接触
ゆっくりと現れた灰の獣は一歩また一歩とオスカー達に近付いて来る。その迫力と殺気に、ベテランの冒険者達でさえも足が竦み、心理的に行動を制限される。
そのあまりにも堂々とした歩みにオスカーは少し違和感を覚えた。灰の獣はまるで、『冒険者達が先手をうって攻撃してこないことがわかっている』かの様に感じられたのだ。その点にはこの場にいる冒険者達全員が不思議に思った。普段ならば人間を見つけ次第攻撃してくるような、好戦的な性格をしており、ここに駆けつけた冒険者達は激しい戦闘を予想していたからだ。だが、そんなことを考えている余裕はない。オスカーは銃口を灰の獣に向けたままグスタフの、
「ゆっくりと後退して、今の距離を保て。奴には俺たちの攻撃はまともに通用せん。わかってると思うが、絶対に目を合わせるなよ」
と言う指令に従い、他の冒険者同様ゆっくりと後退し、距離を保った。
灰の獣は、頑強な毛皮とその下の筋肉の鎧を身に纏い剣などの斬撃や、銃弾をはね除ける。また、頭から生えた長い二本の角によって多くの魔法は打ち消されるか、力を失い灰の獣に有効打を与えることは出来ない。その上、灰の獣と目を合わせてしまったものはたちまち『魅了』され、動けなくなってしまう。さらに言えばそもそも、今回の冒険者派遣はあくまでも偵察目的だ。その上、今村に居るのはせいぜい三十名ほど。さらにこの場に限っては十数名の冒険者しか居ない。そんな状態では灰の獣に攻撃を加え、本格的な攻撃を行うなど不可能なのだ。
「グスタフ、どうする?」
オスカーがグスタフに問う。視線と銃口は前に向けたままだ。
「俺が合図を出したら一斉に遠距離攻撃を行い、怯んだ隙に散開して村の中央に全力で撤退し、防衛線を敷きなおす。どうだ?」
グスタフはその場に居る全員に聞こえるようにそう答える。村の中心ならば他の冒険者達が既に簡易的な砦を作っている最中だろう。今我々が出来る事は、そのぐらいしか無いように思えた。
そんなときだった。突然灰の獣が歩みを止めたのだ。それだけにとどまらず、後ずさりまで始めた。こんなことは今までなかった。その姿はまるで、何かに怯えているように、冒険者達の目には映った。
灰の獣は、ただ一点を見つめたまま後ずさり、そしてついには森の奥へと逃げていってしまった。冒険者達は、全員が無傷と言う奇跡的な状態で、ひとまずは危機を回避したのだった。
○
「ギルド本部から連絡があった。明日の朝、ギルド本部は『竜狩り部隊』から四名ほどを増援として送り込んで来るらしい。彼らを活用してくれ、とのことだ」
グスタフが主立った冒険者を集め、そう話したのは既に日が傾ききった夜の事だった。
『竜狩り部隊』……連合ギルド直隷の私兵部隊で、歴戦の猛者達ばかりで構成された精鋭部隊として知られており、隊員は皆、真っ白の生地に連合ギルドの象徴である『VGC』のマークを描いたローブを身に纏い活動している。
「村の外に偵察に行ってた人達と合わせたら、そこそこ戦えそうな戦力が揃ってるんじゃない?」
アンナの発言に多くの参加者はうんうんと頷く。
「戦力がいくら揃ってても、作戦がないと何も出来ん。誰か、良い作戦無いか?」
グスタフが回りにそう聞く。それに反応して多くの冒険者が各々思い付いた作戦を述べては、あーだこーだと言い合っている。オスカーはその騒ぎに紛れて静かにその場を離れ、外の監視が出来る比較的高い建物の屋根に登り、森を眺めていた。ヘレナは久しぶりに力を使って疲れたのか、早々と眠ってしまい、今はアドルフが面倒を見てくれている。
「あんた、東洋の血が混じってるなぁ?」
外を眺めていると、横から突然そう声をかけられた。驚いたオスカーはハッと横を見る。そこにはオスカーと同い年ぐらいの男が一人、立っていた。足音も、気配も察されること無くいつの間にか横にいたこの男は、尚も続ける。
「俺は東洋人だぁ。姓は足立、名は新之助。Aランク冒険者。そんでこっちは、俺の相棒のケセランパセランの白玉」
そう言うと服の胸元から、真っ白なフサフサの毛玉の様な生き物が顔を覗かせる。顔はネズミのような、イタチのような顔をしている。
男の方は、東洋人と言うだけあってか黒い髪に黒い目、日に焼けたオリーブ色の肌を持ち背は少し小さい。腰には二本の『カタナ』を差し、服は昔マリアに見せて貰った東洋人の服装である『ハカマ』を着ており、足には藁で出来た『ゾウリ』を履いていた。しかし、髪型は東洋人のイメージと違い後ろで束ねているだけの、簡単なものであった。
「確かに、俺には東洋人の血が流れている。だが俺はオスカー、それ以上でもそれ以下でも無い」
「そうかい。そうだオスカー、一つ聞いても良いかぁ?」
「なんで灰の獣はあんたを恐れてるんだぁ?」




