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大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、強くなる
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幕間 大烏~カラスとウサギと馬鹿する世界~(10000PV到達記念)

10000PV記念第二号! どうぞお楽しみください!

「なぁ母さん、あの人たちは?」


 十歳程度の、小さな黒髪の少年が、手を繋いでいるほぼ同じ身長のエルフにそう聞く。エルフは、「あぁ……」と言って、そちらを見る。そこにはボロボロになった服を着た、ボロボロの人々が居た。相当疲れているらしく、街道の隅や広場に座り込み、そこから動かない。彼らの中には、幼い子供をつれた者や、老人を背負ったものもいる。丸々一つの村や集落ごと、着の身着のまま逃げてきたような、そんな様子だ。


「あれは難民達だな。少し前の北での大きな戦闘から逃げてきたんだろう。だが、それにしても獣人の数が多い……あれは『獣狩り』だな」


 エルフの言う通り、彼らの中には少なくない数の獣人達が、同じようにボロボロになって、へたり込んでいた。よく見ると、負傷者の多くはその獣人達の様だ。


 黒髪の少年は、そんな多くの難民達の中に、一際目立つ一人の獣人を見つけた。

 その耳は長く天に伸び、ボロボロになった布切れの隙間や顔にはえる枯れ草色の毛皮を持つ、兎人族(とじんぞく)の少年だ。歳は黒髪の少年と同じくらいだろうか。

 その小さな体の至るところから血が滲み、手足は異様に細い。恐怖と絶望に染まったその目にはもはや涙すら浮かんでおらず、ただ静かに虚空を見つめている。家族は居ないのだろうか、周りにはそれらしき人は見当たらない。彼は、一人孤独に、難民達の中で、何かから隠れるように、逃げるように、小さく身を縮めていた。

 黒髪の少年の足は、自然とそちらへ向いていた。少年は一歩、また一歩と兎人族の少年に近づいていく。

 そして……


「よぉ! おれのなまえはギルベアド、未来のとっきゅうランクぼうけんしゃになる男だ! キミのなまえは? もしよかったらさ、おれのあいぼうになってくれよ。良い明日って、まってても来ないんだぜ?」


 この日、世界に絶望した少年は、掛け替えの無い唯一の親友を得た。

 彼の名はグスタフ。後に歴代最年少でSランク冒険者に登り詰めた男である。









 ――五年後


「おいグスタフ! そっち行ったぞ!」


 明るい森の中で、そう叫ぶ青年の声が響く。

 叫んだ黒髪の青年の目線の先には、牛程の大きさのある、まだら模様のイノシシの姿があった。


「任せろォ!!」


 青年の声に答えるかの様に、もう一人の青年もそう雄叫びをあげる。長い耳を後ろに(なび)かせ、両手には大きなハルバードを持ち、イノシシの正面に立つ。そして、


「グアノ・バルボリアル!!」


 そう唱え、ハルバードを持つ青年は縦に振り下ろす。翠に光る粒子が宙を舞う。振り下ろされたハルバードからは、粒子と同じ色の刃が、突進するイノシシと交わる。

 直後、イノシシは声をあげるまでもなく、左右真っ二つに割れ、血を流して倒れた。


「どうよギル! 俺の腕前は!」

「どうもこうもねぇ! これじゃ買い手がつかねぇじゃねぇか!」

「あぁ!? 俺に精密さを求めるんじゃねぇ! 無骨さこそ俺の覇道だ!」

「戦い以外じゃ神経質極まりない癖に!」

「何だ、やるか!?」

「そっちがその気なら、やってやろうじゃねぇか!!」


 二人は目を合わせるなり、真っ二つに裂けたイノシシを挟み、そう口論を始めた。口論は激しさを増し、二人の間には火花がバチバチと散る。

 二人が口論をしている内に、イノシシの血の臭いを嗅ぎ付けた、他の魔物達がわらわらと集まってきている。

 二人が気づいた頃には、魔物の群れに囲まれたあとだった。


「……おいギル、今の状況、言わねぇでも分かるな?」

「おうグスタフ、倒した数で多かった方が、晩飯奢りな」

「その言葉、後で後悔すんなよ!」


 二人はそう言うや否や、互いに背中合わせで、迫り来る魔物達を迎え撃った。





「よし! 五対六で俺の勝ちだ! ギル、約束は守れよ?」

「畜生が……最後の一体はほぼ同時だったろ!」

「負け惜しみは俺にゃ効かねぇぜ? 残念だったな」

「クソが! ってか、この状態でどうやって帰るよ?」


 二人が迫る魔物の群れを撃退した頃には、空は真っ暗になっていた。

 ギルベアドとグスタフは、円形に並ぶ魔物の群れの屍の、中心で大の字になって寝転がっていた。どうやら疲労で動けないらしい。


「シュバルツは?」

「知り合いに頼まれて、そこの牡馬とお見合い中」

「よくお前も見合いに出したな」

「断腸の思いだ! でも、シュバルツにも牝馬の幸せってもんがあるからな」

「どうだろうな。シュバルツ、馬に興味は無いかも知れんぞ?」

「それなら嬉しいんだがなぁ……」

「お前ら相思相愛だからな。この前リアが嫉妬してたぞ?」

「モテる男は辛いぜぇ」

「自分で言うな、叩っ切るぞ」

「おーこわ」


 二人の間に少し沈黙が走る。


「んで、どうする?」

「……どうしよ?」


 会話する二人の顔を、満月には少し早い、十三日目の月が照らす。かなり明るい。二人はそんな月をじっと見つめる。


「なぁギル、俺達が出会ってから、どれだけ経った?」

「えーと……五年だな」

「五年か……早かったな」

「ああ、早かった」

「俺達、どれだけ先まで相棒でいられると思う?」

「さぁなぁ……でも、俺は死ぬまでグスタフと相棒のつもりだぜ?」

「奇遇だな。俺もだ」

「へっ、仲良しかよ」

「良いじゃねぇか、仲良しで。結婚して、子供が産まれて、その子供が大人になって、孫が出来て、老いて、白髪まみれになっても、俺達はずっと相棒のまま生きている。生きていく。良いじゃねぇか……」

「ああ、そいつは良いな……」


 そういって二人は大笑いをする。心のそこから、腹の底から大笑いをした。

 二人の笑い声は木霊し、夜の森に響き渡る。そして、


「二人ともー! 無事かー!」


 若い男の声が聞こえる。仲間の声だ。


「お、カール! 遅せぇぞ!」

「やっと来たか! 助かった!」


 ギルベアドとグスタフは二人で肩を組み、互いを支え合いながら、助けに来た仲間の元へ歩いていく。

 しっかりと、一歩ずつ、踏み締めて。出会ったあの日と、同じように。


 少し欠けた早い月は、彼らを静かに照らしている。

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