幕間 収穫祭(5000PV記念)
本編では省かれた春の収穫祭のお話。ほのぼのしてくださると幸いです! では、どうぞ!
寒さの冬はいずれ開ける。この日、オスカー達の居るネードルスラントでは、春の訪れを祝う『収穫祭』が行われた。
元々は天の楽園に住まう至高の神『天主』に、冬の終わりと春の訪れを感謝し、その年の収穫物を献上する祭りだったが、いつの頃からかそういった毛色は薄れ、大規模な娯楽としての意味を強く持つようになった。
そしてここにも、春の訪れを祝う者が居た。
「ラインハルト、荷物持ったか?」
顎に無精髭を生やした若い男が、自らの息子にそう問う。片足は木の棒から作られた義足だ。
「大丈夫! それじゃ行ってくるー!」
「楽しんでこいよー!」
ラインハルトと呼ばれた息子は、鞄を肩に掛け、颯爽と家から飛び出していった。頬が少し紅く染まっていて、口もとには笑みが浮かんでいる。
理由は単純、今日この日ラインハルトは、共に剣の鍛練をしているヘレナと二人で収穫祭を回るのだ。
時は遡ること二週間前……
「えー! ヘレナしゅうかくさい行ったこと無いの?」
「うん。いつもこれぐらいのときには南の方にいたから、ネードルスラントのおまつりははじめてなの」
練習終わり、ヘレナの迎えが来るまで二人で会話をしていた時の事だ。ラインハルトに突然、好機が訪れた。練習を始めた当初からヘレナの事が気になっていたラインハルトにとって、この機会は何としても物にしたい。ヘレナがここを去ってしまうまであと数日と迫っている。次会えるのはいつになることやらわからないのだ。
ラインハルトは意を決して、ヘレナにこう提案した。
「な、ならおれが案内してやるよ! 人が多いから迷子になっちまうだろ?」
一瞬の沈黙のあと、
「えー! 良いの? ありがとうライ! 楽しみにしてるね?」
ヘレナは目をキラキラさせて、隣にいるラインハルトの手を握った。顔が近い。息が掛かりそうな距離まで顔を近づけてくるヘレナに対し、ラインハルトは顔から火を吹きそうなほど赤面させ、「お、おう……」と苦し紛れにそう返した。
かくして二人は共に収穫祭に行く約束をし、時間は冒頭に巻き戻るのである。
「おーい、ヘレナー!」
「あ、きたきた! ライー!」
二人は総督府前の噴水広場で合流した。朝もやがかかる程の早朝ではあるが、そこそこの人が集まっている。回りを見れば、出店もそろそろ開きそうだ。
空を見上げれば、少し薄雲がかかっている。日が昇ってくれば、これも晴れるだろう。
「ちょっと早すぎたかな?」
「いや、これぐらいの方が人がまだ少ないから良いんだ。なにか食べるか?」
「うん!」
そういった後、ヘレナは「あっ!」と声をあげた。そして、
「ねぇ、ライ。手、つなご? はぐれちゃったらいやだもんね」
と言って、前を歩くラインハルトと止め、手を差し出す。
「えっ……お、おう……そうだな。ちゃんとにぎってろよ?」
ラインハルトはこの数週間で何度めかわからない赤面をしながら、差し出された手をしっかりと握り、二人で並んで、再び歩き始めた。
そうして二人は、開き始めた出店へと足を運んだ。
そんなに光景を、物影から覗く男達が居た。
「おいグスタフ、何て言ってる?」
「お前なぁ……親バカすぎやしないか?」
「おい! あの二人手を繋いでるぞ! あぁ……ヘレナが……男と……」
「オスカー……そうなるなら見に来なけりゃ良かっただろうに」
「そういう訳にはいかん! 娘の成長を見届けるのは、親のつとめだ!」
「でかい声出すな。気付かれるだろ」
オスカーとグスタフは、物影に隠れてヘレナ達の動向を窺っている。
オスカーの表情は白くなったり青くなったり赤くなったりと目まぐるしく切り替わり、その横のグスタフはそんなオスカーの制御に既に疲れ始めている。
一方のヘレナ達は、そんな親バカ達には全く気付かず、出店で羊の串焼きや、パンを買い、町の大通りに面する教会広場に向かって歩いていく。既に日は昇り始め、人通りも増えてきた。
オスカーはそんな人混みを掻き分け、ヘレナを見失わないように、距離を置きつつ向かっていく。その後を追うグスタフも、やれやれと言いながら着いていく辺り、ヘレナ達の動向が気になるのだろう。しきりに長い耳をピコピコ動かせて二人の声を探す。
「ライ、きょうかいまで来てどうしたの?」
教会広場に着いたヘレナは、隣で手を繋ぐラインハルトにそう聞く。
「毎年この日にここで、こうしゃく様のしんせきがけっこんしきをするんだよ。だれでも見にこれるから、しゅうかくさいの目玉なんだぜ」
ラインハルトはすこし自慢げにそう語る。一方のヘレナはその話を聞いて目を丸くして「へぇー! すごーい!」と驚きの声をあげる。
「毎年人がおおいから早めに場所とりしないとだめなんだ。あ、こことかちょうど良いな」
ラインハルトはしっかり手を握って、ヘレナを先導する。
大通りと教会を繋ぐ直線上に敷かれた白いビロードの絨毯の横は、縄が張られていてその向こうに立ち入ることは出来ない。従って観客達はそのギリギリまで迫る。ラインハルトはそこに、ちょうど子供が二人分入れる空間を見つけ、ヘレナを誘導した。
「ここなら見えやすいだろ?」
「うん! すっごくよく見えるよ! さすがライだね!」
褒められたラインハルトは恥ずかしそうに「おう……」と言って、すこし頭を掻いた。
その時、大通りの方から賑やかな音が聞こえてきた。公爵家の音楽隊の音色だ。新郎新婦がそろそろやって来る。
二人は同時に顔を見合わせた。何故だか自然と笑みがこぼれ、次には恥ずかしさが押し寄せる。
二人の間に少し沈黙がはしる。
「ライ、パン食べよっか?」
「そうだな。ほら、のみものとくしやき」
「ありがと」
「おう」
二人は先程買った食べ物を口に運び始めた。よく見るとヘレナの方も少し頬が紅くなっている。ラインハルトは言わずもがなである。
広場には続々と貴族達の馬車や音楽隊が入っていく。二人はその美しさに目を奪われた。中でも取り分け新婦の馬車は一段と大きく、美しいものだった。何でも国外の名の有る貴族の姫君らしく、父親がその姫君の為に各国から職人を集め、大枚をはたいて作らせたらしい。
そんな美しい馬車から出てきた姫君は、馬車の姿を打ち消さんとする程に、美しい姿だった。透き通る程に白い肌、純白のベールに婚礼衣装。流れるかのような金の髪に、大きな宝石を幾つも埋め込んだ銀のティアラ。ベール越しに窺える表情は非常に柔らかなもので、人柄が窺い知れる様だった。
「……きれいだったねぇー……」
新婦とその取り巻き達が教会に入った後、ようやくヘレナがそう呟いた。未だに姫君をみた興奮が冷めないのか、はたまた何か別の要因があるのか、ラインハルトと繋いだ手には少し力が入り、頬もうっすら紅い。
「あぁ……きれいだった……」
ラインハルトはそう返すも、実は姫君の登場からかなりの割合の時間、姫君を見るヘレナの横顔を彼は見つめていた。白いバラの花吹雪が舞い、雲の切れ間から射す光に照らされたヘレナのその横顔を……。
「おいグスタフ。前はどうなってる? ヘレナは?」
人混みで二人の姿が見えないオスカーは、しきりにそうグスタフに聞く。
「全く聞こえんなぁ……」
グスタフはそういってとぼける。実際グスタフは前で起きている事はだいたい把握できている上、少し背を伸ばせば二人の姿も確認できる。だがあえてオスカーには伝えないで置こうと、そう心に決めたのだ。今の状況を邪魔する程、グスタフは無粋ではない。
そこからヘレナとラインハルトは、夜空に打ち上げられる花火を見上げ、先程以上に接近することになるのだが、それはまた別のお話。
かくして二人は互いにとって忘れられない一日を過ごしたのだった。
これからも頑張って参りますので、どうぞよろしくお願い致します。




