マリアの子ら(母の日記念)
本日は母の日と言うことでマリアが主人公の回です! どうぞお楽しみください!
荒涼とした大地が世界に広がる。そこには文明の面影すら無く、地表にはほとんど人の姿はない。
そんな大地を見つめる、二つの影があった。
「母上……これで本当に良かったのでしょうか?」
一つは、低い男の声で離す者だ。まるで何人もの人物が同時に同じことを話しているような、そんな奇妙な声が辺りに広がる。
「あぁ……きっとな。なぁ赤い竜、僕の可愛い息子よ。これからしたいことはあるか? 僕に出来ることなら、何だってするぞ?」
もう一つは、若い女性の声だ。その声は、何かが吹っ切れたような、すっきりとも、清々とも違う、表しがたい気持ちがこもっている。
「ならば母上、私の願いを聞いてください……」
低い男の声は、どうやら女性の下から聞こえてくるようだ。おそらく女性は、この声の主の頭の上に居るのだろう。
「何だ? 言ってみろ」
女性は、そう言って男の声の主の頭を撫でる。
「私の力が誰にも使われぬよう、母上の手で封印なさってください。そして、次私が目覚めた時に、私の力を必要としない世界を作ると、誓ってください」
泣きそうな声で、男は懇願する。
「……………………わかった。可愛い、可愛い、僕の息子よ。お前が目覚めた時、世界はきっと素晴らしいものであるように、僕は最大限努力する。だから、待っていてくれ。僕に、三千年の猶予をくれ。三千年後、お前の目の前に広がる世界は、きっと今僕たちが焼き払った大地のような、荒涼としたものではなく、幸福に満ちた世界であることを、誓おう」
女性は、男の声の主から飛び降り、呪文を唱え始めた。周囲が光の条で包まれる。
「母上……おやすみなさい……」
「赤い竜……僕の息子……ゆっくりおやすみ。必ず、起こしに来てやるからな……」
周囲に、強い光が広がる。
世界に、巨竜の咆哮が響いた。
○
「ヴィクトル、朝だぞ」
「うーん……おはよう、おかーさん」
「ああ、おはよう。ほら、顔洗ってこい。そしたら飯にしよう」
「うん!」
マリアの小屋にヴィクトルがやって来て一ヶ月が経った。丁度先日、オスカーがシュバルツブルクに入ったと言う手紙と、アンナが法皇庁に到着したと言う手紙の二通が、同時に送られてきた。
逓信ギルドの郵便配達は、物流ギルドの様な重量のある物を運ぶわけではないので、一括で大量の手紙等が郵送できる。その上輸送に使われるのは良く調教されたワイバーンだ。大概のものであれば二~三日で宛先に届く。わざわざギルドまで出向かなくてはならないのが少し手間だが、しょうがないだろう。
○
「ごちそうさまでした!」
ヴィクトルがそう元気に手を合わせて言う。
「旨かったか?」
「うん!」
「そりゃ良かった。そうそう、今日はもうじきお客が来る。ビックリしないでくれよ?」
「分かった!」
そう言った時、外から馬の足音が聞こえてきた。
「来たな。ヴィクトル、一緒に行こう」
「うん! どんな人かな?」
「見てからのお楽しみだな」
マリアはそう言って扉を開ける。するとそこには……
「賢者様! お久し振りです!」
「おう! ご苦労!」
花園の中に、大きなハルバードを背負った、ウサギの様な男が、立っていた。グスタフだ。
「おおきな耳……」
「ん? 見ない顔だな。坊主、名前は?」
「あっ! ヴィクトルって言います! 初めまして!」
「ヴィクトルか、良い名前だな! 俺はグスタフ。よろしくな!」
グスタフはそう言ってニッと笑い、視線をマリアに向け直す。
「賢者様、ご存じかと思いますが、『迎え』が来るまでの間、我々荒野に咲く花が警護をします。オスカー……いえ、ギルの為にも、貴女達の命は必ずや守って見せます」
「悪いな、グスタフ。うちの馬鹿息子が世話をかける」
「兄弟みたいなもんですから、大丈夫ですよ。それに、世話ならいつもかけられ慣れてるんで」
そう言って二人は声を上げて笑う。すると、
「おかーさん、ギルって誰?」
会話を聞いていたヴィクトルが、マリアにそう聞く。それに対してマリアは、
「あぁ、そういえば話してなかったか。……そうだな。ヴィクトルの、年の離れた兄弟の事だ。お前と同じぐらいの年の娘もいるんだぞ?」
そう言って肩をポンと軽く叩く。
「会ってみたい!」
「そうだなぁ……まぁそのうち会えるだろう。ヴィクトルが立派になって、旅に出ることになったら、きっとな……。良し、それじゃ家に戻ろうか。グスタフも入れ!」
マリアはヴィクトルと手を繋ぎ、そう言って小屋の中に入る。グスタフも、そんな二人を追うようにしてそれに続いたのだった。
○
―――ローシェン法皇庁、サン・レオン大聖堂地下
「赤い竜よ……貴様の目覚めの時は近い。そして、世界を焦がす程のその力を、ワシに捧げよ…………」
老人の声が、地下に響く。老人とはいえ、かなりしっかりとした、気迫のある声だ。その目の前には、血のような真っ赤な鱗をした、七つの首を持つ竜が眠っていた。
「……猊下。ここにおられましたか」
ふと背後から、若い女性の声が聞こえてきた。左手には灯りとしてカンテラを持っている。その女性に対し、老人は振り向くこと無く、こう告げた。
「アンナか……良く来たな。ようやく見つけたぞ。これが、お前の母が造り出した最恐の精霊……かつて世界を焦がし尽くした邪悪な悪魔の化身、赤い竜だ……」
灯りに照らされた老人は、そう言って不気味な笑みを浮かべていた。
「マリア。やっと貴様に追い付いたぞ……その瞳が絶望の色を映すときは、近い!」
背後のアンナは、まるで感情がないかのように、その場に突っ立ったまま、じっと動かないでいる。そしてその瞳には、何も映ってはいなかった。




