稽古と兄弟弟子
ヘレナはオスカーに馬車でウィンセントの家のすぐ前まで連れてきて貰った。
今日から待ちに待った剣の稽古が始まるのだ。ヘレナは早く稽古をしたくて、今日はオスカーよりも早く目を覚まし、花園でまだ眠たそうにしているシュバルツやアンナの河鹿の見守る中、練習用の木剣で素振りに没頭していた。そんな事なのでオスカーが花園に出てきた頃には冬だと言うのに顔を火照らせ、髪を汗で濡らしてしまっていた。
……結局出発するまでに一度汗を流す羽目になった。ヘレナとしてはそのままでも別に良かったのだが、オスカーに反対されてしまったのだから仕方がない。
汗を流し、朝食を取り、家を出る頃には日はすっかり空に登ってしまっていた。いつも野宿するときは日がまだ低い時間に出発するので、いつもよりかなりゆっくりな出発になってしまった。
「とうちゃーく!」
そんなこんなで馬車はウィンセントの家の前に到着した。ヘレナは馬車が停まるとすぐに荷台から飛び出し、満面の笑みでそう大声をあげてバンザイした。
「おお! 気合入ってるなぁヘレナちゃん! それじゃ、早速始めるからこっちに来てくれ。兄貴、ヘレナちゃんの事、お任せください!」
そうしてヘレナの稽古は幕を上げたのだった。
「よし! それじゃまずは基礎から……と行きたいところだが、ヘレナちゃんはもう基礎は出来上がってるみたいだから、早速技から入ろうか。丁度ラインハルトも今日から本格的に技の応用に入るところだったんだ」
「はい!」
「早速だが質問だ。鎧を着た相手と戦闘するときは、何処を狙うのが正解かわかるか?」
ウィンセントはそう言って、ヘレナと、ラインハルトを交互に見る。
「はい! よろいの間か、目をねらいます!」
ヘレナは元気に手を上げてそう答えた。
「よろしい! それじゃ、鎧の間って何処だ?」
「はい! わきの下とか首!」
ヘレナに負けじとラインハルトも張り合ってそう答える。
「正解だ! 二人の身長じゃ目は狙いづらいから、そう言った脇や首なんかの急所を狙うんだ。最近は胸甲と冑だけを着けた兵士だったり、そもそも鎧を着けていない兵士だったりが一般的になってきてるんだが、それでもこの急所を狙う事は大きな利点があるからな。それじゃ、今からはそんな急所を狙う技の稽古をするぞ!」
「はい!」
「はい!」
今度は二人ともほぼ同時に立ち上がって、元気に返事をした。
「よし! それじゃまずは俺の動きを見てろよ?」
ウィンセントはそう言って、模擬剣を持って練習用の人形の前に立った。それは十字に組んだ木の棒に、古くなった鎧と冑を着せた、単純な物だ。かなり頑丈に作っているらしく、先程ラインハルトがヘレナに先んじて練習をしていたときも、びくともしていなかった。
「行くぞ?」
ウィンセントはそう言って人形をまっすぐに見つめ、剣を構える。そして、ウィンセントの体が前に倒れようとしたその時、
バシッ!!
二人が気づいたときには大きな音を立て、人形が小刻みに揺れていた。見ると、模擬剣は人形の脇を下から切り上げた格好になっている。
「こういう風に、相手の下から潜り込んで脇を切り上げる。もしくは横に回って突くんだ。二人もやってみな?」
ウィンセントは人形の前を二人に譲り、打ち込みをさせる。
「てやぁー!」
まずはヘレナが最初に打ち込んだ。相手の下に潜り込むのは得意だ。だが、今までは胴をそのまま切り払うのを得意としていたので、切り上げると言うのは初めてだった。
パシッ!
「少し切り上げが遅いな。もっと素早く切り上げると良いぞ」
「はい!」
慣れない動きなので、素早く切り上げる事が出来なかった。
一方のラインハルトはその点ヘレナよりも全然切り上げが素早い。それを見てヘレナの闘志に火が点いた。
「てやぁー!!」
「てやぁー!!!」
「てやぁー!!!!」
やる気を燃え上がらせたヘレナを見て、ラインハルトも負けられないと思ったのだろう。ヘレナに張り合ってより素早く、力強く打ち込んで行く。
「おらぁー!!」
「おらぁー!!!」
「おらぁー!!!!」
結局、今日の稽古はこの切り上げで終わってしまった。
稽古が終わった時には二人は既にへとへとに疲れ、地面に寝そべってしまった。そんな二人を見てウィンセントは、兄弟と共に訓練していた頃の事を思いだし、少し懐かしい気持ちになった。
義足の付け根が少し痛む。明日は雨かもしれない。ウィンセントはそう思いながら、夕日の沈む方を見つめたのだった。
○
「兄貴、傷は……」
戦場から少し離れた後方拠点の一つで、その青年は向かい合うもう一人の男にそう声をかける。腕には杖を付き、片足は木製の義足で補っている。その為、動きがやや不自然だ。
その男は真新しい漆黒の布を肩から掛け、椅子にも座らずに地べたに直に胡座をかいている。
外では雨が降り注いでいる。ここは天幕に囲まれているため、雨に濡れることも、外から様子をうかがわれる事もない。
「あぁ……俺か? 見ての通りピンピンだ……。それよりウィンセント、俺はお前から足を奪ってしまった……すまなかった」
男はそう言って頭を深々と下げ、ウィンセントに謝罪をする。
「止めてくださいよ兄貴……敵の攻撃を兄貴が庇ってくれなかったら俺は今頃ここには居なかったんですから……」
謝罪をされたウィンセントはそう言って慣れない足の動きで男に近づき、頭を何とか上げさせ、自分も対面して座る。
「そうか……そう言って貰えると正直俺も助かる……」
男はそれでも申し訳なさそうにしながら、ウィンセントに話を振る。
「……奴はどうなった? 死んだか?」
「わかりませんが……きっとあの爆発は奴……ゲディミナス将軍の物だと思います。彼は忠義に篤い男だと聞いていますから、きっと自分を犠牲にしてでも主を逃がしたかったのでしょう……」
ゲディミナス将軍は、魔王軍でも指折りの闘将だった。優れた指揮官である一方、自身も一兵卒として前線に出向き、馬上から槍を振るい、剣を振るい、魔法を放った。その勇猛果敢な姿は敵味方問わず恐れられ、そして尊敬された。
「あの時の爆発で、前線に出てた兵士の多くは吹き飛ばされたそうです。ウチの隊にも相当数被害が出たそうで……」
ウィンセントの話を、男は静かに聞いている。その瞳は深い悲しみに覆われていた。
「……ヨーゼフは?」
「弟を庇ってあの爆発をモロに受けた様で……まだ帰ってきて居ません……」
「…………シャルルは?」
「隣に居た他の兵士を庇って……そのまま……その兵士は何とか生還したそうです……」
「………………ジャックは?」
「異変を察知して回りの兵を逃がそうとした時に、魔王軍の兵士に掴まれて……その魔王軍兵士もろとも……。ジャックの助けた兵が教えてくれました……」
「……………………エリーザベトは? 確か幼い兄弟がまだ故郷に居るから死ねないって言ってたよな?」
「エリーザベト姉さんは…………周りの味方を守るために結界魔法を使って……そのまま力尽きたようです…………笑って逝ったと……」
男は静かに涙を流し、そのまましばらく黙ってしまった。
しばらくして、ようやく男が口を開いた。
「……結局、結成したときの隊員は、俺たちと、モンセフと……本当に少なくなっちまったなぁ……」
「はい……皆……皆……」
「思えば、遠くまで来たよな……俺たち。西の果てで旗揚げして、南の聖堂で坊主どもに祈られて、東の地獄でぼろぼろになって……」
「はい…………」
「ウィンセントよぅ……お前だけは生き残ってくれよ? 多い時は五千人いた仲間は今じゃもう二千人も残ってない……だからよ……お前は後ろに下がってくれ……頼む兄弟……お前にまで死なれたら……俺は……」
男は悲痛な表情でウィンセントの手を握り締める。瞳からはボロボロと涙を溢し、それはとめどなく地面に流れ落ちる。
ウィンセントもそんな男の姿をみて、今までを回顧して、涙を流し、歯を噛み締め、そして、ようやく頭を縦に振り、「はい……」と声を絞り出した。
男はウィンセントのその言葉を聞き、彼を強く抱き締め、そして、二人で声をあげて泣いた。
彼らの慟哭は、先程よりも一層強く降りだした雨によってかき消され、外まで届くことは無かった……。




