表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、強くなる
73/176

そして父娘は……

「おとーさん、何してるの?」


 冷たい夜風が頬を撫でる春の草原に、ヘレナの声が静かに響き渡る。


 オスカーは何も言わずに、ただ考えを巡らせる。


 ヘレナには全てお見通しなのかもしれない。父が何をしているのか、既に予想がついているのかもしれない。オスカーが思っているよりも遥かにヘレナは大人で、そして聡明だ。その事に気付けなかったのは、オスカーの大きな失態だ。娘の成長を一番近くで見てきたはずなのに、一番重要なことを見落としていた。まだまだ幼いままだと思っていた。幼く、自分が導いてやらないと生きていけないと思っていた。そしてそれが間違いだと、最悪の形で知ってしまった。


(だが、ヘレナの為にも、今の状況を何とかしなくては……)


「おとーさん。どうしてだまってるの?」


 ヘレナは徐々に近づき、不信感をあらわにする。その目は、今にも泣き出しそうだ。泣きそうになるのを堪えるとき、決まってヘレナは昔から鼻をひくつかせる癖がある。今回もヘレナは、ひくひくと鼻を動かし、必死に我慢している事が、暗がりのなかでも月明かりのお陰でオスカーには、はっきりと見えた。



(俺は父親として最低だ。ヘレナの成長を見誤っただけじゃない。ヘレナがこんなに泣きそうになっているのに、何も言い出せず、そして今も、ヘレナに嘘を吐いてどうにかやり過ごそうと、必死に思考を巡らせている。仮に今ここで上手く撒けた所で、後々俺はヘレナを深く傷つける事になる。ヘレナの為と、(のたま)いながら結局は俺の身勝手に付き合わせているだけだ。この子はきっと、不幸になる。娘を不幸にする父親なんて、この世に存在して良いはずが無い。でも、でもどうか……)



――神よ、どうかこの子が灰の獣(グラウ)を倒すその時まで、俺をこの子の側に居させて下さい。あの子が自分の足で、未来を切り開けるその時まで。俺がこの子にとって必要じゃ無くなるその時まで……。



 オスカーは思い切り拳を握り締める。黒い革の手袋を着けてきていないその手は、爪が食い込み、血が流れる。

 血は手を伝い、指を伝い、地面に落ちる。その時だった……。



「そこの御人! 『大烏』のオスカー殿がこの辺りに逗留しているそうなのですが、ご存知無いですか?」


 突然、町の方から一人の若い男が馬に乗ってやって来た。鎖帷子(くさりかたびら)の上からアイゼンブルクの紋章が刻まれた赤い布を纏っている。コンラートの使いだろう。


「……俺だ」


 オスカーは静かに彼にそう告げる。


「貴方がオスカー殿でしたか! 総統閣下が至急お呼びです!」


 若い兵は、そうまくし立てるようにオスカーに言った。息があがっている。相当急ぎの用らしい。

 オスカーが「わかった」と言おうと口を開いたとき、ヘレナが声を張り上げ、こう言った。


「わたしもいっしょに行く!」


 その声と、瞳には、強い意思が表れていた。幾分かの怒りと、覚悟が、その言葉に込められている。


「君はまだ――」

「この子は俺の娘で、旅の相棒だ。同行させてくれ」


 オスカーは、ヘレナの言葉を、思いを汲み取り、若い兵の言葉を遮ってそう言う。ヘレナは反対されると思っていたのか、少し驚いている。

 若い兵も、時間が惜しいと感じたのだろうか、本人が良いならと言って、了承してくれた。


 オスカー達は服装を整えると、足音で目を覚ましたシュバルツと共に、若い兵の先導に従い、館へ向かった。









 シュバルツはパカラパカラと街道を進む。月は少し西に傾いている。


「……おとーさん、どうして?」

「どうしてって?」

「わたしがいっしょに行くって言ったとき……」

「……わからない。でも、ヘレナが大事だから……かな?」

「じゃあ、どうしてさっきわたしを置いて……約束、守ってくれなかったの? それに、その血のにおい……なんで?」

「うーん……」


 オスカーは少し押し黙り、言葉を選ぶ。

 しばらくして、オスカーが口を開いた。


「……守るため、かな。約束よりも、守りたいものがあったから」

「守りたいもの?」

「そう。守りたいもの」

「守りたいものってなに?」

「大きくなったら、きっと分かるさ。お父さんも、昔おばあちゃんから言われた」

「教えてくれないの?」

「教えて分かるものじゃ無いからなぁ。自分で見つけて、初めて分かる。きっと、ヘレナにも分かる時が来るさ……」

「……そっか」


 そこで会話は途絶えてしまった。目の前には、コンラートの館が見える。

 結局ヘレナは、オスカーが何をしていたのか、聞かなかったし、聞けなかった。

 そしてオスカーの方も、自分が何をしていたか言わなかったし、言えなかった。

 二人が腹を割って話すには、街道は少し短すぎた。

 二人は、聞きたいことも、話したいことも何もなす事無く、シュバルツを降りる。


 そして今、父は娘に罪悪感を覚え、娘は父に一抹の不信感と父との若干の心のズレを覚え、そして互いに微かな、しかしはっきりとした父娘の亀裂を感じながら、シュバルツに背を見送られ、館の中へ向かっていく。




 この時、互いの事をもっと話していれば、或いは互いの心の内を明かしていれば、結末はもっと違ったのかも知れない。


 オスカーの胸元から垂れ下がる琥珀色の魔石(デウスエクスマキナ)は、独りでに淡く光を放っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ