烏と裏路地
「皆、今日は良く来てくれた」
黒衣を身に纏った男が、同じような黒衣を纏う多くの人々の前に立ってそう言う。
どこかの森らしい。ちょうど丸く広場になっており、千人程なら入れそうだ。辺りはもう暗く、数本のかがり火で足元を照らしている。
「今日、本日をもって我々は勇者エルフリーデの軍勢から離脱し、この戦いの最後の敵となる」
男はそう宣言する。それを見る人々は持っている剣を地面に突き立て、柄の先に両手を組んでそれを支える体勢をとっている。
「始めは五千人以上の戦士が居たこの部隊も、四年間の長きに渡る戦いで傷つき、倒れ、今となっては我々千人程しか残っていない。大烏の紋章を掲げ、敵陣深く斬り込み突破し、勝利を共に喜び、勇者の言う戦なき平和な世を築く為に命を掛けて戦った我々は本日を持って、勇者にその矛先を向け、そして表舞台から姿を消すのだ。そして自らの魂に二度と消せぬ裏切り者の名を刻むのだ」
そう言って男は両腕を広げ、天を仰いだ。その姿を見る人々の表情は柔らかく、かなり落ち着いているように見える。中には笑いを押さえている者も居るようだ。
「……まぁこんなこと言っておいて何だが、実際死ぬわけじゃない。エルフリーデと上手いこと一芝居打ってやられた風を装う。その後は前に皆に配った場所に各々散らばって貰って、さまざまな情報を勇者様の御座所たる、エルフェブルクとか、俺に流してくれ」
言い終わると、男は周りを見渡して少し微笑み、
「さーて、そんじゃギルベアド・クルーガー率いる大馬鹿者ども! 一つド派手にやってやんぞ!」
大声で叫び、拳を天に突き上げる。それを見る人々も、続いて拳を突き上げ、喚声を上げる。
「アルノルト、部隊旗を持ってくれ。お前の兄貴みたいに立派な旗振りを頼むぜ。リサは笛吹を頼む。角笛はお前のじゃなきゃ締まらん」
宣言し終わった後男は群衆の間にできた道を通り指示を飛ばしていく。
「おう! 任せてくれ団長!」
「了解です! お任せください!」
アルノルトと呼ばれた男はそう言って親指を立てる。肩には大きな槍を背負っている。金髪碧眼で、筋骨隆々とした男だ。もう一人のリサは角笛を首から下げ、男にお辞儀をする。水色がかった長い髪を三編みにしている。その髪色から、妖精との混血であることは想像に難くない。
男はそのまま森の外に向けて歩いていく。その後ろを千名の戦士達が続く。彼らの瞳は、真っ直ぐ前を向いていた。
○
「ヘレナ、アンナと先におばーちゃん所に先に帰っててくれるか? 今からちょっと用事があるんだ」
オスカーはアリオルストダムに着くなりヘレナにそう告げた。日はまだ高い。
「わかった! 先に帰って待ってる!」
「流石ヘレナ! 良い子だ。用事が終わったらお土産でも買ってくる」
「やったー!」
そう言ってヘレナを抱え、馬車から降ろし、先に降りていたアンナに任せる。
「それじゃアンナ、後は任せた」
「わかったわ。さぁ、ヘレナちゃん行きましょうか」
「うん! それじゃおとーさん、またねー!」
「おう! すぐ帰るからなー!」
そう言って離れていくヘレナにオスカーは手を振って馬車の上から見送る。残ったのはオスカーだけとなった。グスタフはまだ引き継ぎ作業があるらしく、竜狩り共々村に残留している。帰ってくるのは今日の夜か、明日の朝になるだろう。
オスカーはシュバルツを近くの貸し馬宿に預け、一人裏路地に入る。人で溢れかえっていた表通りと違い、裏路地は驚くほど人気がない。心なしか表よりも暗い気もする。
「さて、ここらで良いか」
オスカーは裏路地の奥へと進み、適当な所で立ち止まった。かなり表通りから離れた。人もここなら滅多に寄り付かない。絶好の『合流地点』と言えるだろう。
オスカーは腰に下げている鞄の一つから、小さな笛を取り出す。何かの骨で出来ているようだ。小さく、そして細長く、何の飾り気もない笛だ。オスカーはそれを口元に当て、息を吹き込む。しかし、その笛から音は出なかった。その代わりに、空気が大きく揺れる。オスカーを中心に震える空気は、口から笛を離す瞬間まで広がり続けた。
「……お久しぶりです、団長」
笛を口から離した直後、オスカーは背後から声をかけられる。柔らかな女性の声だ。
「来てくれて良かったよ、リサ。本当はもう少し後にする予定だったんだが、状況が変わった」
そう言ってオスカーは振り返る。そこにはオスカー同様、フードの付いた黒いマントを身に纏った女性が立っていた。オスカーと違う点は、フードを被っていない所だろうか。水色がかった長い髪を三編みにして肩に掛けており、身長は低く、オスカーの胸辺りまでしかない。瞳の色も髪と同じような薄い水色をしており、その特徴から水の妖精との混血であるらしいことはオスカーには容易に察せられた。そしてその右目の下には小さな涙黒子がある。ズボンはもうじき冬に入ると言うのにかなり短く、太もも辺りまでしかない。
「実はな、アルノルトが殺された。殺ったのは復活派の連中だ」
オスカーはリサにそう告げる。突然そう告げられたリサは少し驚きの様子を見せたが、すぐに納得したような表情を浮かべた。その瞳は少し潤んでいた。
「そうですか……アルノルトさんも……」
「あぁ……奴は俺に何かを伝えようとした。『法皇だった。魔王じゃない。後は任せた』……それだけ言って、死んじまった」
「法皇だった……何の事でしょう?」
「まるでわからん。奴が何を伝えたかったのか、何を知って何故消されたのか……ともかく、法皇に何かが起きる、それだけは確かだ。復活派が法皇を狙っているのか、それともなにか別の思惑があるのか……」
オスカーは今考えても無駄だと悟って早々に思考を諦めた。リサも同様に今考えても仕方ないという結論に至ったようだ。
「ともかく、この世界でとんでもなくデカイ何かが起きている事は確かだ。復活派の連中がその何かに一枚噛んでるとみてまず間違いないだろう」
「最近この辺りでも復活派の活動が増えてきて居ます。先日起きた、アウストリウス大公領ケンブルク市での一揆等、大規模なものも頻発するようになりました……」
「やはりこれからは今までよりも重点的に復活派を漁る事にするか」
「わかりました、それではまた何か情報を得次第、ご連絡します」
「わかった。無理すんなよ」
オスカーの言葉に少しはにかんだ後、リサは影に吸い込まれるように、姿を消した。
オスカーはリサを見送った後、自分もこの場から離れようと足を踏み出したその瞬間、再び背後から声をかけられた。
「あれェ、烏の旦那ァ。随分面白そうなお話してるじゃないっすかァ……。困るなァその事を知られちゃ」
振り返ったオスカーは、そこに居るはずのない男の姿を見た。ボロボロのマントに身を包み、背中には大きな剣を布で巻いて背負った、隻腕の男の姿を……。




