たくましい妹
しばらくして、ヘレナは鞘に納められた、普段使っている木剣と刃を潰してある模擬剣の二振りを抱えてやって来た。
「もってきたよ!」
「ありがと! それじゃ早速……」
ハイジはそういって二振りの剣を引き抜き、採寸を始め、その長さを手帳に記していく。
ヘレナが普段練習で使っている剣は、ヘレナの身長にしては少し大きめで、柄もあわせて大体胸の中心から指先位までの長さの物だ。もっとも、ヘレナは最近急に背が伸び始めたので大きさも丁度よくなっているはずだ。
「ヘレナちゃん今身長どれぐらい?」
「一セルム三フィーム(約百四十センチ程度)ぐらいだな」
「もうそんなに大きいの!? 凄いわねぇ……お兄ちゃんそのうち抜かされるんじゃない?」
「かもな」
そういってオスカーは笑う。身長を褒められたヘレナも少し嬉しそうにニコニコしている。
「ヘレナちゃんは今の剣どう? 扱いやすい?」
「うーん、ちょっとみじかいかも。わたしはながい方が使いやすいなぁ……」
「成る程成る程……よし! 決まりね!」
ハイジはヘレナの言葉を手帳に記し終えると、勢いよく立ち上がった。
「どんなのを作るんだ?」
「『カッツバルケル』ってお兄ちゃんわかる?」
「あー、確かに少し長いかも知れないが、ヘレナには丁度良いかもな」
カッツバルケルは主に歩兵が使う、幅の広い剣だ。騎士の使う長剣程の長さでは無いものの、魔物との近接戦闘が多い冒険者にとっては扱いやすく、馴染み深い得物だ。元々は帝国直属の傭兵団であるランツクネヒト達が使い始め、それが先の四年戦争とも言われる魔王征伐で世に広まった。
確かに今のヘレナには少し長いかも知れないが、かえってそれが丁度良いかも知れない。
「重量はミスリル使うからそんなに無いし、大きさが合わなくなったら打ち直せるしね。それじゃ早速作りに行くけど、二人とも、見に来る?」
ハイジは腰に手を当てて二人の方をニヤリと笑って見る。
「えー! 良いの?」
「全然大丈夫よー」
「ヘレナ、見に行こうか?」
「うん!」
ヘレナは目をキラキラさせて力強く頷いた。
そうして三人は小川を渡った向こう側にある煙突の飛び出した小屋へと足を運んだ。
◯
「じゃーん! ここが私の工房よ!」
ハイジはそういって二人の方へ振り返り、紹介する。工房は小屋と言うよりも東屋に近く、大きな窯が煌々と明るい光を放っている。細い煙突からは常に煙が立っているものの、殆ど壁の無い造りのお陰で工房に熱がこもる事はなく、夏場でも暑さに倒れる心配が無い。火を扱うとあってか、窯や煙突はもちろん、柱や屋根すらも一貫して殆どに煉瓦が使われ、木材が見当たらない。
そして窯のすぐ近くの金床の上には、ミスリル鋼と灰の獣の角が二つ並んで置かれており、その側にはこちらを背にして丸椅子に腰掛ける若い男が居た。その長い耳から、エルフであろうことは容易に想像がつくが、鍛冶場に自然主義のエルフが居ると言うのは、かなり珍しい。
「おーい、ヴィルー! おはよー!」
ハイジはその男に向かって大声で呼び掛ける。ヴィルと呼ばれた男はピクリと耳を動かすと、こちらを振り向いた。
「おー、おはよー。その人達がお客さんか」
「うん! お兄ちゃんとヘレナちゃん。こっちはヴィル、私の相棒……もとい旦那様よ」
ヴィルはトコトコとこちらに向かって来、ぺこりとお辞儀をする。
「どうも、ヴィルヘルムです。ここでハイジと工房をしています。宜しくお願いします」
「私はオスカー、見ての通り冒険者をやっています。こっちは娘のヘレナです。宜しく」
「ヘレナです! ヴィルヘルムさん、よろしくおねがいします!」
三人はそれぞれ向かい合い、挨拶をした。
ヴィルは元気に挨拶するヘレナを見てニコリと優しげに笑い、
「ハイジから話は聞いています。かっこよくて強い剣を作るから、ご安心を」
と言ってヘレナの肩に手を置く。ヘレナは「はい!」と言って大きく頷いた。
「……驚いたな、ハイジにこんなに男前な夫が居るなんて」
「私はドワーフとの混血だし、そうじゃなかったとしてもそもそも子供なんて出来ないけど、それでも良いって言うから、まぁ仕方なく?」
ハイジはそう言って照れ隠しをするが、彼の事が相当好きであるらしいことは、その様子から容易に想像がつく。
人間とエルフ、そしてドワーフは互いにかなり近い種族だ。
人間とエルフがいわゆる亜種の関係にあるとすれば、ドワーフはエルフの亜種だ。近い種族とは言ったものの、人間とドワーフは少し遠い関係になる。人間とエルフとの間に出来たハーフエルフと呼ばれる子は、人間かエルフとの間に子をもうけることが出来るのだが、種族的にエルフよりも遠いドワーフとの混血であるハーフドワーフは、その男女に関わらず、少なくとも人間やドワーフとの間に子をなすことは出来ない。あるいはエルフとの間にならばもしかすれば可能なのかも知れないが、その種族間の仲の悪さによって阻まれている。
しかしハイジは、相手がどんな種族であれ、子をなすことは叶わない。彼女はまだ幼いころ山賊に拐われ、口にするのも憚られる様な、凄惨な目にあった。しばらくして山賊が倒され、ハイジが助けられた時には、その腹に異変が起きていた。幼いハイジには耐えられないだろうと考えた神父は、彼女だけでも助けようとしたのだ。
結局ハイジは一命を取り留めた。そしてその引き換えに彼女は腹に大きな傷を負い、子をなすことが出来なくなってしまった。それ以来、ハイジはオスカーや神父などの一部を除いて、自分の身の回りに男どころか、一切の人間を寄せ付けず、鉱石いじりや鉄いじり、果ては武器や防具にまで、まるで取り憑かれたかの様に没頭し始めた。
そんな過去を知っているオスカーからすれば、ハイジに心から寄り添ってくれる伴侶が現れ、共に暮らしてくれているというその事実が、何よりも喜ばしい出来事であった。あんなにもひどい目にあっても尚立ち上がり、あんなに恐れていた他人との関わりを持ち、自らの未来を掴み取った強くたくましいハイジの姿は、オスカーには少し眩しく見えた。
「そう言えば今までどこに?」
オスカーはヴィルに振り返ってそう聞く。ヴィルは少し苦笑して、
「実はハイジが薪が足りないだの、新しい金づちが欲しいだの言い始めまして……」
と、なんとも言いづらそうに言う。
「あぁ……お疲れ様です……」
ワガママは相変わらず昔から変わらないなとオスカーは心のなかで思いつつ、彼を労う。ハイジのワガママに付き合わされる男達の哀愁が、そこにはあった。
「ほ、ほら! そんなこといいから、さっさと作っちゃうよ!」
端から聞いていたハイジは、話に割り込むと、強引に流れを剣作りに引き戻し、窯の方へ、ヘレナと一緒に向かっていった。
オスカーとヴィルは向かい合ってまた苦笑すると、そんなハイジの背を追ったのだった。
次回、ヘレナの剣




