ヤドヴィガ
「……こちらギルベアド隊。拠点を制圧した。任務完了です」
睡眠魔法を掛けて完全に拘束したレフを連れて、オスカー達が復活派の拠点から出た頃には、空は白み始めていた。
『ギルベアド隊、良くやってくれた! 被害は?』
水晶の向こうからは本部にいるジャクリーヌ女伯の声が聞こえる。どうやら女伯が出るまでも無かったようだ。
「こちら側の犠牲はゼロ。負傷者も軽傷です。……それと、復活派の関係者の男を捕らえました。こちらはかなり傷が深いので、直ぐ其方に向かいます」
『わかった。他の隊からも続々と完了報告が上がっている。くれぐれも、ばれないように頼む』
オスカーはジャクリーヌとの通信を終了した。後ろには既に上の階へと上がっていた近衛兵達が全員集結していた。リサは応急措置として回復魔法でレフの傷を塞いでいる。
「そろそろ出発しようか」
「ああ。そうだな」
横にいたモンセフがオスカーに声をかける。八人はオスカー達が密会に使っていた裏路地を使って、ジャクリーヌの待つ隠し拠点へと向かった。
「改めて……皆、本当にご苦労だった。捕虜の身柄はこちらで預からせて貰う」
拠点に戻るとオスカー達は待っていたジャクリーヌにそう激励を受けた。
「他の部隊はどこへ?」
「他の部隊は既に拠点を制圧し、解散した。お前達が最後だ」
オスカーが会話していると、シュタイナーが居ないことに気づいた。既に帰投したのだろうか。思えばここの拠点にはジャクリーヌを合わせて三人しか居なかった。だからモンセフとリサには彼らと共に外で見張りをして貰っている。増援が必要な程、他の拠点の制圧に苦戦していたのだろう……だが、オスカーはそんなジャクリーヌに少し違和感を覚えた。はっきりとは言えないが、何かおかしい。
「報酬だ。少ない額だが、受け取ってくれ」
ジャクリーヌはそう言って小さな袋をオスカーに三つ手渡す。近衛兵五人は既に帰投したようだ。中には十五枚の金貨が入っていた。かなりの大金であることは、言うまでもないだろう。
「さて、我々もじきに帰投する。お前達も自らの本来の仕事に戻ってくれ。ウィレム公爵閣下には私から報告しておこう。今日は本当にご苦労だった」
オスカーの違和感は、確信へと変わった。
「……あんた、ジャクリーヌ女伯じゃないな?」
「何を言っている? 私はジャクリーヌだ」
「いいや違う! ジャクリーヌ女伯は弟であるウィレム公爵に敬称を使わない!」
オスカーは剣を抜き切っ先をジャクリーヌに似たナニカに向ける。
「フフフフ……さっすがギルベアドきゅん。まんまと見破られちゃったぜ」
ジャクリーヌに似たナニカは不敵に笑ってそう言うと、指を一度ぱちんと鳴らした。するとその体はドロドロと溶け、再形成される。オスカーはその姿に絶句した。
「おまえは……」
「おっひさー☆ ギルベアドきゅん! 元気してた~? 皆のアイドル、ヤドヴィガちゃんただいま参上!」
そこには二十代前半程の魔族の女性の姿があった。長い黒髪を左右の頭の横でそれぞれ括り、それは腰あたりまで伸びている。
額には魔族の男性ほどの大きさの無い角が控えめに二本はえており、独特の存在感がある。服装は軽装……とすら言えるような物ではなく、薄桃色の女性ものの下着の上から、復活派の黒いローブを羽織っている以外には靴はおろか靴下すら履いていない程の物しか着用していない。
ヤドヴィガと名乗る女性は、名乗りを上げると小首を傾げてウィンクをし、胸の前に手を当て両手でハートを作る。ニコりと笑うと、その口からは八重歯が覗いている。
「……生きていたのか」
「死ぬわけ無いじゃん! ヤドヴィガちゃんを舐めてもらっちゃ困るぜ~ギルベアドきゅん!」
「何のために俺の前に現れた。モンセフ達やジャクリーヌ女伯をどこへやった」
「まぁそう焦りなさんなって。ほんっとギルベアドきゅんはせっかちなんだからぁ~。モンセフ副長もリサきゅんも無事、今頃あの女伯爵の元で突然消えたキミを待ってる事だろうね~」
ヤドヴィガはそう言って先程まで座っていた椅子に座り、ワインを飲み始める。
オスカー……ギルベアドとヤドヴィガは魔王征伐を共にした仲間だった。更に言えば荒野に咲く花の創設時の団員でもあった。戦争中盤でオスカーの『もう一人の副官』だった男と共に小部隊で敵陣に夜襲を仕掛けた際、その副官共々死亡した……筈だった。それがどういう訳か今、オスカーの目の前に姿を表した。それも生前の姿のまま。
「ギルベアドきゅんもここが私っちの力で作られた『劇場』ってのはもう気づいてるっしょ? こんな所じゃないと話せない事もあるからねぇ~。ま、こんな所でも盗み聞きする奴はいるんだけどね☆」
ヤドヴィガはそう言ってもう一度ワインに口を付け、話を切り出した。
「これは私っち……そして遊撃小隊全隊員からの警告だ。法皇には関わるな。これ以上その件に深入りしないでもらいたい。仲間同士で殺し合いはしたくない」
その瞳には、警告の持つ言葉の意味とは裏腹に、まるで懇願するような、そんな切実な想いが見て取れる様にオスカーには思えた。
「……皆、そっちにいるのか」
「うん。みーんな一緒だよ」
「……ケンブルク動乱のとき、違和感があった。何故憲兵司令部のある詰所に復活派は攻撃を加えなかったか。その理由が今解った。あれ、お前らだろ?」
「私っち達が直接襲った訳じゃないぜ? 指示しただけ。考えたのはフギンだ。あのじーちゃんを死なせるのは、ギルベアドきゅんに悪いってさ」
「そうか……それが知れて満足だ。警告は確かに聞かせてもらった。後の事は、頼んだ」
「任せときなって! 大丈夫、私っち達だぜ?」
ヤドヴィガは親指をたてて自慢気に言う。
「そうだな。ヤドヴィガ、フギンに伝えてくれ。ローシェン橋で会おう、と」
「り! それじゃ、私っちもそろそろ劇場維持するの限界だから帰るぜ! ギルベアドきゅん! 待ったね~☆」
ヤドヴィガは立ち上がると一度オスカーを思い切り抱き締めた。そして八重歯を見せてニコりと笑うと、最初のように指をぱちんと鳴らした。その瞬間、風景がぐらりと歪む。
気づけばオスカーは、ジャクリーヌ女伯の目の前に立っていた。周りには帰投したシュタイナーも、モンセフ達も、五人の近衛兵達も居た。そして皆一様に突然現れたオスカーに対して衝撃を受け、固まっている。
こうして、オスカー達の長い夜は幕を閉じたのだった。
○
「フギン! 帰ってきたぜ!」
小さな小屋の、小さな椅子から、小さな窓の外の景色を眺める男に、ヤドヴィガはそう言って後ろから抱き掛かる。
「うおっ! ……なんだヤドヴィガか、お帰り。どうだった?」
「元気そうだったぜ! 『ローシェン橋で会おう』ってさ。ちゃーんとフギンの考えも理解してくれたみたいだし、さっすがギルベアドきゅんだよね~!」
「ああ、本当に彼は凄いよ。ギルベアドなら解ってくれると信じてた」
男はどこか嬉しそうに微笑む。
「さぁ、僕たちも仕事に取り掛からなくては。よろしく頼むよ、ヤドヴィガ」
「もち、任せといて! 私っち頑張っちゃうかんね!」
ヤドヴィガはそう言って勢い良く扉を開け放ち、小屋の外へ飛び出していった。
男はその姿を見送ると、自分も椅子から立ち上がり外へと向かう。
「ギルベアド……いや、ムギン。僕たちは、生きている。ローシェン橋でキミとまた会えることを、僕も楽しみにしてるよ」
男はそう一人呟くと、振り替えること無く小屋を後にしたのだった。
そろそろネードルスラント編も終わりが近づいて参りました!




