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大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、強くなる
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初陣

 ヘレナが素振りを終えた後、オスカー達三人は少し遅めの朝食をとっていた。


「そういえばハイジ、ヴィルさんは?」

「あー、今寝てるわね」

「おこしてあげなくていいの?」

「いつもの事だからねぇ……」


 ヘレナは剣を貰ったのが余程嬉しかったのか、常に傍らに剣を置き、終始ウキウキした様子で食事している。主がそんな調子なのでルドルフも心なしか嬉しそうだ。


 今日は、ヘレナの初陣の日だ。

 元々剣を貰ったら、すぐに手頃なクエストを請けるつもりで、ヘレナにも話をしていた。流石に冒険者にとしての初陣がいきなりワイバーン退治は、剣に関してかなりの技量があるヘレナと言えど難しいだろう。何より、オスカーがさせたくない。万一のことがあってからでは遅いのだ。

 幸い、『ワイバーン到達までまだ少し日があると思われる』と、冒険者ギルドの観測所が発表している。到達までの数日で、ヘレナには現場での立ち回りを肌で感じて貰わなくてはならない。


 この時期はワイバーンの他にも危険な魔物や動物が人里近くに姿を現しやすい。魔物でなくとも、冬眠から醒めたクマやイノシシ、オオカミ等は充分に人間の脅威となる。その他にもワイバーンの北上に先んじて、『リュウアナイ』と呼ばれる小型の鳥の魔物を始め、小さな魔物達が大量に現れるため、依頼に事欠か無い。多くの新米冒険者はワイバーン狩りの肩慣らしにそう言った依頼を請け、本番に挑む。そこで現実を知り、早々に手帳を返納する者もいれば、逆に才能を開花させ大成する者も、運の悪いことに命を落とす者も勿論一定数居る。まさに冒険者になるための最初の試練と言うわけだ。


「それじゃあヘレナ、そろそろ行こうか」

「うん! いってきまーす!」


 朝食を食べ終えたオスカー達は早々に準備を終え、足早に依頼の待ち合わせ場所へと向かったのだった。









 依頼は大きく三つの形式で出される。個人又はパーティー単位で請ける『個人依頼』と、複数のパーティーが加わる『団体依頼』、そしてギルド本部や当該国から直接出され、団体依頼よりも多くのパーティーや、それより大きな冒険団単位で請ける緊急性の高い『特別依頼』だ。

 ヘレナが今回請けるのはこの内の『団体依頼』に当たる。依頼内容は最近農村部に姿を現すようになった小型の魔物、『ヒョウモンイノシシ』の駆除依頼だ。依頼を出したのは農村の代官で、現地で依頼を請ける形になる。ギルドの受付で手続きをしない分、素早く仕事に取り掛かれる。報酬金は二頭で銀貨一枚だそうだ。


「結構集まってるなぁ……」

「うん。ちょっとだけきんちょうしてきちゃった……」

「大丈夫、いざとなったらお父さんがなんとかしてやるから。剣の腕、上達したんだろ? ヘレナならやれるさ」

「……うん! ヘレナがんばる!」

「おう! 頑張れ!」


 オスカーとヘレナはそう言って互いの拳を突き出し、グータッチをした。


 村には既に二十名程の冒険者達が集まっていた。ヘレナと同い年の様な子も居れば、二十歳を越えた辺りの者も居る。それだけこの冒険者と言う稼業がいかに幅広い年齢に人気なのかがわかる。大成すれば億万長者も夢ではないのだ。



「それでは手帳の提示と、こちらに氏名をご記入ください」


 依頼の受付は村の教会で行っていた。受付でそう言われたヘレナは、自信満々に手帳を見せると、出された紙にスラスラと自分の名前を書き綴る。


「お上手ですね。その歳でもう文字が書けることでも凄いのに……やはりお父上の教え方が良かったのでしょうね」


 受付の修道女にそう言われ、二人は少し照れ笑いをした後、


「ありがとうございます!」

「どうもありがとう」


 と礼を言って教会を出、そこでヘレナの体に合う板金製の防具を借り、森の中へ入っていった。いよいよ依頼の始まりである。




 森にはくびれやコブのある広葉樹が多く見られ、斜め上に向かって太い枝が伸びている物もある。普段は村人によって枝打ち等の手入れが為されている様だが、やはりイノシシのせいか人が入れず枝が伸び放題になっている。木々の間が広いのはせめてもの救いだろう。


 二人は森の少し奥まで入っていった。そこの木々の多くには、人間の太ももから腰辺りの高さの場所に大きな傷が幾つも見られた。恐らくヒョウモンイノシシの牙によるものだろう。


「おとーさん、これってヒョウモンイノシシの牙の痕かな?」


 ヘレナは少し屈んでそれをを指差す。


「どうしてそう思ったんだ?」

「ヒョウモンイノシシの頭って人のこしぐらいのところにくるからそうかなって思ったのと、ここに……」


 今度はその痕の回りの樹皮を指差した。


「この金色とちゃ色の毛ってヒョウモンイノシシのじゃないかなって」


 オスカーがよく見てみると、確かにそこには金と茶の二色の毛が至るところに付着している。それはヒョウモンイノシシの名の由来となった金と茶の(まだら)模様の毛皮の一部に、違いなかった。


「よく見つけたな! 偉いぞ!」

「やったー!」

「その調子でどんどんイノシシに近付いていこうな」

「うん!」


 ヘレナがそう言った瞬間だった。


「……! おとーさん、そこ!」


 突然ヘレナの顔色が変わり、林立する木々の向こうを指差す。そこには、のそりのそりとこちらに向かってくる巨大な斑毛のイノシシの姿があった。その背後には血まみれになった標準的な大きさの別の個体が事切れていた。


「ヒョウモンイノシシ……それにしては異様にでかいな。様子もおかしい」


 ヒョウモンイノシシの背格好は大きくても精々普通のイノシシより一回り大きい程度だ。それがどういうわけか目の前の個体はそれを遥かに超える大きさだ。口からは唾液を滴らせ、その目は血走っている。頭の位置はオスカーの胸辺りで、ヘレナの丁度首もとから顔の辺りだ。牙に当たれば、一溜りもない事は、誰の目にも明らかだろう。

 オスカーはふと、すぐ横にいるヘレナに目をやった。確かにこの子の剣の腕前はそこいらの中流冒険者を容易に上回る程のものがある。だが所詮は十五にも満たない子供だ。実戦経験も無く、現場馴れしていない。ここは撤退するべきだろうか……。

 オスカーが撤退の二文字を口にしようとしたその時だった。


「おとーさん、わたしやってみたい……」


 ヘレナはイノシシから決して目を離すこと無くそう言うと、静かに剣を引き抜き、剣先を正面の敵に向けた。戦い慣れたオスカーが気圧される程の、普段のヘレナらしからぬ強烈な気迫を出し、ヘレナはオスカーの指示を待った。


「……わかった。やってみよう。但し、お父さんと二人でな。正面はお父さんがやるから、ヘレナは隙をついて横腹から。いいね?」


 そう言ってオスカーも銃に弾を込め、銃口を正面に向ける。

 ヘレナはその答えにハッとオスカーの方を見ると、表情を明るくさせ、


「うん!」


 と頷き、すぐに横へ走っていった。



「さて、悪いが娘の初手柄になって貰うぞ」


 ヘレナが横に姿を消したのを確認したオスカーは、そう呟くと力強く引き金を絞った。


「グルルオォォォ……!!」


 銃声が鳴るとほぼ同時に、正面にいたイノシシは両前足を振り上げ立ち上がると、そう雄叫びを上げて一直線にこちらへ突っ込んできた。

 放たれた銃弾は急所を外れ、右後ろ足を少し掠める。オスカーは突進を左へ転がり避けると、剣を抜き前に出た。


「グルルゴォォ!」


 オスカーはイノシシに切りかかる。しかし見事に巨大な牙に阻まれた。


 カキンッ


 と音が鳴り、剣からは火花が散る。一体どれだけ魔力を体に溜め込めばこれ程まで巨大に、凶悪に成長するのだろうか。


「グルルルウゥゥ……」

「ぐっ……」


 オスカーはイノシシと(つば)迫り合いになる。だがオスカーはその圧倒的な重量でジリジリと背後へ押し出されてしまう。そして、


「グルルオォォォ!!!!」

「ぐわっ……!」


 遂に上へ弾き飛ばされた。その瞬間、勝敗は決した。




「ヘレナ今だ!!」

「うおぉぉぉ!」


 オスカーがそう叫んだ時、イノシシの右上の枝から抜刀したヘレナがその首に向かって真っ直ぐに飛び込んできた。

 イノシシはそこから逃れようと足に力を入れる。が、銃弾の掠った右後ろ足の傷口が開き、動きが遅れる。そして……


 ズバン


「グルオォォォ……」


 身軽さを利用したヘレナによって首を掻き切られた巨大なヒョウモンイノシシは、そのまま横倒しになり、首から滂沱(ぼうだ)の血を流し、吹き出し、動かなくなった。


「おとーさん!」


 獲物を見事に仕留めたヘレナは剣についた血を拭き取り、鞘に納めると、吹き飛ばされ、倒れていたオスカーの方へ急いで駆け寄った。すると、


「ヘレナぁー!」

「うわっ!」


 突然オスカーが起き上がり、そう言って力強くヘレナを抱き締めた。


「よくやった! さっすがヘレナだぁー! 凄いぞ! あーっはっはっはっ!」

「おとーさん、だいじょうぶなの?」

「勿論だ! 可愛い娘の初手柄だからな! 痛みなんて吹き飛んだ! こんなにでかい奴が最初の獲物だなんて、お前は流石だよヘレナ!」

「えへへ……! おとーさん! わたし、ちゃんと一人前のぼうけんしゃになれるかな?」

「何言ってる、ヘレナはもう充分一人前だ! きっとお父さんなんかすぐに超えられるさ!」

「ほんとに?」

「ああ! 本当さ!」


 そう言ってオスカーはもう一度ぎゅっと抱き締めると、ようやくヘレナを離して、起き上がった。


「さて、それじゃ外まで運ばなくちゃな。重たいぞー!」

「うん! がんばる!」


 二人は足に縄をつけると、それを引っ張って森の外まで一緒になって運んだのだった。

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