エルフェブルクからの手紙
――およそ一週間前、東ローシェン帝国・ルキウースェノポリス。聖ルキウス及び聖ミカエル大聖堂。
激しいどよめきと、争う音が大聖堂の中に響き渡る。
理由は大きく二つ。一つは、突如大聖堂の中に自国の兵がなだれ込み、要人を拘束し始めた為。そしてもう一つは、彼らの目の前で主君である皇帝、バシレイオス十四世が、実弟コンスタンティノス大公の手に掛かった為だ。
数日前より、国境線を越えて進行してきたターコニアス帝国は、間も無く帝都ルキウースェノポリスを包囲。皇帝は帝都が包囲された際、慣例として宮城ではなく、ここ聖ルキウス及び聖ミカエル大聖堂にて、指揮を執ることになっている。
この大聖堂は、数多の異教徒・異民族との戦いに勝利し、天主教世界を守り、広げた初代皇帝ルキウスと、その弟で二代皇帝ミカエル一世の両名が、大国との争いの際ルキウースェノポリス大司教と三人で会議を行った、まさに帝国の聖地なのだ。
「……レオーン兄上も天にお送りして差し上げろ。生き残るべき我が血筋に、父上の庶子たるあのお方は不要だ。
お前はミカエル殿下を見てこい。不審な動きをすれば、侍従諸共切り殺すと脅せば良い」
大聖堂の巨大なステンドグラスの下で、横の部下にそう指示を出す者が居た。服には返り血がついている。彼が皇帝暗殺の首謀者、コンスタンティノスだろう。手には血のこべりついた短剣が握られ、足下には虫の息の皇帝が倒れている。
「兄上、お務めご苦労様でございました。何も案じる事無く、安らかに天にお昇り下さい。民草を守る大役は、わたくし……いえ、朕が引き継ぎます」
男は屈み込み、皇帝にそうささやく。虫の息の皇帝は、ゆっくり目を開き、男を睨み付けると、フッと笑い、最期の力を振り絞り言葉を紡いだ。
「……コンスタン……ティノス、貴様……の、思い……通、り……には、ならん……さ。うちの……娘、を……見、くびる……な、よ?」
「娘? ……あぁ、あの行き倒れの女か。……死を前にして兄上も錯乱している様ですな。……穢れたハーフエルフを! 神聖な我が帝室の一員として扱わないで頂きたい! あれは! 呪われた! 悪魔の子だ!」
男は立ち上がり、心底忌々しいと言わんばかりの表情で、倒れた皇帝に叫び、何度も何度も蹴りを食らわせる。
そんな時だった。
「殿下!」
「……皇帝陛下、だ。次は無いぞ?」
「し、失礼いたしました、偉大なるコンスタンティノス八世陛下!」
「分かれば良い。それで?」
「はい!」
――ミカエル殿下と、その侍従が、事前に用意していたであろう龍に跨がり、逃亡致しました!
「……は?」
コンスタンティノスは、暫し思考を停止させた後、皇帝の左手を見た。そして苦々しげな表情を浮かべる。
「……無い、無い! 【帝室の標】が無い!」
コンスタンティノスは立ち上がり、頭を抱え仰け反り、天を仰ぐ。そしてそのまま、天に向かって絶叫した。
「兄上……貴方はどこまでわたくしの邪魔をすれば気が済むのですかァ!」
皇帝は、口元に笑みを浮かべたまま、事切れていた。
この日、『神代を知りし最後の国』と唄われた、かつての大国東ローシェン帝国は、二度目の滅亡をした。その正統なる王位継承者を残して……。
◯
オスカー達が館へ入ると、既にコンラートは目の前
の広間で待っていた。
コンラートは兵にチップを渡すと、人払いをし、その場で話し始めた。
「ヘレナちゃんも一緒だったか……夜分遅くにすまない。先程エルフェブルクから早馬でこいつが届いて――」
コンラートはオスカー達に近づき、懐から一通の手紙を取り出し、そう言った。だが、途中で言葉を詰まらせ、話を止めてしまった。
「……二人ともどうした? 何かあったか?」
そう言われてオスカーとヘレナはちらりと顔を見合せ、バツが悪そうに苦笑いする。
「何でもない。それで、中身は?」
「あ、ああ……ほら。勇者王からの手紙だ。封はまだ切ってない」
オスカーは手紙を受け取る。封筒には滑らかな文字で『陰の勇者へ』と記されている。手紙の差出人は、どうやらオスカーがアイゼンブルクに逗留していることを知っているらしい。
オスカーは封を切り、中身を取り出し、確認する。
『~拝啓、親愛なる兄妹にして陰の勇者たる貴方へ。近々、我が国にも春が訪れます。それにあわせて、かつて戦場を駆け抜けた仲間達でささやかな戦友会を開くことになりました。つきましては、是非貴方様にもお越し頂きたく思います。再び相見える日を楽しみにしております。
敬具。
貴方の兄妹より~
』
オスカーは一通り目を通し、顔を上げた。
手紙はどうやら、コンラート宛と言う体で記されているらしい。確かにコンラートは当時、主に後方で物資の手配や潜伏する工作員の摘発等で名を挙げている。勇者ともこまめに連絡を取っており、総統就任の際は親書が送られてきた。彼の活躍が無ければ、戦争終結はかなり遅れていただろう。
「……部屋を貸してくれ。それと蝋燭も」
手紙を元の封筒に入れたオスカーは、コンラートにそう言う。コンラートは何も言わずに頷くと、使用人に燭台を持ってこさせ、前に三人で話した自室に二人を案内した。
燭台の灯りなしでは前が見えない程の暗い廊下を抜け、オスカー達はコンラートの自室にたどり着いた。コンラートは二人を中へ入れると、「何かあれば呼んでくれ」と言ってそのまま部屋をあとにした。
「おとーさん、その手紙って……」
「古い友達から貰った。どうも細工をしてるみたいだ。見てな」
オスカーは横に向かい合って座るヘレナにそう言って、燭台を机の上に置き、手紙を火に透かす。すると……
「わぁ……」
火に透かされた文字が動きだし、形を変え、別の文を作り上げていく。
「これが魔道具『泳ぐインク』。これを使ったら、他人に知られたくない情報を手紙に記し、別の文に変える事が出来るんだ。通信用水晶じゃ、いつ会話を聞かれるかわからないからな」
オスカーはそう言った後、完成した手紙を読む。そして驚愕した。
『ギル兄がアイゼンブルクに居ると聞いて、この手紙をコンラート総統に預けた。単刀直入に言うと、東方世界最後の砦、千年帝国≪東ローシェン≫が四日前に、内乱とターコニアスの進行により滅亡した。天主教世界最強の要塞都市ユリウースェノポリスが、僅か一昼夜で陥落したの。反乱を起こしたのは、皇帝バシレイオス十四世の弟・大公コンスタンティノス殿下。向こうに潜伏してる仲間からの話だから、信頼に足る。ユリウースェノポリス落城と、帝国崩壊の情報は未だに幾つかの大国の上層部にしか知られていない。
そしてもう一つ、十三歳になる皇太子ミカエル殿下は、未だご存命中。
帝国の後継者のみが継承出来し、左手の甲に浮かび上がる【帝室の標】が、コンスタンティノス公に確認出来なかった。ひとまずギル兄には、シュバルツブルクのフリードリヒ王弟殿下と共に、エルフェブルクに来て欲しい。そこで、今後の方針を固めたい』
オスカーは読み終わると、そのまま手紙を燃やしてしまった。




