身に纏うもの、偽るもの
「出来たわ! ヘレナちゃーん! おいでー!」
結局、ヘレナの防具が出来たのはそれから数日後の事だった。
出来るまでの数日間、何もしないとヘレナの腕が鈍ってしまうのと、何もしない日のヘレナがあまりにも暇そうにするので、前のような危険な事をしないとの約束のもと、ギルドからの貸し出し防具をつけて他の冒険者達の狩りに混ざってワイバーンと戦った。もちろん、ヘレナはその度に活躍し、他の冒険者達を大いに驚かせた。
「これ、着けてみて!」
「うん!」
ヘレナに手渡された胸甲は、胸の辺りが少し余裕のある作りになっており、成長期のヘレナも窮屈さを感じにくい作りになっている。
表面はどうやら溶かしたミスリルを薄く塗ってあるようで、独特の光の反射をしている。
裏地とベルトの表面にはヒョウモンイノシシの革が使われ、脇からの攻撃にも対処出来るよう、ベルト部分の装甲にはワイバーンの鱗を加工したものが用いられている。ヒョウモンイノシシの革を裏地とベルトに使うことで保温性と防御力を高め、その柔らかな手触りをそのまま活用し、着心地も快適な物としている。
「どう?」
ハイジに聞かれたヘレナは目をキラキラさせ、そちらを振り向き、
「すごい! とっても軽いし、ぜんぜんきゅうくつじゃないよ! ありがとう!」
と、その出来に感動している。そして感想を聞いたハイジは自慢げに笑って見せると、
「まだまだこんなもんじゃ無いわよ! お次は篭手と膝当てよ!」
そう言ってヘレナを鍛冶場へと連れていってしまった。
しばらくして、完全防備で戻ってきたヘレナは、その身軽さと丈夫さ、そして何より手触りに先程よりも深く感動し、目のキラキラを強めている。
篭手と膝当ての裏地にも、ヒョウモンイノシシの革は使われているようで、特に篭手の裏地は直に肌と接するので、より滑らかに加工されている。
表面はワイバーンの鱗を加工しており、篭手の拳部分には、ワイバーンの角を使った突起がつけられている。万一武器が無くなったとき、拳でも相手と渡り合えるように、と言う事だろう。
膝当ての方は、裏地や装着具まで殆どがヒョウモンイノシシの柔軟で丈夫な革で作られており、足の可動域を狭めること無く戦える造りになっている。
「これだけの装備をたった数日で……凄いな」
オスカーはヘレナが身につけた防具を実際に触り、感触を確かめて、そう言った。すると、
「あー、金属部分以外は全部ヴィルの手作りよ。ここ数日不眠不休で作ってたみたいね」
オスカーの言葉にハイジは、そうあっさりと返した。
○
その夜、皆が寝静まった頃、オスカーは一人目を覚ました。真っ暗な外を、月明かりだけが照らしている。
オスカーはベッドから起き上がろうとした。だが、服が引っ張られているらしく、上手く起き上がれない。横を見ると、どうやらヘレナが力強く服の裾を握り締めているらしかった。ヘレナの目尻には、涙が浮かんでいる。悪夢でも見たのだろうか。四、五歳辺りまで、ヘレナは悪夢を頻繁に見ては、夜中に突然泣き始め、それを落ち着かせると言ったことがあった。近頃はそういったこともなく、安心していたのだが、やはり深い所ではトラウマとして心に傷を残しているらしい。
(ヘレナ……すまん)
オスカーは、心の中でそう謝ると、起こしてしまわないようにゆっくりと指を外し、ベッドから起き上がると、小屋の外へ出ていった。
小屋の外は緩やかな夜風が吹いている。春も只中とは言え、少し夜は冷える。ローブを着てこれば良かったのだが、ヘレナの指を外すのに手間取り、そう言うわけにもいかなくなった。
「やっほー! ギルベアドきゅん。元気してたー?」
オスカーの背後から、そう聞き慣れた声が聞こえる。そこには黒いマントを羽織った、下着姿の魔族――ヤドヴィガが、月明かりを背に仁王立ちしていた。
「来たか」
「兄上様からのお達しだからね」
「……コンラートの手回しか。相変わらず容易周到なこった」
話をするヤドヴィガには、どこか違和感がある。はっきりとは言えないが、何かがおかしい。
一呼吸置いて、ヤドヴィガは話を切り出した。
「特級ランク『神槍』のトルケルは計画に賛同してくれた。これで消息を絶った『新しき賢者』カール・シュタインを除いた全ての特級冒険者は、こちら側に付くことになった。こちら側の戦力が整いつつある中、復活派側は『アウストリウスの異端審問』の成果もあって力が弱まり始め、更に『王冠』が消息を絶った。そろそろ動き始めるには充分過ぎる程、準備が整ってる。後は、貴方の決断だけ」
――さぁ、ご命令を……
ヤドヴィガは、真っ直ぐにオスカーを見つめる。命令……つまり法皇の弑逆、そしてそれは、そのまま世界の敵になることを意味する。
今や皇帝の権力をも凌ぎ、各国に影響力を及ぼす天主教。その主流派の長たる法皇は、世界の王と言っても過言ではない程の権威を有する。
だが、やはり何かおかしい。その言動はまるで、我々の敵が復活派で有るかのように聞こえる……。オスカーは、一つの結論に行き着いた。
「ヤドヴィガ、お前はまだ待てと言っていた筈だ……気が変わるのがかなり早いな」
「……それだけ事態が切迫している。復活派が王冠と未だに見つからない『王国』を見つける前に――」
ヤドヴィガとおぼしき人物がそう言い終わるその寸前、オスカーは腰の剣に手を掛ける。しかし、オスカーが抜き放つより先に、
スパン……
肉を裂く音が響いた。少し間が空き、コトリと重い物が落ちる音がそれに続いた。
「……密偵か、よく考えたな。だが、甘い」
「だよねぇ~♪ ってかてか、コンラート様ってギルベアドきゅんの兄上様だったんだ。知らなかったなぁ~」
首を刎ねられた人物の後ろから、右腕に血の滴る錆びた剣を持って現れた、本物のヤドヴィガは、そう言いながらオスカーに歩みよる。
「良くあんな錆びた剣で……まぁ良い。あいつにとって俺と兄弟ってのは不都合な事実だからな。身内の他にはほとんど話してない」
「へぇ~。んで、こいつなんなの?」
「恐らくは復活派か、異端審問所の密偵だな。どうもずっと俺を追っかけてたらしい。使ってた『変身魔術』は、かなり高い技量の術だが、それでも自分の知識までは弄れない。お前らしくない言動、目的の違い、そしてヘレナの存在を知らない……もっと上手くやりゃ良かったのにな」
オスカーはそう言って体に血が付かないように気を付けながら、死体を川に流す。小川とは言え、そこそこな深さと流れがある。明日にはどうにかなるだろう。
「……ヘレナは立派に育ってくれた。本当に、そろそろかも知れんな」
「まだ十一にもなってないでしょ? 早すぎるんじゃないかにゃ?」
「ヘレナはもう充分大人だ。あの娘なら、きっと……」
オスカーは続きを言おうとして口を開き、そして止めた。それ以降の言葉はきっと、ヤドヴィガには分かっているだろうから。そして、その代わりにこう告げた。
「早ければ来年、遅くとも再来年、ヘレナが灰の獣を討伐した時、その時が作戦開始の合図だ」
オスカーは死体の流れていった下流を見たまま動かない。
「……本当に良いんだね? 今ならまだ――」
「それ以上は言わんでくれ。頼む……」
ヤドヴィガの言葉を遮るように、オスカーが口を開き、振り返る。その瞳には、ヤドヴィガが見たことの無い、深い悲しみと覚悟の色が、うつっていた。ヤドヴィガは、一瞬悲しそうな表面を浮かべた後、
「……先にジャック達に会いに行くのは、私だからね」
と言い残し、その場から消え失せた。静かな風が、辺りに吹き抜ける。
「……寒いな」
誰に言うでもなく、オスカーはそう呟くと、踵を返して小屋に戻ろうとそちらへ顔を向けた、その時だった。
「おとーさん、何してるの?」
少し先に、寝間着のままのヘレナの姿があった。
春の冷たい夜風が、二人の間を吹き抜ける。月にはそろそろ、雲がかかってきた。
ちなみにこの密偵は、かなり序盤に一度出てきました。良ければお探しください。




