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大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、東を望む
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フェルリッツの父娘

 フリードリヒの領地であるフェルリッツ地方は、神聖ローシエント帝国国境沿いに位置している。すぐ東にはプロイシア王領と、屈指の強国ノイケーニヒクライヒ王国が控え、街道の合流地点だと言う事と、巨大なブルノト川が東方から流れる事もあり、国際都市としての側面もある、豊かな土地だ。

 一方で、古くからこの地は周辺諸国の係争地として数多の戦争に巻き込まれた歴史を持つ。その為民衆の『フェルリッツ人』としての独立性は非常に高く、古くからここには武勇に秀でた強力な自警団が多数組織されてきた。

 そんな彼らの話がいつしかブルノト川を西へ下り、ラーヌ川との合流地点を遡り、アイゼンブルクに伝わり、後に冒険者ギルドの原型となったとされている。言わばフェルリッツは、冒険者稼業の原点なのだ。


 オスカー達がフリードリヒの居城であるフェルリッツ城に到着した時には、既に日は沈みかけ、西の空は赤く焼けていた。


「いつ見ても立派なもんだなぁ」

「だねぇ……」


 馬車から城を見上げた二人は、そう息をのむ。


 石煉瓦造りの五層の高い城壁に囲まれたその城は、大小八つの円錐の塔と、合計十一の固い城門、深い堀と三つの跳ね橋によって守られ、攻め来る外敵の一切を寄せ付けない。

 城内には城主や家臣、戦士とその家族のみが住み、他の人々はその城壁の外に暮らし、それを更に二層の市壁が守る。

 本体の城は紺色の屋根を持ち、その壁は城壁よりも黒く、滑らかな石煉瓦が使われ、その威厳を内外に示す。

 分厚い壁や防御設備のドレスを纏った気高きこの麗しの城を、人々は古くから畏敬の念を持って『東北端の女王』と呼んだ。それほどこの城は、多くの人々の心を掴んで離さないのだ。


「二人とも部屋……は前使ってた所で良いか?」


 城内に入り、馬から降りたフリードリヒは、同じく馬車から降りたオスカー達にそう聞く。


「ああ。ヘレナもそれで良いか?」

「うん! ねぇおじさん、ヘートヴィヒちゃんは?」

「今日はちょっと出掛けてるから……っと、噂をしてたら帰ってきたな」


 そう言うや否や、馬の激しい足音が、オスカー達の方へ向かってくる。かなりの速さだ。騎手はかなりの手練れなのだろう。

 間も無くその馬は、凄まじい砂煙を上げながら姿を現した。シュバルツによく似た、美しい毛並みの黒い馬だ。

 そしてその上には、オスカー達にとってやはり見覚えのある、長い金髪の、美しい令嬢が跨がっていた。歳はヘレナよりも少し上くらいだろうか。純白の装いに、マントの裏地の紅がよく目立っている。

 少女は、こちらに向かうにつれて徐々に馬の脚を緩めていく。


「ヘートヴィヒちゃーん! ひさしぶりー!」


 大人二人が何かを口に出すより前に、ヘレナは前におどり出た。そして大きく手を振り、その黒馬の上の少女に声をかける。


「へ、ヘレナちゃん!? ちょ、ちょっと待って!」


 ヘレナに気が付いた少女――ヘートヴィヒは、目の前に突然現れた懐かしい友人の姿に驚いて目を見開き、そう声を上げる。


「ヘートヴィヒちゃん! 元気だった?」


 目の前まで来て、馬を降りたヘートヴィヒに、ヘレナはそう言ってにこりと笑う。それに対してヘートヴィヒは、


「もちろん! だってこの、ヘレナちゃんがくれたお守りがあるんだもの! 元気じゃないわけ無いじゃない!」


 そう胸を張って、ヘレナを力強く抱き締める。ヘレナも嬉しそうだ。少し自分より身長の高いヘートヴィヒの胸辺りに、顔を埋めている。昔から親しい人、特に女性と抱擁した時に、ヘレナは決まってこうするのだ。

 未だに心のどこかでは、まだあの母親の胸に抱かれていた頃を、ヘレナは覚えているのだろうか。オスカーには、無意識にヘレナが母親を求めているように見え、少し心が締め付けられるような気持ちになる。


 ……それでもオスカーは、独り身を貫いて来た。これからも独り身のままだろう。そこには、強い覚悟があった。



「一昨日まで熱で寝込んでたくせに……」

「……父上?」

「な、なんでもないぞぉ? ほら、それより飯にしよう。皆、腹減ったろ? ほらほら、早く中に入るぞー」


 口を滑らせて、ヘートヴィヒに睨まれたフリードリヒは、そう目を泳がせ、強引に話を切り替える。

 ヘレナと手を繋いだまま、釈然としないヘートヴィヒ達と共に、オスカー達はフリードリヒの案内で、城の中に足を踏み入れたのだった。









「――リード……すまない……俺はお前の……」

「……謝るな。これは、あいつが決めた道を進んだ結果だ。亭主の俺が、それに対してとやかく言う道理はねぇ……それにお前だって、大怪我してるじゃねえかよ」


 外では雨が降っている。雨音が、野営地の天幕を鳴らす。

 その天幕には、二人の男と、その目の前で布を被せられて横たわる、冷たくなった女性が居た。


「そもそも、俺達が出会ったのも、結ばれて子どもに恵まれたのも、全部お前のお陰じゃねぇか。お前があの部隊を率いてなけりゃ、俺達は出会うことすら無かった。俺も、こいつも、感謝してる……だが、だがなぁ……」


 そう話していた、ボロボロの鎧を着た大男は、そこで言葉を詰まらせ、天を仰ぐ。目尻には、光るものが覗いている。


「……ったく、俺は戦士にも、父親にも向いてねぇな。今俺は、どうやって魔族(あいつら)に復讐しようか、そればっかり考えちまう。奴らにも、俺達みたいな繋がりとか、絆とか、夫婦愛だとか、親子愛ってのがあるって、分かっちゃいるんだが、どうもなぁ……」


 横で話を聞く、黒衣の男は俯いたまま歯を食いしばって涙を流している。


「……ヘートヴィヒはな、まだ二つにもなっちゃいねぇんだよ。城でも、城下でも、野営地でも、『ははうえ! ははうえ!』って大声で呼び回って、後ろをとことこ着いていくんだ。俺のところにはちっとも来やしねぇで……でもそれが可愛くってな、俺はそれを見る度いっつも思ってたよ。あぁ、これが家族なんだって。俺はこの二人を立派な亭主らしく、立派な父親らしく守っていくんだってな。馬鹿みたいだろ? 結局、蓋を開けてみれば俺は、守れなかった。愛する妻を、可愛い娘が大好きだった『ははうえ』を、あの三人での幸福だった日々を、俺は、俺は……!」


 ついに鎧の男は地面に崩れ落ち、大きな声で嘆く。しかしその激しい慟哭は、強い雨音で掻き消された。


 空に広がる、重く暗い雲は、もうしばらく晴れそうにない。

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