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大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、強くなる
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東洋の兵 (10000PV記念第一段)

 10000PV記念第一段! 本編にも深く関わってくる話となっています。どうぞお楽しみください!

 春の収穫祭が終わり、ネードルスラントが少し落ち着き始めた頃、それはやって来た。



「……本日は遥か東方よりはるばるお越し下さり、ありがとうございます。日遥(ヒヨウ)国使節団団長、今山(いまやま)四十郎(しじゅうろう)泰時(やすとき)卿」


 珍しく女装した姿ではなく、男の装いでそう挨拶をしたウィレムの目の前には、頭に『エボシ』を被り、黒い正装を纏った若い男の姿があった。大小数十からなる大艦隊と、三千名弱の武士達を背後に、若い男は通訳を介して、ウィレムの言葉に対し、にこやかに何度も頷いた。

 彼の名は今山四十郎泰時。日遥国の事実上の支配者である鎮守府(ちんじゅふ)大将軍(たいしょうぐん)松崎興邦(まつざきおきくに)の子であり、遣ネードルスラント使節団の団長を務める者だ。

 肌の色は他の日遥人に比べて遥かに白く、線の細さが際立つ。まるで、女性の様にも見える。美しい貴人と言った風貌だ。


 四十郎はネードルスラント語を話せない。その為通訳として、ウィレムの懐刀である日遥人の冒険者、足立新之助が二人の間を取り持つ。


『こちらこそ、まさか公爵閣下自ら御出座し下さるとは思ってもいませんでした。貴公に逢えた事を嬉しく思います。以後、よしなに……』


 今山は、そう透き通る様な声で言葉を紡ぐ。そしてその言葉を足立がウィレムに通訳する。二人は暫くそこで会話した後、アリオルストダム郊外に新設された日遥領事館に向かった。









「四十郎様、お久しゅう御座います!」


 初日の会合が終わり、領事館の敷地に置かれた四十郎の私邸に招かれた足立は、上座に座る『女性』に頭を下げる。


「そなたも元気そうで何よりだ。どれ程会うてなかったかの?」


 四十郎は私室用の楽な着物を、右腕を出して着ており、右肩には灸を据えている。胸にはサラシを緩く巻いており、エボシを取った頭も日遥人の女性らしい、黒く艶のある長い髪が、肩辺りまで伸びている。


「十四、五年程かと。それがしが国を出た頃、四十郎様はまだ幼子でしたので」

「そうか……もうそんなに経つか。そなた、娘がおるそうだな。今日は連れて来ては居らんのか?」

「いえ、四十郎様ならきっとお会いしたがると思いましたので、連れて参りました。マヤ、入りなさい」


 足立はそう言って後ろの襖に声をかける。すると、すぐに「はい!」と元気な返事と共に襖が開いた。


「お初に御目にかかります。マヤと申します。以後、よろしくお願い致します」


 そう言って頭を下げたのは、四十郎程とはいかないものの、色の白い肌をした、長い黒髪を後ろで束ねた少女だ。歳は十二、三程だろうか。ハキハキとした、元気な声だ。


「そう畏まらずとも良い。面を上げて、父上の横に並びなさい」


 四十郎が優しく声をかけると、マヤは「はい!」と再び元気な声で返事をし、頭を上げて足立の横に並んだ。その瞳は深紅の色をしており、額には小さな角が二本、前髪に隠れながらもしっかりと生えていた。


「鬼……いや、魔族と申すのだったな」


 四十郎は少し驚き、扇子で口元を隠す。それに対して足立は、


「こちらで出会った妻が魔族に御座いまして、この子は母親と似て産まれて参ったのです」


 と返し、マヤの頭を撫でようと手を伸ばすが、マヤは恥ずかしがってその手を防ぐ。そんな父娘のやり取りに、四十郎は口を緩ませる。


「可愛らしい娘御だな。そなたの妻もさぞ美しい御人なのだろう。今度会わせてはくれぬか?」


 四十郎がそう言うと、足立は少し顔を曇らせた。


「それが……妻は既に死に申した。この子は、母の顔を見ずに育ったのです」

「……そうだったのか……知らぬこととはいえ、申し訳無いことを言ってしまった。すまぬ」

「滅相も御座いません。この子は確かに妻に良く似た、美しい娘ですから」


 そう言って足立は笑って見せる。それがどこか悲しく見え、四十郎は心底申し訳無い気持ちになった。



 元々足立家は、代々松崎家に遣える密偵の一族だった。

 四十郎は、その足立家から有力な公家一族だった今山氏に嫁いだ姫を祖母に持ち、足立新之助とは親戚に当たる。

 女性として産まれてしまった四十郎は、産後の肥立ちが悪く、そのまま母が男児を産むこと無く亡くなってしまった事と、父興邦が今山氏の取り込みを画策した事もあり、男として育てられ、今山氏を継ぐことになった。

 新之助はそんな四十郎の良き兄貴分として側に遣え、幼少期を見守った。そして、ネードルスラント使節団派遣の十四年前、当時日遥と敵対していた植民地帝国イスパルに捕らえられ、奴隷として本国に売られる形で遥か西に渡り、四十郎が派遣されてくるまでの間、地盤固めと情報収集を行ってきたのだ。


「四十郎様、これからは父娘二人で四十郎様のためにお仕えいたす所存。どうぞよろしくお願い致す!」


 そう言って、足立父娘は頭を下げる。


「まぁまぁ、面を上げよ。頼まねばならぬのはこちらの方だ。我らはこの大地について殆ど無知だ。我々にはそなたらの力が必要だ。こちらこそ、よろしく頼む」


 そう言って四十郎は父娘の手を取り、頭を下げたのだった。



 この日、東洋の(つわもの)達が、故国をはなれ、遥か西の大地を踏んだ。その事が、世界の命運を、そして一人の少女の運命を大きく変える布石になることを、この時はまだ誰も知らない。

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