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大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、多忙になる
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弟子入り

「私を弟子にしてください!」


 その予想外の言葉にウィンセントは少し驚いた様子を見せ、目を見開いてヘレナとオスカーを交互に見る。そして、


「……わかった、それじゃあ君の実力を見せてもらっても良いかな? ヤーコブ爺様の目が確かかどうか、見せて欲しい」


 そう言うとすぐ近くに居るラインハルトの肩を叩いて、


「相手はこのラインハルトだ。うちの(せがれ)と実戦してもらおうか」

「はい!」


 話に付いていけていないラインハルトを置いて、ヘレナとウィンセントは手合わせの準備に取り掛かった。




「勝負は一回きりだ。先に相手に一太刀浴びせた方の勝ち。良いかな?」

「はい!」

「……おう」


 準備を終え、革の鎧を着て得物の木剣を持ったヘレナとラインハルトは、審判をするウィンセントの声に返事をすると、ある程度の距離を置いて対面した。ヘレナは先程とは打って変わって真剣な目つきをしている一方で、ラインハルトは何処か余裕そうな雰囲気を漂わせている。相手が女の子だから侮っているのだろうか、緊張感に欠ける様子だ。

 ウィンセントは双方を交互に見た後、息を吸い込んで声を張る。


「……始め!」


 ウィンセントがそう声を張り上げた瞬間、ラインハルトは一気に地面を蹴ってヘレナとの間合いを詰めた。先程ウィンセントから積極的に攻めるように言われたからだろうか、ヘレナに小細工無しの正面攻撃を仕掛ける。だが、


「てやぁ!」

「なっ……!」


 迫るラインハルトに対し、極限まで引き付けたヘレナは、あえてラインハルトの懐に潜り込む。そして思い切り、横薙ぎにする。ラインハルトは寸での所で踏みとどまって横に跳び、これを回避した。


「どうだ? うちの娘、強いだろ?」


 審判をしているウィンセントに、オスカーはそう声を掛けて横に並ぶ。


「流石は兄貴の娘さんですね。でも、守り主体で持久戦を得意とする兄貴とは別の苛烈さを持っている……兄貴の教え方が上手いんでしょうね」

「いや……恥ずかしながら俺はほとんどあいつに剣を教えてやったこと無いんだ」

「え?」

「あいつに剣を教えてくれてるのは、旅の道中で会った他の奴らだ。俺の動きと少し似てるのは、俺の戦い方をずっと見てるからなんだろうな」

「だから兄貴とは少し違うのか……」



 二人が話している間、ヘレナとラインハルトは互いに睨み合ったままどちらも攻めず、戦況は膠着している。


 ラインハルトは跳び退いた所からじりじりとヘレナの左右に回り込む動きを見せる。それに反応してヘレナも剣先を動く方動く方に向け、牽制する。


 だが、事態が動くのは間も無くの事だった。

 

「……!」


 ラインハルトはじりじりと足を擦らせて左右にヘレナの意識を散らせていた。だが、足が地面に引っ掛かり動きが一瞬止まってしまった。その一瞬をヘレナは見逃さなかった。


「てりゃー!」


 一気にラインハルトとの間合いを詰めるヘレナは、充分に距離を縮めると剣先を地面に沿わせ、下から切り上げる体勢を取る。一瞬の隙を衝かれたラインハルトは、予想とは違ったあまりにも素早いヘレナの行動に対して驚く。そしてそれが余計に行動を遅らせてしまった。勝敗は決した。


「取ったぁ!」


 パァン!!


 ヘレナのその声と同時にラインハルトは下から手の甲切り上げられ、得物を吹き飛ばされる。そしてその動きのままヘレナはラインハルトの胴に横薙ぎの一撃を加えた。その一撃で革製の鎧は大きな音を立て、ラインハルトは後ろに少し吹き飛ばされた。


「勝負あり!」


 ウィンセントがそう声を上げて宣言する。勝負はヘレナの勝ちで終わった。


「見事な勝負だったね。文句無しの合格だ! 早速明日から稽古を始めようか」


 ウィンセントはそう言ってヘレナを労う。


「本当ですか! ありがとうございます! やったー!」


 弟子入りを認められたヘレナはウィンセントに頭を下げてお礼をすると、飛び跳ねて喜んだ。


「おめでとうヘレナ! 良い動きだったぞ!」

「ありがとうおとーさん! 明日から私がんばる!」


 オスカーはそう言って飛び跳ねて喜ぶヘレナの頭を撫で、抱き上げる。



 その一方で負けたラインハルトは、未だに結果を信じられず、呆然とその場にへたりこんでいる。そんなラインハルトにウィンセントが近づき、


「最初の方は良い動きだった。でも、後半でボロが出たな」


 ラインハルトは言い返せなかった。ヘレナを女の子だからと侮り、油断していたのは事実だ。


「油断してたろ? 女の子だからって」


 ラインハルトは悔しさのあまり涙すら出ない。


「その油断が戦場じゃ命取りになる。相手が男だろうが女だろうが、背が低かろうが高かろうが、戦場じゃそれを補う実力があれば、優位は簡単に覆される」


 そう言ってウィンセントは義足で地面をコンコンと軽く蹴る。彼も戦場で油断して大きな失敗をしたのだろうか。


「強くなれ、ラインハルト。相手を見くびるな」


 ウィンセントはそう言い残すとラインハルトに背を向けてオスカー達の方へ向かう。それを聞いてラインハルトは顔を上げ、引き留める。


「どうしたら、どうしたら強くなれるんだ!」


 ラインハルトの言葉にウィンセントは足を止め、後ろを振り向く。そして、


「それは自分で考えろ。焦らなくて良い。きっとお前ならわかる日が来る」


 ウィンセントはそう言って優しく微笑み、オスカー達の元へ歩む。ラインハルトは、気づけば出ていた涙を袖で拭うと、急いで立ち上がり、ウィンセントの後を追った。その表情は、どこか明るいものだった。




「今日はありがとう。少しの間だが、よろしく頼む」


 オスカーはそう言ってウィンセントに握手を求める。ウィンセントもそれに応じて、


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 と言って差し出された手を取った。



 その一方で子ども達も同じように向かい合っている。


「今日はありがとう! これからよろしくね?」


 そう言ってヘレナは、父と同じように手を差し出す。


「こっちこそ! 次の手合わせじゃ、ぜったいおれが勝つからな!」


 手を差し出されたラインハルトはその手を取って、晴れやかな顔でそう宣言する。その表情を見たヘレナは自然と口から笑みがこぼれる。


「うん! 次の手合わせ、楽しみにしてるね!」

「おう!」


 そう言って二人は改めて再戦を誓ったのだった。




「おとーさん! 明日からけいこだね!」

「ああ! 強くなって、立派な冒険者になれるようにしっかり頑張るんだぞ?」

「うん! 私強くなって、おとーさんみたいなぼうけんしゃになる!」


 馬車に乗って帰路に着いた二人は、そんな会話を繰り広げる。


 オスカーは、シュバルツの手綱を曳きながら、右手に握りしめた手紙の内容を、少し思い出していた。



 ――明日、総督府に登城せよ。今後の方針について話がある


                 ウィレム八世

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