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大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、強くなる
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ワイバーン狩り

 強烈な突風と共にその場に現れたワイバーンは、驚いて飛び立ったリュウアナイを捕えると、そのまま地面に降り立ち、そしてその場で食事を始めた。どうやらオスカー達には気付いて居ないようだ。

 オスカー達は体勢を立て直すと直ぐに馬車の影に隠れた。


「まさかこんなに早いとは思わなんだ……ヘレナ、防具は持っとるか?」


 トルケルがそう聞く。その問いにヘレナは首を横に振って答えた。


「なら丁度良かったわい。ほれ、知り合いの武具売りからどうしてもと押し付けられた防具が余っとったとこだったんじゃ」


 トルケルはそう言って背中に背負った袋から、子供用の板金の胸当てを取り出し、ヘレナに手渡す。少し大きめだが、無いに越したことはないだろう。


「ありがと。おとーさん、どうする?」


 ヘレナはトルケルから貰った防具を身に付けながら、横に居るオスカーにそう聞く。馬車の影から遠眼鏡でワイバーンの状況を監視するオスカーは一旦監視をトルケルに替わると、


「取り合えずこの辺りに居るのはあれだけみたいだ。角の曲がりが激しいから、かなり手強いぞ」


 と言って腕を組む。


 リュウアナイを捕食しているワイバーンの角は、確かに激しく湾曲している。角はもちろん、体全体の大きさもかなりのもので、その深緑の鱗には古傷が随所に刻まれている。明らかに老齢でかつ戦い慣れている事は、想像に難くない。


「まずワシが槍を投げて隙を作る。オスカーはそこで一気に距離を詰めて急所を狙い、意識が集中している所にワシとヘレナが加勢して背後から畳み掛ける。どうじゃ?」


 トルケルは遠眼鏡を外さずに、後ろの二人にそう聞く。


「了解」

「わかった」


 二人がそう返事すると、トルケルは遠眼鏡を外し、


「なら早速始めるとするかの。ヘレナはマズイと思ったら直ぐに下がるんじゃぞ?」


 と言って横倒しにして地面に置いてあった槍を持ち、機会を窺う。ヘレナは「うん!」と返事をし、トルケルの直ぐ横に屈んで待機をした。オスカーは二人とは逆の方向からワイバーンの様子を窺う。そして……



「行くぞ!!」


 ワイバーンが空を見上げたその瞬間、トルケルはそう声をあげて巨大な槍を投擲(とうてき)した。オスカーもそれに続いてワイバーンに向かって駆け抜ける。


「ギャオォォォォォ!!」


 ワイバーンは自身に向かってくる槍に気付き、空に飛び上がりそれを避ける。しかしそこに、


「ラフ・ラーン!」


 オスカーがそう詠唱し、ワイバーンを追う。飛び上がったオスカーを押し上げるかのように背中に突風が吹き付ける。


 飛び上がるオスカーはワイバーンの足を目掛けて斬りかかる。足の付け根を切られればかなりの量の血が出ることは、言うまでもない。しかしワイバーンは器用に足を使い、それを防ぐ。オスカーは再び同じ魔法を唱え、緩やかに着地する。そしてそこに援軍がやって来た。


「ガーゴ・ガルバザルグ!!」


 トルケルはそう唱え、拳を大地に突き刺す。大地からは鋭利な岩の柱が無数に伸び、一点に集まる。狙いは空中に舞うワイバーンだ。


「ギャオォォォォォォオ!!」


 ワイバーンは大きく()え、口から火球を吐き出す。火球は岩の柱とぶつかり合い、相殺された。大きな煙が立ち上り、岩が砕けた。その時だった、



「てりゃぁー!」


 砕かれた岩の柱と、煙の間から平らな先端をした別の柱が伸びる。その先端に居るのは、剣を構えたヘレナだ。伸びる柱の力を利用しヘレナは飛び上がる。視界を煙で遮られたワイバーンは、突然自らの目線の上に飛び出したその存在に困惑し、恐怖する。しかし最も驚いたのはオスカーだろう。地上ではオスカーがヘレナの名を叫ぶ。しかし砕ける岩の音と、直後のワイバーンの雄叫びで、ヘレナに声は届かない。


「グギャァァァァァァア!!!!」


 ワイバーンは口を大きく開き、火炎放射を試みる。だが、


「うおぉぉぉらぁぁぁあ!」


 バンッ!!


「ギャァァァ!?!?」


 咄嗟にヘレナを守るため、オスカーが放った銃弾を角に食らい、それを防がれる。通常、ワイバーン等の竜は角がその魔力源で有ることが多い。


 火炎放射を遮られたワイバーンに残された反撃はただ一つ、


「グオォォォォァァァァァア!!!!」


 大口を開け、目の前の小さな脅威を喰らうことだ。その鋭い牙は、小さなヘレナの皮膚を引き裂き、命を絶つことなど造作もない。


 しかし当のヘレナは剣を構えたまま、真っ直ぐワイバーンを見つめる。まるで、そもそもの狙いがこの状況を作ることであったと言うかのように。


 ヘレナは目の前の標的に意識を集中させる。景色はゆっくりと流れ、音はもはや耳に届かない。地上ではオスカーやトルケルが名を叫んでいるのだろうか。そんなことを考えられるほど、ヘレナは冷静だった。そしてヘレナ自身、自分の冷静さに驚いている。


 ワイバーンは徐々に近づいてくる。その牙に当たれば、無事では済まないだろう。

 その大顎はどんどんと近づく。そして……


(……いける!)


 不思議とヘレナに恐怖は無かった。それは下に居る父、オスカーへの信頼の裏返しだ。おとーさんがいるからと言うその圧倒的信頼と、十年もの間紡がれた父娘の強い絆が、今のヘレナの冷静さを産み出している。心配することは何もない。ただヘレナは、そのワイバーンの下前歯に左足を掛け、真っ直ぐに、剣をワイバーンの喉に向け、突き出した。



「ガゴァァ……」


 くぐもったワイバーンの声が、盆地に響く。その首からはヘレナの剣先が、血を滴らせて覗く。開いた口からは、ヘレナの右足が見える。そしてワイバーンは、口の中のヘレナと共に地上に向けて落下した。

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