変人公ウィレムとジャクリーヌ女伯
今回はオスカー回です!
「あらァ~! ギルベアドちゃぁ~ン! 久しぶりじゃなぁい!」
そう言って扉を開けたオスカーに向かって両腕を広げて迫り来る巨漢を、彼はさっと身を引いて避ける。避けられた巨漢はそのまま勢い余って廊下に飛び出し、向かい側の壁に頭から激突した。
「やだァ~、痛ッたぁ~い! ほんっとギルベアドちゃんはひどい男ね♡」
巨漢は壁に激突した額を擦りながらオスカーの方を振り向き、投げキッスをした。
そう、この男こそ現在のネードルスラント総督、ウィレム八世だ。
貴婦人の様な服装と、化粧、口調、仕草、そして型破りな政策を行うことから、『変人公』や、『奇人公』などとあだ名される希代の名君である。
その額には、左側を失った長い角が一本生えており、その事から魔族の血を引いている事がうかがえる。
「相変わらずだな、ウィレム」
「あらやだ、いつも言ってるでしょ? アタシを呼ぶときは『レミー』って呼んでくれなきゃダメよ?」
「はいはいわかりましたよレミーお嬢様」
そう言って二人は部屋へと入った。シュタイナーはそんな二人を「どうぞごゆるりと」と言って静かに扉を閉めたのだった。
部屋は金融や貿易で巨万の富を得た国の主とは思えないほど質素で、書類が積み上げられた執務用の机と椅子、来客が着たときの長机とそれを挟んで向かい合うソファー、壁際には大きな本棚がそびえそこに大量の書物が押し込められている。
「アタシの情報は役に立ったかしら?」
「ああ。お陰で目標がはっきりした。とりあえずあのクソ坊主が黒幕だと知れて良かった」
「それで? 次はどうするのかしら?」
「俺たちはまだ動かない。奴の真意を探らなくちゃならんし、動くには外堀を埋める必要がある。カラスは死にかけの獲物しか狙わない……レミーは何か知らないか?」
「アタシが知ってるのは、猊下が十の加護を手に入れようとしていることぐらいよ。アタシだって加護を持っているけど、まだまだ外様扱いだから、重要なことはなーんにも教えてくれないわ。ほんっと、憂鬱だわ」
そう言ってウィレムはソファーに座ってため息をつく。オスカーも向かい合うようにソファーに腰かける。
「それで? 俺を呼んだ理由を教えてくれないか?」
オスカーが本題を切り出す。ウィレムはニヤリと笑って、割れた顎を擦りながら、
「アリオルストダムにある復活派の拠点を潰して欲しいのよ。出来れば、アタシが関与していない風を装いたい」
ウィレムは続ける。
「春には東の果て、日遥から使節団が来ることになってるわ。彼らの一部はそのまま在外領事として郊外に拠点を築く取り決めになってる。それを復活派が妨害する危険があるわ。そうなれば東洋での活動に制限がかかる。復活派の拠点を出来るだけ潰したい貴方達にも利益があると思うのだけど、どうかしら?」
オスカーは話を聞き、ゆっくりと口を開く。
「お前と法皇、その配下の復活派は同盟関係にあるんじゃないのか? 復活派が妨害するとは思えん」
「奴らの裏には確かに猊下が控えているわ。でも、奴らはその事を知らない。奴らの目的はあくまで『いと尊き唯一の神』の復活。末端の暴走すらも操るほど猊下は暇じゃないわ。猊下としても、暴走してくれた方が自分の『本業』をしやすいでしょうしね」
「……決行はいつだ?」
「出来れば明日の深夜。こちらからも何人か増援を出すわ。アタシは猊下のいる南のローシェンに呼び出されて、今日出立しなくちゃならないの」
「増援はどれぐらいだ?」
「百人居れば充分?」
「……いや。五十人で結構」
「そっちは何人居るの?」
「本当なら俺を合わせて四人だったんだが……状況が変わって今じゃ三人だ」
「それだけで足りる?」
「充分だ」
そう言ってオスカーは不敵に笑う。
「そうそう、増援部隊の隊長がそろそろここに来られるわ。ギルベアドちゃんもよく知る人よ」
ウィレムはそう言ってウィンクするが、その体は地面が小刻みに揺れるほど震えている。
すると間もなく、その人物が扉を勢いよく開け放ち、現れた。
「ウィレム!! 貴様の分際で私をわざわざ呼び出すとは良い度胸をしているなぁ!!」
「ひいぃ!! お姉さまお許しをー!!」
その人物は、まるで葡萄酒のような色をした髪を、腰辺りまで伸ばした凛々しい女性だった。手には鞘から引き抜かれたサーベルを持ち、髪と同じような深紅の色をした軍服を着込み、紅い裏地の白いマントをたなびかせている。
「ジャクリーヌ女伯、お久しぶりでございます」
オスカーは彼女を見て立ち上がり、そう言って礼をした。
ジャクリーヌ女伯は公爵ウィレムの異母姉にしてネードルスラントの軍事を司る女傑だ。その軍事的偉業は帝国内外に知れ渡り、次期皇帝に内定しているアウストリウス皇太子が求婚を求める程だと言う。
ジャクリーヌは頭を下げる黒衣の男を見て、すぐそれが馴染みの者だと思い出した。
「そなたは……ああ! ギルベアドか! 今は名を改めて旅をしているのだったな。灰の獣に町を襲われたときは助けられた。その節は、世話になったな」
そうして女伯はようやくサーベルを鞘に納めたのだった。
「……ほう? ようやくあの鬱陶しいハエ共を退治する気になったか。無論、指揮は任せておけ」
話を聞いたジャクリーヌはそう言ってあっさりと引き受けてくれた。
「だが、あくまで総督府の関与は否定しておきたい……か……貴様はまた面倒くさい事を私に注文するなぁ?」
「ひいぃ!! お許しをぉ!!」
「フッ……まぁ良いだろう。奴らは殲滅する。根絶やしにしてくれる。ギルベアドも相違ないな?」
「はい。異論ありません」
そうして話はトントン拍子で進んで行ったのだった。




