探す男、待つ男
初冬の夜は寒い。西部諸国は冬でも比較的温暖とされるが、それでもやはり寒いものは寒い。
そんな寒さの夜、アリオルストダムの裏路地を歩く者が居た
黒い髪を伸ばして後ろで括り、東洋風の「ハカマ」と呼ばれる衣服を身に付け、口には煙管を咥え、足には植物で編まれた「ワラジ」を履き、そして腰には二振りの長さの違う「カタナ」を差している。他のものよりも低い鼻と、月明かりで時折照らされる黄色みを持った肌から、東洋人だと言うことは一目で分かることだろう。
「やっぱりちと寒いなぁ……早く帰らにゃ怒られちまう……」
東洋人もやはり寒さに弱いのだろう。そう言って腕を組んで少し早足で進むが、時折立ち止まると前後左右をキョロキョロと見渡して、また進む。端から見れば不審極まりない。そんな不審な東洋人に、声をかけるものが居た。
「……止まれ」
その人物は強い語調で東洋人を呼び止める。低い声から、男だと言うのは容易に想像できる。
「おっとぉ、どうしたんだぁ? 俺に何か用かい?」
東洋人はそう言って後ろを振り返る。するとそこには真っ黒なローブに身を包んだ男が三人。男達は東洋人が振り返ると即座に左右を挟み、これを囲んだ。
「貴様が近頃我々を探っている東洋人で間違いないな? ご同行願おうか」
三人のうち、正面の男がそう言って頭に被っている物を外す。黒い布が取り払われた男の額には立派な一対の角が、後頭部に向かって頭の形を沿うように延びている。魔族だ。
「……やっぱりばれてたかぁ、復活派さん。こりゃどうしようも無いなぁ」
東洋人はそう苦笑いを浮かべて、口から煙管を外して中の塵を地面にはたき落とし、懐に仕舞うと、
「……俺の前に出てこなけりゃ、もちっと長生き出来たのになぁ……」
東洋人は即座に腰のカタナを引き抜くと、その勢いで正面の男を縦一文字に上から切りつけた。男は声を上げる暇すらなく、絶命した。
(まず一人……)
次にカタナを振り下ろした勢いを使い、左に居る男を下から斜めに切り上げる。こちらは一撃で仕留め切ることこそ出来なかったが、後ろに倒れ、虫の息だ。
(次に二人……最後は……)
東洋人は即座に切り捨てられた二人を見て狼狽する最後の男を振り返ること無く、カタナを左耳の横から後ろに向かって突き出した。カタナは見事に男の喉笛に突き刺さり、そこから多量の血を吹き出して事切れた。男の血は、東洋人のハカマの背部を赤黒く染めた。
「チッ……やめてくれよぉ。この紋付き、一張羅なんだぁ。まーた娘に怒られちまうだろぉ? 洗濯が大変だー……って、聞いちゃ居ねぇかぁ」
東洋人は、懐から白い紙を取り出すとカタナに付いた血を拭い、足元に広がる血溜まりに捨てた。血溜まりに落ちた紙は、見る見るうちに赤黒く濡れていく。
「ま、ご苦労さんっと」
紙を捨てたあと、まだ息がある男を東洋人は見て、そしてその場を立ち去った。
東洋人が去った後、その場には広がり続ける血溜まりと、捨てられた紙と、切り殺された二人の男と、ゆっくりと死に向かっていく一人の男と、その場を後にした東洋人の残した血の足跡が残ったのだった。
○
翌日、オスカーは朝馬車でシュバルツと共にヘレナをウィンセントの元に送ると、その足で手紙の送り主に会いに向かった。
手紙の内容はオスカーには少々疑問の残るものだった。何故自分がその日ウィンセントに会うと分かっていたのか、どうやって情報を仕入れたのか。それも含めて、オスカーは今日送り主たる変人公爵ウィレムとの話し合いに向かうのだった。
オスカーが総督府、「栄光の宮殿」に到着するのに、さほど時間は掛からなかった。
宮殿前の噴水広場に到着すると、そこには既にウィレムの手駒たる近衛兵の姿があった。近年隣国フェルマーレンで開発された銃口付近に槍の穂先をつけた銃剣と呼ばれる武器を持ち、橙色の隊服やマント、そして飾り気の無い金属製の胸甲をつけており、人の多い広場でもよく目立つ。その上真っ白な頭巾を被っており、目立ちに拍車が掛かっている。
町に入ったときに既に馬車を降りていたオスカーは、近衛兵に近づき、声をかける。
「公爵閣下の命により参上致しました、オスカーです。閣下の御前に案内していただいてよろしいですか?」
オスカーは同時に公爵の紋章が印された手紙を渡した。それを見るや近衛兵は、
「……正面からは人目につきますな。こちらへ」
と言って正面の門ではなく、大きく門から左に回った裏門へとオスカーを案内した。そこそこ老齢な、人の良さそうな兵だ。そう言えばオスカーもまだここに住んでいた頃、よくこの男をウィレムの周りで見かけた気がする。だが、誰かが思い出せない。
(近衛兵の格好じゃバレバレだと思うんだがなぁ)
オスカーはそう思いながらも、口には出さずこの兵に続き、宮殿へと入ったのだった。
「ようこそお帰りになりましたな、ギルベアド様」
老兵は宮殿に入るとそう言って頭巾を外してオスカーの方へ振り返る。短く切り揃えられた白髪頭に、髭の無い少ししわがれた顎に、オスカーは彼が誰かようやく思い出した。まだ自分がウィレムとただの年の離れた友人だった頃世話になった、近習の男だ。
「……シュタイナー先生! お久し振りです。長らく会って居なかったので今の今まで気づきませんでした!」
オスカーはそんな古い知人との再開に驚き、喜んだ。
シュタイナーは、オスカーが師と仰ぐ三人の内の一人だ。一人は冒険者としての生き方を教わったボレスワフ。もう一人は剣術を教わり、ギルベアドを勇者エルフリーデと巡り会わせたヴィルヘルム・レーム。そして彼、シュタイナーことテオ・シュタイナーからは用兵術、つまりは兵の指揮を教わった。まさに魔族を震え上がらせ、魔王を討滅した勇者軍の頭脳を作った人物である。
「ギルベアド様も随分と変わりましたな。顔の傷から容易に想像できますとも。よくここまで頑張って来られましたな」
シュタイナーは数十年ぶりに再会した弟子にそう優しく微笑んで労う。敬愛する師にそう褒められたオスカーは、目から涙が出そうになるのを我慢して、こう言った。
「はい! ギルベアドは頑張って参りました!」
「それにしてもシュタイナー先生。先程は全く気づきませんでした。何かなさったんですか?」
シュタイナーに宮殿にあるウィレムの部屋を案内されている道すがら、オスカーはそう聞く。シュタイナーは微笑みながら、
「閣下が私にお貸しして下さったのです。何でも、姿を隠す布だとか」
と答える。どうやら先程の頭巾は魔道具だったらしい。
二人は赤い絨毯の続く絢爛豪華な廊下を進む。オスカーにとっては数十年ぶりであり、道もよく覚えていなかったが、それでもかつて見た歴代当主や夫人の絵画や、美しい彫刻を見るたびに、当時のことを思い出す。
「さぁ、ここが閣下のお部屋です。どうぞ」
シュタイナーが立ち止まり、そう言う。そこはどの部屋の扉よりも豪華で、大きな物だ。黄金時代を謳歌するネードルスラントの国主の私室にふさわしい入り口だろう。その扉をオスカーは二度、コンコンと叩き、
「閣下の命により参上致しました、オスカーで御座います」
と扉の向こうに居るであろう人物に語りかける。すると、
「お入りなさい」
中からそう反応があった。まるで男が裏声を使ってわざと高い声を出そうとしているような、そんな声だ。
オスカーはそんな応答を受け、扉を開ける。するとそこには……
「あらァ~! ギルベアドちゃぁ~ン! 久しぶりじゃなぁい!」
金の王冠を被る、口紅をした巨漢が待っていたのだった。
次回はヘレナ回!




