戦慄
「良くやった! 後は任せろ!」
そんな男の声と共に森から飛び出した影は真っ直ぐに灰の獣を捉え、下に潜り込む。そして、
ドンッ!!
とまるで大砲のような音を出して、灰の獣の顎に拳を入れた。モロに拳を食らった灰の獣は吹き飛ばされそうになるのを後ろ足だけで何とか踏ん張る。灰の獣はそのまま二本足で立ち上がると前足で斬りかかる。が、既にそこに男はおらず、見事に回避された。さらに今度は上に飛び上がった男に強烈なかかと落としを食らった。
「ボレスワフ!」
「おう! オスカー、元気そうだな!」
灰の獣に痛烈な攻撃を加えた男に、オスカーは駆け寄る。
男は日焼けした浅黒い肌に、右頬には十字の大きな傷を持ち、無精髭を生やしている。武器は持たず徒手かつ裸足で、手足には申し訳程度に白い包帯を巻いているが、その手の包帯は血で赤黒く染まっている。服装は極めて軽装で、下半身には農夫が履くようなボロボロになった安物のズボン。上半身には熊の毛皮のような上着を着ているだけで、防具はおろか、肌着すらつけておらず、日焼けした肌がさらけ出されている。そして両腕には魔方陣のような紋様が肩口から手首まで刻まれている。
「皆! 『戦慄』のボレスワフ殿の到着だ!」
砦の上で指示を飛ばしていたエドヴァルドがそう叫ぶ。すると、各所から喜びの声が湧き出てきた。砦に運ぶ人員が不足して隅に避難している負傷者も、ボロボロになりながらも戦闘を続けていたグスタフ達も、砦の上から支援射撃を加えていたエリーゼやアルフォンスも、皆一様に歓喜の声を挙げる。
「勝負はまだ終わっちゃいねぇ。エドヴァルド! グスタフ! 動ける奴らを総動員して負傷者を砦に収容しろ! オスカーは念のために俺と組め」
「わかった!」
ボレスワフがエドヴァルド達に指示を飛ばす。それを受けて支援射撃をしていた人員も含め、一斉に砦の外の負傷者を救助する。そうこうしているうちに、立ち直った灰の獣は、大きな雄叫びを上げ真っ直ぐにボレスワフに突っ込んだ。しかしボレスワフは両腕を広げ、足に力を入れこれを正面から受け止めた。
バァン!
大きな衝突音が鳴り響いた。ボレスワフは見事に受け止めきると、
「……良い体当たりだぜぇ。だが、まだまだだなァ!」
その勢いをそのまま利用して思い切り投げ飛ばす。
「グオォォォォォォ……!」
唸り声をあげながら木々をなぎ倒して灰の獣は吹き飛ばされた。
「すげぇ……あの灰の獣がまるで子猫みたいに見えてくる……」
救助中の冒険者の一人がそう呟く。そして、その場にいた冒険者達は改めて気づかされた。彼が『戦慄』の名を持つ意味を。
「さて、オスカー。こいつどうするよ?」
そう言って灰の獣に歩み寄る。腕の紋様は赤く光り、周囲には赤い粒子が飛ぶ。
「どうするったって、てめぇ仕留める気満々じゃねぇか」
「まぁな」
尚もボレスワフは静かに灰の獣に止めを刺す為に歩み寄る。それを見つめる灰の獣の瞳には明らかな恐怖の色が見てとれた。
「おいボレスワフ! 俺のいる意味あったか?」
オスカーはボレスワフにそう言いながら、追従する。
「まぁ、俺もお前もこいつに肉親殺られてるだろ? 師匠なりの優しさって奴よ」
「要らねぇ優しさだ……」
そう軽口を叩きながらも二人は歩みを止めず、真っ直ぐに灰の獣を目に据える。
オスカーはかつて実の母親と故郷を焼かれた。オスカーが聞いたところによればボレスワフも妻を亡くしたらしい。肉親の仇が目の前にいる。妙な緊張感が辺りを包んでいた。その時、
「グオォォォォォォォオオオ!!!」
灰の獣が、今まで聞いたことの無い凄まじい叫び声を挙げた。それと同時にその体から細かな「灰」が散り始めた。
――何かがくる。
オスカーとボレスワフは本能的にそれを察知した。そして一気に踵を返し、砦に向かって走り出した。
直後、強烈な爆音と爆風が、灰と共に辺りに吹き荒れ、二人を包み込んだのだった。




