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大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、強くなる
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幕間 マリアの数奇な一日(ブックマーク二十件突破・PV7000突破記念)

 記念特別回再び!

 今回はマリアおばーちゃんが主人公です!どうぞお楽しみください!

――マリア……今までありがとう。それじゃ、行ってくる……お前だけは、生きてくれよ?


 燃え盛る炎に包まれた城で若い男が、優しげな笑みでそう言った。体は既にボロボロで、鎧兜は傷だらけ。手足に巻いた包帯からは血が滲み、たなびくマントは擦り切れて小さくなる。


……待て! 行かないでくれ!


 叫ぶ言葉は遠ざかる彼の耳には届かない。


……僕を置いて死ぬなんて許さないぞ!


 掴もうと手を伸ばすも彼を捕える事は出来ない。


……頼む、僕を一人にしないでくれ……置いて行かないでくれ……


 彼女の涙は風に乗り、空に舞う。


――マリア……


 男は一度立ち止まる。そして静かに振り返り、背後の彼女に言葉を紡ぐ。

































――愛してるよ……



 その瞬間、マリアは目を覚ました。窓から見える空は朝焼け色をしていた。









 可愛らしい孫と、可愛げの無い息子が出立し、忙しない娘が遠征に行った花園の小屋は、再び静けさを取り戻した。

 外から聞こえてくるのは早起きな小鳥のさえずりと、風に揺れる木の葉や花の囁きだけだ。


(全く……今日は嫌なものを見てしまった……)


 朝、寝室から姿を現したマリアは、心の中でそう呟く。

 まだ寒さの残る初春だと言うのに、寝汗をかいていたらしい。ベッドのシーツや毛布ははしっとりと汗を吸い込んでいる。洗濯が必要だ。

 だが、まずは体を流してしまいたいと、マリアは桶と変えの服、体を拭く布切れを持って森の少し奥にある川にやって来た。誰にも会わないとは言え、流石に汗でベタつく肌のまま、一日を過ごしたくは無い。



 森には部外者が立ち入らないよう、強力な結界を張っている。しかし、何者かがふとした瞬間に迷いこんで来てしまうことも稀にある。マリアは辺りを見渡し、念のため誰もいないことを確認した後、岩陰で服を脱ぎ、川に入った。


「うわっ……冷たいなぁ……」


 マリアはそう言いつつも川に浸かり、肌や髪についた汗を洗い流す。

 時折川の小魚達が、マリアの肌をついばみに集まってくる。


「うーむ。こいつら体を綺麗にしてくれるのは有り難いんだが、くすぐったいんだよな……ってちょ! そんなとこ突っつくな! くすぐったいだろ!」


 突然思いもよらない所をつつかれたマリアは、驚いて小魚達を蹴散らす。

 調子に乗って反撃を食らった小魚達はそのまま水草の影に隠れて姿を消してしまった。


「次は焼き魚にしてやる……」


 マリアは小魚達の隠れた水草を睨み付け、指差してそう脅した。そしてハッとしたマリアは辺りをキョロキョロ見渡し、再び誰も居ないかを確認して息をつく。こんな姿を誰かに見られたら、それこそお仕舞いだ。

 ひと安心したマリアが、川の中の手頃な石に腰掛けようとしたその時だった。


「おねーさん、何してるんですか?」

「うわっ!!」


 背後から声をかけられ、マリアは飛び上がり、振り返る。そこには白髪(はくはつ)の、幼い少年が一人、先程服を脱いだ岩陰からこっそり覗いている。先程確認したときに分からなかったのは、どうやは隠れていたかららしい。


「し、少年、こんなところで何をしている? と言うか、いつから居たんだ?」


 結界を仕掛けているとは言え、森に幼い子どもが迷い混むことは、無いことではない。

 マリアは腰に手を当て、先程大声を出して驚いた姿を取り繕うかのように、少し胸を張ってそう聞いた。

 聞かれた少年は何も答えず、顔を真っ赤にして岩陰に引っ込んでしまった。


「ん? どうした、僕は少年に危害を加えるつもりは無いぞ? 怖がらないで、出てこい」


 そう言って少年に呼び掛けた直後、マリアは少年が顔を真っ赤にして岩陰に引っ込んだ理由がわかった。マリアは服を着ていないのだ。水浴びをしていたのだから当然だ。


「あー……なるほどそう言うことか……」


 すっかり失念していた。マリアは少年に対し、少し申し訳ない気持ちになりながら、川から上がり、素早く体を拭いて服を着た。



「さて、それで? 少年は何処から来た? 名前は?」


 とりあえず家まで少年を連れていったマリアは、温かい飲み物を出してやって、向かい合わせに椅子に座った。


「……分かりません。覚えてないんです」


 少年は申し訳なさそうに、そう言って首を横に振った。


「うーむ、弱ったなぁ……っと、紹介がまだだったな。僕はマリア、見ての通りエルフだ。よろしく」

「マリアさん……はい! よろしくおねがいします!」


 少年は礼儀正しくペコリと頭を下げた。不思議な少年だ。森を抜けてきたのなら、服が多少汚れていても良いはずなのに、殆ど汚れが見えない。そもそも、服装自体が変わっている。短いズボンに、半袖の服。ズボンは紺色で、まるで幌馬車(ほろばしゃ)の幌の様な生地をしており、上の服に至っては白い身ごろと赤い袖、身ごろの所には黒色で何やら文字が書かれており、全く未知の素材が使われているようだった。靴に関しても同様に、見たことの無い形をしている。


(精霊の穴から落ちてきたのか……? それなら早く帰してやった方が……だが記憶を失っている今では果たして無事に帰れるかどうか……)


 精霊は、時折気まぐれを起こして宿り木に穴を開けてしまう。そしてその穴を通って何処かへと飛び立ち、何かを持ち帰ってくることが稀にあるのだ。そう言うときは、再び穴に放り込んでやると、物に宿る記憶を頼りに元の場所へ帰っていく。古くから伝わるエルフの伝承だ。


「とりあえず、少年の呼び名を考えなければな。いつまでも『少年』はかたっくるしくてしょうがないからな」


 マリアはそう言って腕を組み、うーんと考える。何かを良い名前があっただろうか……。


「テオフラストゥス・ポンパストゥス――」

「そんなに長いなまえは……」

「流石にだめか。うーむ……」


 その時、ふとマリアの頭のなかに一つの名前が浮かんだ。


「ヴィクトル……ヴィクトルなんてどうだ?」


 提案したマリアの頭には、一人の少年の顔が思い浮かんだ。ボロボロになって少女を背負った、強い意志のある瞳をした、誰よりも可愛げの無い、誰よりも優しい自慢の息子の顔が……。


 マリアが言い終わったその瞬間、少年はパッと表情を明るくさせ、喜びの表情を浮かべた。


「ヴィクトル……! 格好いいです! ありがとうございます、マリアさん!」

「マリアさんなんて堅い言い方やめてくれ。なんだかむず痒いぞ」

「だったら……おかーさん?」

「へ?」



 かくして、二人の穏やかな暮らしが始まったのだった……。









――ネードルスラント・栄光の宮殿、公爵執務室



「閣下、何やら難しい顔をしておられますな。どうなさいました?」


 執務室の机で、書類を見つめたまま動かなくなったウィレムに、シュタイナーはそう声をかけ、紅茶を渡す。


「あぁ、ごめんなさいねシュタイナー。ちょっと気になったことがあったのよ」

「気になったこと……法皇猊下との一件にございますか?」

「ええ。ホント、困ったものよねぇ……」

「いやはや、全くですな」


 そう言って二人は笑い合う。そんなウィレムの頭の中では、法皇に呼ばれ、ローシェン法皇庁に赴いた際にかけられた言葉がよぎっていた。


……第一の加護、王冠(ケテル)を持つ少年が姿を消した……



 魔王征伐からおよそ十年。秩序は今、音を立てて崩れようとしている……。

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