加護宿る娘
オスカーは蝋燭に火を点ける。火は小さいながらも辺りを一層明るく照らしている。少々眩しかったのだろうか、オスカーはその火から目を背けている。
「火に翳すと文字が浮かび上がるってのは昔から良くある手段だな」
モンセフはオスカーにそう言って、先程机に置いた手紙を渡す。オスカーはそれを受けとると、
「まぁ、見てな」
と言って火に翳し、
「モルト・リームン」
と唱えた。すると……
「ほう……こりゃ凄いな」
火に当てられた文字が薄い青色の光を放ち、崩れ、そして別の文字に変化していく。そして最後には全く別の文章が完成した。
『十人目、王国の加護を持つ者をすぐさま探し出せ。法皇猊下の儀式まで後十年ほどしかない。一刻も早く猊下の御前に連れ出し、正しき神の教えを刷り込み、我々に従順な存在にしてしまわなくてはならない。猊下の予言では一人目と十人目は十年ほど前にほぼ同じ時に産まれている。十人目は今だ齢十の小娘だ。一人目と同じように、右肩より拳二つ分下の辺りに「オシルシ」が現れている筈だ。今を逃せば、猊下直々にお出ましせざるを得なくなる。くれぐれも、猊下のお手を煩わせることの無いように、貴公には先代の叔父上の様に精力的に活動して頂きたい。 ケルーク伯カール四世』
完成した手紙にはそう記されていた。
「齢十の小娘……ヘレナちゃんにしっかり当てはまるな。だが、何故これが書かれていると分かったんだ?」
「俺の目は魔法なんざじゃ誤魔化せないってことだ」
「流石は団長。両目、左腕、右手、両足を魔王軍に吹き飛ばされた男は違うな。それで? ヘレナちゃんにその『オシルシ』とやらは出たのか?」
オスカーは少し顔を曇らせて、
「ああ。……去年の春頃だったか、確かに確認した。王国の文字と剣がレモン色とオリーブ色と小豆色と黒の四色に彩られている、謎の刻印がされていた。痛みは無かったらしいがな」
と言った。
「そうか……それじゃあもう決まりだな。我々はヘレナちゃんを守り抜き、法皇イノケンティウス八世を斃す」
「いいや、違う」
モンセフの発言を即座にオスカーは否定した。
「だから、あんたは血の気が多すぎる。まだ奴を打倒するのは早い。今はまだ待つ。奴らが躍起になってヘレナを探しているその間に俺たちは準備を進める。具体的にはヘレナを一流の戦士にする」
「一流の戦士に? 何故?」
「俺たちはあくまでも影の存在だ。表立った行動は出来ないだろ? 俺たちには、望みを表で叶えてくれる存在が必要だ。昔はエルがやってくれたが、今はもう出来ない。俺達には新しい光が必要だ。灰の獣を仕留めなかったのもその為だ。それに、争いを起こすのには今はいささか平和過ぎる。火種を煽らなくては……」
「……団長もすっかり良い父親になったな……だが、その娘への愛が、気持ちが、新たな勇者として栄光を与えると言うことが、結果的にあの娘を苦しめることになるかも知れないぞ?」
モンセフの言葉にオスカーは呆気に取られて目を見開くと、突然笑い始めた。そして、
「大丈夫だ、あいつはきっと俺が嫌いになる。俺を殺したいと憎むようになる筈さ」
そう言ってオスカーはにやりとモンセフに笑いかける。その翡翠の様な瞳は、もはや彼らが出会った頃の輝きを失っている様にモンセフには思えた。
○
「おとーさん!」
「ヘレナ! 良い子にしてたかー?」
「うん! ねぇ聞いて! さっきおじいちゃんと手合わせしたの! そしたらおじいちゃん、流石おとーさんの娘だって褒めてくれたの!」
「おお! そりゃ良かったな! ヘレナは俺の自慢の娘だからな!」
「うん!」
地下から戻り、他の団員からヘレナの居場所を聞いたオスカーとグスタフは、連れ立って訓練場に向かった。モンセフは気付くとそこには居なかった。
ヘレナは訓練場にやって来たオスカーを見るや一目散に駆け寄って、彼女の大好きな父親の胸に飛び込んだ。それを見事に抱き止めたオスカーは、心底幸せそうな顔をしている。
「もう日暮れも近い。そろそろ帰ろうか?」
「うん! おじいちゃん、グスタフおじさん、ぼうけんしゃのおじさん達! 今日はありがとう!」
「良いってことよ! またいつでも顔見せに来てくれ」
「うむ! 気を付けて帰るんじゃぞ」
グスタフとヤーコブ老がそう言う後ろで、荒野に咲く花の屈強な団員達が、目を潤ませながら口々にヘレナに別れの挨拶をする。
「またいつでも来てくれ!」
「俺達は待ってるぞー!」
「ヘレナちゃんさよなら! ありがとう!」
そんな人々にオスカーは苦笑し、ヘレナは笑顔で手を振って彼らの城を後にしたのだった。




