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大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、強くなる
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一夜明けて

「トルケルさん、あの子はどうでした? 強いでしょう?」


 ギルド内部の貴賓室から、そんな会話が聞こえてくる。会話をしているのは、腕に白い布を巻いた薄着の魔族の男と、少し窮屈そうに座る隻眼の巨人族の老人だ。


「強いだけでなく、肝も座っとる。流石はお主の孫じゃの」


 老人はそう言って笑う。魔族の男は「まぁ、血は繋がって無いですがね」と、頬を掻いて苦笑する。


「それで、例の計画なのですが……」

「あぁ……ワシが協力できることは何でもしよう。他ならぬ、お主らの頼みじゃからの。じゃが……」


 老人は少し言いづらそうにしたあと、意を決して言葉を続けた。


「あまりにもヘレナが可哀想じゃ……。あの子にそんな仕打ちをするのはちと……な。あの子は優しい子じゃ。父親の育て方が良かったのか、環境が良かったのか、冒険者には不釣り合いな程の、出来た娘じゃ」

「故に、脆い。と?」

「ああ。きっとあの子は見ず知らずの人間が目の前で事切れていたとしても、涙を流し悲しむじゃろうて。それを近しい人間の、ましてや――」


 老人がそう言おうとしたところで、魔族の男が手で制する。老人は「おっと……すまん」と言って口をつぐんだ。


「あくまでもこれは計画の一つです。『向こう側のカラス』共の情報次第では、変更を余儀無くされる事も、十二分にあります。それに、例の少年が姿を消したらしい、と聞きました。既にこちら側が有利になりつつあります」

「後は……森の賢者か。存在そのものが赤い龍を蘇らせる鍵になる。……『新しき賢者』のカールが居てくれればどれ程良かったことか」

「彼の事を惜しんでいても仕方ありません。奴らとの話では、うちの(せがれ)……もといオスカーが賢者を始末する手筈になっています」

「……勝てるか? ローシェン帝国以前の全ての文明を(ことごと)く焼き払ったとされる、あの賢者を」

「あいつならやれますよ。あいつは意思の強い男です。目的の為には、親から貰った名前を二度捨て、主君を裏切り、そして今度は世界の闇を払い、自らが天敵となることも(いと)わない。娘に茨の道を進ませるなら、奴は蛇の道を素足で進む。そんな男ですよ」


 魔族の男は、そうどこか誇らしげに語った。窓の外は、もうじき白みそうだ。









「あー! おかえりー!」

「ただいまー! ワイバーンかって来たよー!」


 一夜明け、オスカー達は解体し終わったワイバーンの素材を受け取ると、ハイジの家に戻った。馬車から降りたオスカーは木箱をその手に抱え、ゆっくりとヘレナの先導を元に歩いている。


「それにしても驚いたわ。ちょっとイノシシを狩ってくるだけだと思ったら、ワイバーンまで倒しちゃうなんてねぇ。でも、防具も持たずに戦うなんてちょっと危ないんじゃない? そんなところまでお兄ちゃんに似ちゃ駄目よ?」

「はーい!」


 そう言ってヘレナとハイジはオスカーに先だって小屋に入っていく。トルケルから防具を貰ったと弁明し損ねたオスカーはため息を一つ吐くと、二人に続いたのだった。



 小屋に戻ると、出発の時に居なかったヴィルの姿もあった。ヴィルはヘレナの姿を見るなり、「おかえり」と優しげに微笑んだ。ヘレナもそれに応じてただいまを返し、用意されていた椅子に腰掛ける。


「それで、イノシシとワイバーンの素材は?」


 ハイジは、遅れて小屋に入ってきたオスカーにそう聞く。それに対してオスカーは、


「この中に入ってる。ほら」


 と言って床に木箱を置き、中を見せる。

 大きな木箱は中心を板で別けられており、右にはヒョウモンイノシシの牙と皮が、左にはワイバーンの鱗のついた皮と角が入っている。


「残りは馬車の中に積んである。一先ずはこんなもんだ」


 そう言ってオスカーはハイジを見るが、当のハイジに、その言葉は届いていないようだ。ハイジは木箱の中身を見つめ、顎に手を当てて難しい顔をしている。


 オスカーは苦笑してヴィルの方を見る。どうやらヴィルの方も同じことを思っていたようで、同時に互いの目と目が合い、二人して苦笑し合う。やはり似た者同士なのだろう。


「実はたまたま会った知り合いにヘレナの防具を貰ってしまいまして……」

「流石にワイバーン相手に防具無しと言うのは無謀ですからね。そうだろうと思っていました。一応、その防具を見せて頂いても? この素材達と、ミスリルを合わせて作り直す事も出来ますので」

「本当ですか? ヘレナ、あの防具もっと強く作り直せるみたいだ。どうする?」

「ほんとに!? ありがとうございます! それじゃ持ってくるね!」


 ヘレナはそう言い終わるや否や、小屋を飛び出し、馬車に防具を取りに走っていった。


「また転ぶぞー!」


 オスカーがそう声をかける頃には、ヘレナは馬車の荷台に乗り込んでしまっていた。そしてすぐに取り出すと、また走って小屋に戻ってきた。顔が赤く火照っている。

 ヘレナは、はぁはぁと息をつきながら、ヴィルに防具を渡した。



「はい!」

「ありがとう、ヘレナちゃん」


 ヴィルはそう礼を言うと、防具を手で触り、見渡してみたり、こんこんと叩いて見たりした。

 防具は板金製の胸甲(きょうこう)で、その丈夫さの割りにヘレナの様な幼い子供でも扱いやすい、かなり軽い作りになっている。また、横腹や肩の所は革製のベルトと、それを保護する薄い金属で出来ており、成長に合わせて大きさを変えられる様になっている。

 唯一の難点は、女性用の作りで無いことだろう。冒険者は、最近でこそ女性も増えてきたが、それでも男性社会であることに変わりはない。その為必然的に男性の扱いやすい武器防具が多く出回り、数の少ない女性用の防具などは高価な物になる。


「ヘレナちゃん、この防具ちょっと窮屈かい? 特にこの辺り……」


 そう言ってヴィルは自分の胸辺りを指して丸く円を描く。口に出さないのは、多感な時期の少女への配慮だろう。

 ヘレナはヴィルの問いに「うん」と頷く。成長期の少女には、やはり子供用とは言え男物の防具は窮屈さを覚えるらしい。


 ヴィルはヘレナの答えを聞くと、手帳に『少し窮屈、胸辺り』と記し、


「他には何か気になることはあるかな?」


 ヴィルの問いにヘレナは幾つか気になる所を挙げていき、それをヴィルは逐一手帳に記していく。


 結局、ハイジが思考の沼から抜け出したのは、二人の問答が終わり、作り替えの方向性が完全に固まった後だった。

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