………返す言葉もありませんね。ですが、私は為さねば成らぬ事がありますので。」


 ホーエンハイムはそう言って両掌をオスカーに向け、重ねる。


「――ガドラバルゴ(破滅の慈悲)。」


 キラリ、とそれらは一瞬陽光を反射して無数に煌めき、オスカーに向かう。

 オスカーはその場を立ち尽くし、動かない。それらはオスカーを捉え、炸裂する。その場からは土煙が立ち上った。





「…………お見事。」


 土煙が晴れる。そこにオスカーの姿はない。そこにあるのは、ランダレス(無情な慈悲)により空けられた穴だけだった……。









「……さて、ヘレナを探さないとな。レト、準備は?」


 床に空いた穴に飛び込んだオスカーは、そこから少し離れた物陰に隠れる。


「いつでも良いぞー」


 気付けばレトは影から出てきていた。真っ暗な地下では、レトの白い肌が良く見える。


「よし。……レト・バガルユン」


 オスカーはそう唱えて地面に両手を当てる。すると、そこから黒い影が波紋のように広がっていく。影は床を伝い、壁に当たって反射し、狭い隙間や扉の閉められた部屋、果ては人間にも反応し、オスカーやレトに伝えた。だが、


「………………居ない」

「ベッドの上に居たらわからないからなー。ギル、どうするー?」


 床を伝うその性質上、地面に直接接地していない物は、この魔法では探知が出来ない。また、遠くになるに連れて力は弱まり精度が低くなると言った欠点もある。



「……怪しい所は幾つかある。人間の反応が異常に多いところが三つ、区画も近い」

「でも皆足が小さいぞー?」


 床を歩く人間にこの魔法が反応するのは、その人間の足だ。足の大きさや、歩幅から大体の年齢は予想がつく。それだけでなく、足から魔力を感じ取る事も可能だ。オスカーならば、ヘレナの放つ魔力を見逃しはしないだろう。

 だが、ここにいる人間の多くは、歩幅も足も小さい。ヘレナと似たような大きさの足の子供がほとんどなのだろう。


「……ホーエンハイムに連れてこられた子供達か。確か奴は加護持ちの子がいるとか言ってたな」

王冠(ケテル)が失踪したのと、何か関係ありそうだなー」

「ああ。取り敢えず、行ってみるか……と、その前に。レト、食事の時間だ」


 オスカー達の元に、足音が向かってくる。普通の靴音だ。甲冑を纏ったホーエンハイムでは無いだろう。


「今日は太っ腹だなー」

「今のうちに食い溜めとけ」

「りょーかいー!」


 そう言ってレトは、物陰から飛び出していく。辺りに骨が砕ける音が響いた。

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