盲目の医師
新年一発目! 今年もよろしくお願いします!
「ここだ……」
そう言ってオスカーは目の前にある戸の前に立つ。戸には『ライヒェ診療所』と書かれた木の板が吊り下げられている。
「ライヒェ? どっかで聞いたことあるなー」
レトが影からそう呟く。
オスカーは戸に手を掛ける前にもう一度辺りを見渡す。先程の裏路地からはさほど離れておらず、ここもまた人通りは少ない。居るのはオスカーを除いては、宿に泊まる金すらない貧民の父娘が一組と、ゴミを奪い合う野良犬が三頭。オスカー達を追っている者は居ないようだ。
(追手は居ないな……)
安全を確認したオスカーは戸に手を掛け、中に入った。
「いらっしゃーい。今日はどこを治療して欲しいんだー?」
オスカーが中に入ると、戸の開いた音を聞いて奥から無精髭を生やした細い男が現れる。頬は少し痩け、目の下には隈が出来ており、右手には杖をついている。
「ん? ちょい待ち。その匂いと気配、お前もしかしてギルベアドか?」
「流石はライヒェ先生。そのとんでもねぇ鼻には十年以上経っても驚かされる」
ライヒェ先生こと、テオドール・ライヒェは目が見えない。明るいや、暗いなどの光の強弱は辛うじてわかるぐらいの視力しかない、盲目の医師であり、そしてオスカーの戦友でもある。
「久し振りだな! レトも一緒か! いやー、連絡もなしにどこに消えやがったかと思ったが、そうか無事だったか!」
「テオ! 久し振りー! なんだ知り合いってテオの事だったのかー!」
テオドールの姿に反応し。影からレトも姿を現す。両者とも再会を喜び合っている。
「んで、今日はどんな用向きだ?」
ひとしきりレトと再会を喜び合ったテオドールは、オスカーにそう聞く。一方のオスカーは近くに有った丸椅子に腰かけている。
「夕暮れまで休ませてくれ。出来れば治療も頼む」
「お前まだ面倒事に首突っ込んでんのか……それだからいつまで経っても体から血の臭いが取れねぇんだ。治療もベッドも貸してやる、だからあんまり危ない橋渡んな。いいな?」
「約束は出来んが、努力はしよう」
オスカーはそう言って、テオドールに傷口を見せる。
「ハラナ・ラナライトス」
テオドールはまるで見えているかのようにその傷口に手をかざし、呪文を唱える。すると、手のひらからは白い光の粒子が舞って傷口に入り傷を塞いでいき、気づけば傷は元の綺麗な肌に戻っていた。
「そら、とりあえず傷は塞いだぞ。だが、中身がくっ付くのには時間が掛かるからな。それまで安静にしろ」
テオドールはそう言って奥へと向かう。オスカーは立ち上がり、その背中についていく。
「ありがとう先生。これで娘に怒られずに済むよ」
「……患者を助けるのは、医者の務めだ。礼なんて要らねぇ。ってかお前娘居るのか?」
そう言って会話をしていると、ベッドのある部屋に着いた。
「ほら、俺の寝室を使わせてやる。すまんが生憎患者のベッドは埋まっててな」
「使わせてくれるだけありがたい。それじゃあ、夕暮れまで頼む」
「おう、ゆっくり休めや」
オスカーはテオドールがそう言い終わる前にベッドに潜り、泥のように眠ったのだった。
○
「貴方が彼の有名な盲目の医師、テオドール・ライヒェで間違いないですか?」
黒衣を身に纏った男が、噴水の縁に腰かけている白衣を着た男に声をかける。白衣を着た男は、黒衣を纏った男よりも少し歳が上の様だ。
黒衣の男は後ろに数名、自分と同じような服装の供を連れている。
「ライヒェなんて名前の医者が俺の他に居るか?」
白衣の男は、右手を添えている杖を使って立ち上がると、見えないはずの目で自身の目の前にいる男を見る。
「貴方も寵愛が使えるのですか?」
「あぁ、目が見えないはずなのにどうして自分と目を合わせられるのかって話か? だとしたら違うな。こいつは寵愛なんかじゃねぇ。ちょっとした工夫さ。あと、俺に敬語なんて使うな。気持ち悪りぃそれで? あんたらの目的は? それと、あんたの名前を教えな」
そう言って黒衣の男を指差す。
「俺の名前はギルベアド・クルーガー。あな……あんたに頼みがある。俺たちの従軍医師になってくれ」
これが、後に戦友となる男達の出会いであった。




