隘路(地図有り)
新章スタート!
硝煙と血の臭いが辺りに立ち込める。
周囲にはおびただしい数の兵士の亡骸と、激しい戦いの傷跡が残されている。
「ギル……生きてたか。見ろよ、ひでぇ有り様だぜ」
そんな戦場跡で、一人の男が、そちらに向かってくる黒衣の男にそう言った。金髪碧眼で、髪を短く切り揃え、がっしりとした体に大きな鎧を着けた、豪傑と呼ぶに相応しい大男だ。右眉には、切り傷の痕が残っている。
「リード、お前も無事そうで何よりだ……うちの隊もかなりの奴がやられた。生きてる奴らもぼろぼろだ」
黒衣の男は、そう返してその場に座り込む。黒衣は土と血で汚れ、ぼろぼろになっている。
「あとな、精霊の姿が見えなくなった」
黒衣の男はそう言って苦笑いをする。
「……! それってつまり……」
「全部が全部見えなくなったわけでもないみたいだ。精霊獣は普通に見えるしな。安心しろ、今のところ戦闘に支障は無いみたいだからな」
「そんなことを心配してるんじゃねぇ! ギルお前、リアちゃんの事まで見えなくなっちまったんじゃ……」
口に出してから大男は、ハッとして言うべきでは無かったことを悟った。
「リード、俺があいつの事を見えなくなるなんて事、ある訳ねぇだろ?」
黒衣の男は、引きつった笑みを浮かべてそう返した。
◯
アイゼンブルクを出発して十日程経過した。既に一行はシュバルツブルクに入り、目的地のシュバルツブルク王弟領フェルリッツまで、あともう少し。なのだが……
「てめぇら! 絶対逃がすんじゃねぇぞ!」
オスカーは近道をしようと、街道を外れて山奥の隘路を通り抜けようとしたのだが、どうやらそれが裏目に出てしまった様だ。いつの間にか馬に乗った山賊によって、周りを囲まれてしまっていた。
現在オスカー達は、そんな山賊達を振り切ろうと全速力で隘路を突き進んでいる。
シュバルツの健脚の甲斐あってか、山賊達は少し後ろからオスカー達の馬車を追う形になっている。とはいえまだ油断は出来ない。街道に合流するには、もう少し距離がある。
「おとーさん……」
「大丈夫。シュバルツがあんな貧相な馬に負けるわけ無いだろ? 危ないから、中に引っ込んでな」
ヘレナは、そう不安げに荷台から顔を出す。そんなヘレナを、オスカーは安心させるため、少し余裕のある表情で言葉を返し、幌の中に隠れるよう言う。
「お頭! こいつら速すぎる!」
「馬車引いてんのに……何でだ……」
「止まれェ! 命までとりゃしねぇからよォ!」
「このままじゃ、こっちの馬が駄目になるぞ!」
「前の方に様子を見に行った奴らはどこ行った!」
一方の山賊達は、異常な速さを誇るシュバルツの走りに着いていけず、疲弊し、乱れていく。
「シュバルツに速さと力で勝てる馬なんざ、居やしねぇよ!」
オスカーはそう山賊に叫ぶと、揺れる御者台に座ったまま、銃に弾を込め、振り向き様に相手の馬の脚に放つ。
「ぐわっ!!」
弾は馬の足元に当たり、煙を上げる。驚いた馬は急停止して前足を振り上げる。上に乗っていた山賊は振り落とされ、止まった馬に激突した後続の馬と、その上の山賊もろとも地面に転がり、消えていった。
「……そろそろだな」
オスカーはそう呟く。依然として山賊達とは近からずとも遠からずの距離を保ったままだ。
状況が動いたのは、そのすぐ後だった。
ブオォォォォォン!!!
「お頭! あれを!」
「何でだ……何でここに軍隊が居やがる!!」
突然辺りに大きな角笛の音が響いた。そしてそのすぐ正面には、シュバルツブルク=プロイシア王家の紋章である、赤毛の鷲獅子が描かれた旗がたなびき、そこに五十名近くの騎兵や歩兵が、横列を作って道を塞いでいた。そしてその中に、オスカーとヘレナがよく知る顔があった。
「全軍、かかれェー!!」
質素で機能的な防具を身につけた、金髪碧眼の男がそう叫ぶ。すると突然、山賊達の更に上の岩陰から、別の兵達が現れた。横から現れた兵は、正面の兵達と三方から囲い混むように、じりじりと山賊を追い詰めていく。そこからはまさに、蹂躙と呼ぶに相応しい者だった。
襲撃してきた山賊は、結局その殆どが命を散らすか、拘束され、無力化された。
「二人とも怪我は!?」
そんな光景を尻目に、オスカー達は兵士の案内に従ってそこからもう少し進んだ安全な所で馬車を降りた。
しばらくしてそこへ、先程指示を出していた男が駆け寄ってきて、二人にそう声をかける。どうやら山賊は片付いたようだ。
「いや、どっちも大丈夫だ」
「フリードリヒおじさんは?」
フリードリヒとヘレナに呼ばれたその男は、ホッと一息ついて、「良かった……」と呟くと、
「俺も、兵も無事だ。山賊ごときに遅れはとらんよ……二人とも久しぶりだな。ヘレナ、立派になったなぁ。噂は聞いてるぞ、デカイワイバーンを倒したDランク冒険者が居るってな。そんでもって、オスカー……はちょっと老けたか?」
と言って笑う。それに対してヘレナは少し恥ずかしそうに「えへへ……」と照れ笑いをし、オスカーは、
「俺より五つも歳上のてめぇに言われたかねぇ。そっちこそ前より顔の皺増えてるぞ?」
と、笑って返し、互いの拳をコツンと当てる。
「歳を食ったのはお互い様だな。二人とも疲れたろ、城に寄ってけ」
「すまんな、助かる」
「ありがとー!」
そうして一行は、目的地へとたどり着いたのだった。




