懐かしい夢
オスカーは夢を見ている。それは懐かしく、暖かい、まだ彼がギルベアドと呼ばれていた頃の夢だ。
「ギル兄ぃ! 一緒にご飯食べよ?」
闇夜の中、自陣から外を眺めていたオスカー、いや、ギルベアドに声をかける者がいた。まだ幼さの残る少女だ。真っ白なマントを身に付け、その下には幼い少女でも着こなせるよう、軽く丈夫なミスリル鋼で作られた鎧が篝火の光を反射して白銀に輝いている。髪はその篝火と同じような色で、長く腰辺りまで伸びているのを後ろで二つに分けて括っている。
「……エルか。悪いが遠慮しとくわ。俺は見張ってなくちゃならんからな」
少し振り返ったギルベアドは、エルフリーデを一瞥するとすぐに外に向き直る。すぐ近くにある篝火が、その横顔を明るく照らす。かなりやつれている様だ。目の下には薄く隈が浮かんでいる。その顔には横一文字に大きな傷痕が、目の下から鼻を通って逆の目の下に伸びている。
「なら私もギル兄ぃと一緒に食べる! はいこれ! さっき師匠がギル兄ぃに渡してくれって言ってた! 一緒に食べよ?」
そう言ってエルフリーデは三角形に切られたチーズの塊と、固いパンを手渡してきた。
「チーズとパンか……懐かしいな。しゃーない、一緒に食おう」
そう言ってギルベアドはチーズとパンを受け取ると、パンを二つに割って片方をエルフリーデに渡した。チーズの方は表面を篝火で炙り、とろけ始めた面を持っていたナイフで削いでエルフリーデのパンにつけてやった。
「うわー! 美味しそう!」
チーズの乗ったパンを持ったエルフリーデは目をキラキラと輝かせている。そんな姿を見てギルベアドは久しぶりに顔に笑みを浮かべると、自分も同じようにチーズをパンにつけた。
「いっただっきまーす!」
「いただきます……」
ギルベアド達はパンを食べる。
「どうだ? 旨いか?」
「――!」
口に目一杯頬張ったエルフリーデは、頬を膨らませ、目を先程以上に輝かせて喜ぶ。どうやら旨かったらしい。
「なら良かった。それ食い終わったら、戻るんだぞ。明日も朝早いし、お前も疲れてるだろ?」
ギルベアドは少し微笑んでエルフリーデに言う。
「うん! ねぇギル兄ぃ! 久しぶりに一緒に寝よ!」
「俺はまだ見張りもあるし、その後は俺の隊の奴らと話さなくちゃならんこともあるからなぁ……。まぁ、この戦いが終わったら昔話でも読んでやるから、今日はもう寝な」
「むぅー! ……わかった。約束だからね?」
「おう、約束だ。それじゃあおやすみ」
「うん! おやすみー!」
そう言ってテントに戻るエルフリーデを見送ったギルベアドは、再び外に向き直る。
「……リア。必ず戻るからな。約束は守る」
そう独り呟くギルベアドの表情は、少し柔らかかった。
○
「お、お目覚めか。丁度夕暮れだ」
オスカーが目を覚ますと、そこにはテオドールが居た。ベッドに寝たまま窓を見ると、テオドールの言った通りもう日が殆ど落ちている。
「先生、ベッド貸してくれてありがとう。それじゃ、土産物屋にでも寄ってから帰るとするよ」
オスカーはベッドから降りると、外套を着直してテオドールに礼を言う。
「娘への土産か? それなら良いもん持ってるぜ?」
そう言ってテオドールはベッドの横にある小さな棚から、腕輪を一つ取り出してオスカーに渡した。白樺のような、柔らかい木で出来ているその腕輪には、菱形の翡翠の様な石が一つ埋め込まれている。
「こいつは?」
「この前知り合いの医者からもらい受けた精霊石付きの腕輪だ。中には何も入ってないから、お前の娘が精霊なり妖精なりと契約したときにでもその中に入れりゃ良い」
「先生は使わないのか? あんた大量に精霊と契約結んでたろ?」
「俺は視力が無い代わりに目の『容量』が余ってるからな。精霊石なんざ使わずとも、住まわさせられる」
「そうか。なら有りがたくもらっとく。ありがとう」
「おう」
そう言ってオスカーは腕輪を袋に入れると戸に手を掛け、
「今日はありがとう。また機会があったら娘と一緒に寄らせてもらうよ」
テオドールにそう声をかけると、戸を開けてライヒェ診療所を後にしたのだった。