モンセフ
オスカー達が膨大な書類に目を通しているとき、ふと背後に気配を感じた。
「団長、グスタフ、久しいな」
背後の人物がそう言う。低い男の声だ。言葉に独特の訛りがある。
オスカー達が普段話している言葉は帝国中北部一帯、『ウィンタニア』と呼ばれる地方で話される『ウィンタニア語』だ。広範囲に話者が居るため、各地で訛りや別言語に派生することもある。ネードルスラントの言語もその派生した物の一つだ。しかし、彼の訛りはウィンタニア語やその派生言語にに無い独特の抑揚がある。帝国より遥か南、イスパル王国の人々の物とよく似ている。
「モンセフか、本当に久し振りだな」
「モンセフさんか! あんた、生きてたのか!」
オスカーとグスタフはそう言って後ろを振り返る。
「生きてたのかとはなんだグスタフ、私はピンピンしてるぞ」
モンセフと呼ばれた男はそう笑って返し、頭に被っているフードを外す。
モンセフはオスカーと同様、黒い外套を纏っているが、その肌の色と髪型はオスカーとも全く違ったものだ。薄暗い地下でも良くわかる黒い肌――これはイスパルの更に南、ゼブロアド海峡を隔てた向こう側にある南の大陸の者特有の肌だ。また、ドレッドヘアーと呼ばれる独特な髪型も、南の大陸特有の物だ。
モンセフの母親は南の大陸の北部にある小さな国の首長の娘だったそうだ。しかしある時隣国との戦争によって国は滅亡し、一族は奴隷として各地に売り飛ばされ、彼女はイスパルのとある富裕層の男に買い取られた。モンセフはそんな彼女を買い取った男との間に産まれたのだ。その後、男の母親によって母子共に家を追い出され、故国に帰ること無く各地を転々を渡り歩き、ギルベアド達と出会い、荒野に咲く花の創設者の一人になったのである。彼もまた、旅人なのである。
「……リサちゃんからアルノルト君の事を聞いたよ。彼の事は残念だったが、犠牲は無駄ではなかったのだろう?」
モンセフは物腰柔らかくオスカーに聞く。オスカー達よりも十ほど歳上で有るからか、はたまた一国を治めた一族の末裔で有るからか、どこか威厳を感じさせる響きだ。
「それこそリサから聞いてるんじゃ無いのか? 副団長殿?」
そう言ってオスカーはグスタフに目配せをする。グスタフはオスカーの意図を汲み取って階段を上がっていく。
「『法皇だった……』か。仮に復活派の裏に法皇が居たとして、利益はなんだ? 裏で操る復活派を法皇直属の聖騎士に討伐させて自らの権威を底上げしようだなんてこと考えるほど、あの怪物は甘くないだろう」
グスタフが去った後、モンセフは短く手入れされた真っ白な顎髭に手をやりながらオスカーに返す。
「……理由ならあるさ。それもこのすぐ近くに……な」
オスカーはすぐ真上を指差す。モンセフも釣られてその指の方を向く。
「上? まさか荒野に咲く花が狙いと言う訳じゃないだろう?」
「違うさ。俺の一番大事なものさ。どんな宝石よりも、財宝よりも、名誉や栄光よりも、自分の命よりも大切なもの」
「……ヘレナちゃんの事か……何故?」
モンセフは釈然としない様子でオスカーに聞く。
「なら、こいつを見てみろ」
そう言ってオスカーは一枚の羊皮紙で出来た手紙を見せる。
「『知恵、理解、峻厳、そして第一の寵愛、王冠は既に我らの元に募った。慈悲は消極的だが協力体制にある。栄光の寵愛を持つ貴公にも早いうちに行動を起こして貰いたい。知恵の寵愛を持たれる法皇猊下の計画に狂いも心配も無いのだから……。ゆめゆめ、抜かり無きようお頼み申し上げる ケルーク伯カール六世より、ネードルスラント総督ウィレム八世へ』……」
モンセフは読み終えると、それを静かに机に置いた。その目には怒りが浮かんでいる。
「この世には至高の神が十と一つに分けた寵愛がある。それらをすなわち天の加護と言う。十の加護の内八つは人々に与えられ、その人物が死ぬか、譲渡すると他の人物に移る。殺害された場合は殺害したものに継承される。残る二つ、王冠と王国の加護は世界の根幹をなす大樹の洞に隠され、大地に厄災がもたらされたときに、その資格ある赤子に宿る。そして最後の一つはいつの頃からか人に宿らなくなった……天の聖典にはそう記されている。法皇を含めて、全部で六人の加護を持つ者が、俺たちの敵だ」
「ケルーク伯カールは今年の晩夏に私が始末した。部屋からは何も出てこなかったが、こんなものを隠して居たのか……!」
モンセフはそう言って机に拳を振り下ろす。大きな音が部屋に響き渡り、書類は地面に落ちる。
ケルーク伯カール四世、ネードルスラントの有力貴族であったが、領内に復活派を呼び寄せようとしていたのを主君のウィレム八世に悟られ、始末された男である。後にこの事件は『ケルーク争乱』と呼ばれ、後世に記録される。モンセフは、オスカー達の同胞として協力関係にあるウィレム公の要請でこの事件に参戦し、カールを討ち取っている。
「だがこの手紙ではっきりした。ウィレム公も、法皇も敵だ。ウィレム公は、最初から俺達を騙してたんだ! 私もお前も、全ての同胞も、まんまと奴に踊らされてたんだよ!」
モンセフは怒気を孕んだ声でそう叫ぶ。だがオスカーはニヤリと笑うと、こう返した。
「……いや、ウィレム公に関しては違うな」
「何?」
「この手紙の裏を見てみろ」
オスカーに促されてモンセフは手紙を引っくり返す。
『追伸 これを読んでる烏諸君、驚いた? 残念アタシは向こう側の人間じゃありませーん! これからもヨ ロ シ ク♡』
それを読んでもう一度モンセフは手紙を机に置いた。
「な? 公はこっち側だったろ?」
「その確証を得た代償はでかいがな……」
「全く、あんたも早とちりが過ぎる」
「すまんな……」
モンセフは少し気分が悪そうだ。だが、安心した様に笑う。
「だが、ヘレナちゃんが加護を持っている証拠になるのか?」
そう聞くモンセフにオスカーは、
「これから見せてやるよ」
そう言ってオスカーはポーチから蝋燭を取り出した。




