ラゴタの戦い
「おかーさん!」
燃え盛る家々と、逃げ惑う人々の喧騒の中、一人の幼い少年の叫び声が木霊する。
「坊主! 行っちゃいかん! 逃げるんだ!」
少年はその燃え盛る家々に向かって走りだそうとするが、そこを一人の男に腕を掴まれ阻まれる。
「おかーさん! おかーさん!」
少年は男に抱えられ、家から遠ざかる。なおも少年は母を呼び、泣き、手を伸ばす。その先には、紅く光る四つの瞳があった……。
○
オスカーは銃を持ったまま、灰の獣を追った。幸いにも大きな足跡のお陰で迷うことは無かった。
オスカーが村に作られた簡易的な砦に辿り着くと、既に戦闘は本格化していた。砦の上からはアルフォンスが狙撃を行い、それの観測手と装填までの中継ぎをエリーゼが。そしてそれに追随するように他の冒険者が簡易バリスタで動きに制限をかける。動きが鈍った所をグスタフやアンナ、アドルフ達が攻勢に出る。反撃があれば速やかに退いてまたアルフォンスが狙撃を行う。そしてその動きを司令塔のエドヴァルドが巧みに操る。作戦は順調に進んでいるように見えた。
「グスタフ! 来たぞ」
「やっと来たか! 作戦は順調だ。これで、『戦慄』殿が来てくれるまでなんとか凌げそうだ」
そう言ってグスタフはハルバードを構える。どうやら攻勢に出る時間のようだ。
「オスカー、行くぞ!」
「おう!」
そう言ってグスタフは全員に攻勢開始の令を発した。冒険者達は一斉に走りだし、攻撃を仕掛ける。
「おらぁぁぁあ!」
「食らえ!」
グスタフが灰の獣に斬りかかり、オスカーは至近距離で発砲する。だが、攻撃はその堅固な毛皮に阻まれる。その皮膚には傷ひとつつかない。
「『レトナ・クリシュケル』!」
アンナはそう魔法を唱え、自身の得物である細身の剣で灰の獣を下から切り上げる。白い粒子を纏った剣先が地面を掠る。同時にそこから氷柱が伸び、灰の獣を直撃する。
「グオォォォ!」
灰の獣は唸り声をあげながら後ずさる。だが、やはり傷はついていない。
「これならどうっすか! 『ラフ・ラドバルク』!」
後ずさり体勢を崩した灰の獣に、アドルフが追撃を仕掛ける。緑色の粒子と、風の刃を纏った短槍の風圧を利用して飛び上がる。そしてそのままその短槍で灰の獣の頭を狙う、が……
「グオォォォォォオ!!」
「まずい! 避けろアドルフ!」
灰の獣がアドルフを見据た。そのまま唸り声をあげてその大きな顎を開く。顎の周りには赤い粒子が舞っている。グスタフの声に反応しアドルフは咄嗟に体を右に捻って灰の獣の正面から外れようとした。が、それよりも早く灰の獣の口先からは赤と黒の混じった様な光の柱が真っ直ぐに延び、アドルフに迫った。
その時だった、
「おらぁぁぁあ!!」
そんな声と共に、咄嗟にグスタフから奪ったハルバードでオスカーは灰の獣の側頭部を思い切り殴り付けた。
「グオォォォォォ!」
灰の獣の放った攻撃は軌道をずらされた。そしてそのままアドルフの左後方に延びていった。
大技を外した灰の獣は大きな隙を晒している。それを見逃すほど、冒険者達は甘くない。
「今っ!」
エリーゼの合図で、アルフォンスが引き金を引く。銃口から放たれた弾は灰の獣の鼻先で炸裂した。それだけでなく小さな爆発を引き起こす。それを皮切りに冒険者達は一斉に肉薄した。そんな中、オスカーはグスタフにハルバードを投げて返し、すぐにアドルフの救助に向かった。
「大丈夫か?」
そう言ってアドルフに肩を貸し、立ち上がる。外傷は激しくは無いが、地面に思い切り体を打ち付けていた。戦線復帰は危険だろう。
「すみません……皆の前で見栄張っちゃって、逆に迷惑かけてしまいました……やっぱり調子にのってたんっす」
「大丈夫。まだ生きてる。生きていれば、挽回は出来る」
オスカーは砦の裏口から村に入り、救護班にアドルフを預けた。
「オスカーさん! どうすれば、貴方のように強くなれますか!」
後ろからアドルフの声が聞こえる。オスカーは立ち止まり、
「俺は強くは無い。でも、強くなりたいなら、無茶はしないことだ」
オスカーはそう言って、再び戦列に戻っていったのだった。




