門出とワイバーンステーキ
「おーい! ヘレナー。ちょっと来てくれー」
「はーい!」
しばらく窓口の列に並び、ようやく順番が回ってきたオスカーは、そう言って同期になる他の子供達に混ざっていたヘレナを呼ぶ。呼ばれたヘレナは元気に返事をすると、他の子供達に別れを告げてトコトコと早歩きでやって来た。先程自信満々に走って転けたのが恥ずかしかったのだろう。
「それではヘレナ・シュミットさん、こちらに手形をお願いします」
窓口の若い女性はにこやかにそう言うと、ヘレナに一枚の紙を渡してくる。冒険者ギルドに加入する際の契約書だ。これに手形を捺すことで晴れて冒険者として認められる。
「はい!」
ヘレナはまたも元気に返事をすると、専用の赤い染料を手につけ、そのまま紙に手を捺し当てる。
「出来た!」
「ふふっ。はい! 結構です。それではこちらをどうぞ。小さな冒険者さん」
窓口の女性は手形が綺麗に出来て喜ぶヘレナを見て微笑むと、契約書を縦半分に割り、片方の契約書と冒険者手帳を差し出した。
「こちらの契約書は証明書替わりになりますので、必ず手帳の中に挟んで携帯して下さい。それでは、貴女の冒険者稼業に天主の祝福があらんことを……」
女性はそう言ってにっこりとヘレナに微笑み掛ける。手帳を貰ったヘレナは喜びのあまり、少しの間それを見つめたまま動かなかったが、女性のその言葉でハッとすると、
「ありがとうございます! せいいっぱいがんばります!」
そう言って深々とお辞儀をした。その場に居た大人達はその姿を見て口許を緩ませる。何はともあれ、こうしてヘレナは晴れて冒険者となったのだった。
○
「良かったなぁヘレナ、これで立派な冒険者見習いだ! これからもっと頑張って、一人前の冒険者になるんだぞ?」
「うん! ヘレナがんばっていつかおとーさんみたいなすごいなぼうけんしゃになる!」
「おお、そうか! そりゃ頑張らないとな! A+ランクへの道は遠いぞぉ。まぁ、とりあえず腹ごしらえをしようか。お腹空いたろ?」
「うん! わたしお腹ペコペコ!」
窓口から離れたオスカー達は、ひとまず酒場へと向かった。
ギルドの酒場では、その土地の特産物が安く冒険者達に提供される。アイゼンブルクのギルド酒場ではワイバーンの肉を用いた肉料理と、麦酒がそれに当たる。
ワイバーン料理の中でも外せないのはやはりアイゼンブルクの鉱山から採掘される上質な岩塩と、特殊な熟成室を使い年単位で長期熟成されたワイバーンステーキだろう。その味は絶品で、各地の王侯貴族の他、法皇にまで献上される程のものだ。そんな品を比較的安く提供出来るのは、酒場が冒険者ギルドの他、各種の職人ギルドや物流ギルドと提携を組んで運営しているからだろう。
オスカー達が酒場の扉を開けると、中からは旨そうな肉の匂いが立ち込め、より一層二人の空腹感を刺激する。
「おとーさん……!」
「ああ……! 親父! 熟成ワイバーンのステーキ肉を二枚! それと麦酒とミルクも」
「あいよ! へへ、嬢ちゃん今日から冒険者か? まけといてやるよ」
「ありがとう、親父」
「ありがとうございます!」
二人は酒場のカウンター席に腰掛け、親父にそう注文する。
人の良い強面親父はニカッと笑うと目の前で切り株の様な大きさの肉を鉄板に乗せて焼き始めた。ジュージューと肉から出た油の音が聞こえる。しばらく焼いた後、肉を二つに切り分けてひっくり返して、再び焼く。酒場に入ってきたときよりも更に強く旨そうな肉の匂いが二人の鼻を突き抜ける。ヘレナの目は今まで見たこと無いほどに、キラキラと激しく輝き、前のめりになってその光景を見守る。
「へいおまち! じゃんじゃん食ってくれよな!」
「いっただっきまーす!」
「いただきます!」
腹ペコな二人は、ようやく出されたステーキにかぶりつく。ステーキは塩だけの単純な味付けながらも、それがより一層肉の旨味を引き出す。親父の絶妙な焼き加減は、幼いヘレナにも噛みきれる程の柔らかさで、彼の技術の高さがうかがえる。噛むごとに口の中に溢れる肉汁にはこの肉の旨味が凝縮され、これまでの長旅はこの為だけにあったのではないかと思わせる程だ。
気づくと二人はかなりの量の肉をペロリと平らげ、後には空になったエールとミルクの容器と、ステーキの皿だけが残った。
「ごちそうさまでした! とっても美味しかった!」
「御馳走様! 久しぶりに食えて良かったよ。旨かった!」
「そりゃ良かった! また来てくれよな!」
オスカー達はそう言って席を立つと、人の良い親父の好意にあやかって、本来の額の半分の金を払い、酒場を後にしたのだった。
お肉……良いですよねぇ……。




