娘の背中(地図有)
新章突入!
「とうちゃーく!」
出立からおよそ一週間。オスカー達は冒険者達で長蛇の列が出来た関所を抜け、ようやく目的地、『アイゼンブルク』へと入国した。
「おとーさん! ぼうけんしゃさん達でいっぱいだね!」
「ああ! もうすぐ『ワイバーン狩り』が始まるからな」
長い馬車旅からようやく解放され、この日を楽しみにしていたヘレナは上機嫌だ。そんなヘレナを見てオスカーも微笑ましい気持ちになる。
アイゼンブルクは春頃になると西から吹く暖かい偏西風と、南から吹き上げる温暖な風の丁度合流地点になる。また、西のネードルスラントよりも標高が高いため山に風が当たり、上昇気流が発生する。温暖な気流は鉱山の合間を縫って広がる河川沿いの平野部に築かれた港や酪農の為の牧草地、小麦畑等に春の訪れを知らせる。そこに餌を求めて冬を凌いだ鳥や小型の魔物がやって来る。そして、そんな生き物を喰らうために、海を隔てた西のグレートカンブリントや南の大陸で繁殖したワイバーン達が一斉に『渡り』を行うのだ。
腹を空かせたワイバーン達はようやく冬を越した人々にとって驚異でしか無い。下位竜とも称されるワイバーンは、上位竜とは違って口から火を吐くことも、魔法を放つことも無いが、その鋭く堅い牙や爪は容易に人の肌を切り裂く。羽ばたく風で家は軋み、麦の花を散らす。そんなワイバーンを毎年国や自由都市と、ギルドが連携して討伐するのが、この『ワイバーン狩り』なのだ。
「とりあえずギルドに行こうか。そこでヘレナの登録をしないとな」
「うん!」
オスカー達は再び馬車に乗り、冒険者ギルドへと向かった。
○
「おとーさん! お店いっぱいだね! アリオルストダムみたい!」
馬車の後ろで、ヘレナが外を覗いてそうオスカーに声をかける。
「この時期は各地から色んな人が集まるからなぁ。ワイバーン狩りの間だけ出店を出すんだ」
ワイバーン狩りは世界各地から多くの冒険者達が参加する、言わば冒険者達の祭典だ。そんな冒険者達に対して商売を行うためこれもまた各地から多くの商人が集まり、出店を出し、矢や銃弾等の消耗品や、武具を売る。それだけでなく冒険者達は狩ったワイバーンの鱗や牙等の素材を買い取り、それを鍛冶屋に卸し、武器に加工し、再度販売する。この祭りはアイゼンブルク一帯に大きな経済効果を与えるのだ。
「また今度覗いてみようか」
「やったー!」
そうこうしているうちに、二人は冒険者ギルドへと到着した。
「うわぁー! おとーさん! このギルドおっきいね!」
「ああ! やっぱりいつ見ても立派な建物だなぁ……このギルドは冒険者ギルドの中でも一番古いんだぞ?」
「そうなの!? すごいすごい!」
巨大な柱は、巨木を一本一本そのまま森から切り取ってきたかのように太く、長い。入り口の巨大な扉はその縁取りに大きなワイバーンの骨が使われ、柱同士を繋ぐ釘にも同様の骨が使われている。飾り気の無い、無骨な作りだが、それだけに味がある。傷だらけの柱、風雨にさらされ削れた扉の縁取り。その一つ一つに、世界最初のギルド特有の趣を感じさせる。
ギルド前の大広場には多くのテントや掘っ立て小屋が林立しそこに多くの冒険者が集まっている。ワイバーン狩りには多くの冒険者が集まるので、参加の受付をするのにギルドの建物の中では狭すぎるのだ。そこで広場に専用の受付を設置し、混雑を避けているのだ。したがってギルドの建物はさほど混雑していない。
「おとーさん、わたしと同じぐらいのとしの子がいっぱいいるね!」
「皆、ヘレナと同じワイバーン狩りで冒険者になるんだろうな。ヘレナと同期だな」
「どうき……! わたしちょっとお話してくる!」
ギルドの建物に入ったヘレナはそう目をキラキラ輝かせて駆け抜けて行ってしまった。
「おーい! あんまり走ると転けるぞー!」
「だいじょーぶ! ……うわっ!?」
直後にヘレナはそんな声を上げて思い切り地面と激突する。
「あー、ほら言わんこっちゃない。大丈夫か?」
「うん! だいじょーぶ!」
ヘレナは立ち上がると服を払い、子供達の方へ再び駆け抜けていく。娘のその背中は父親が思っていた以上に大きく、たくましく、そして頼もしく見えた。
オスカーはまた一つ大きくなったヘレナの姿を見て、喜びと、一抹の寂しさを感じながら、同じように子供の冒険者登録にやって来た親の列に並んだのだった。




