憧れ
「紹介するわ。私の兄さんのオスカーよ」
「どうも、アンナの兄のオスカーです。A+ランクで『大烏』なんて呼ばれてます。よろしく」
アンナの紹介で先ほどグスタフにアドルフと呼ばれていた獣人の青年に手を差し出す。
「えー! あ、え、えっと、俺はアドルフっす。ランクはオスカーさんと同じA+、二つ名は『飛燕』っす。憧れのオスカーさんに会えて光栄っす! こちらこそよろしくお願いしますっす」
そう言ってアドルフはオスカーの手を取り握手をする。どうやらかなり興奮しているようだ。
「憧れ?」
「そうっす! 俺みたいな若い冒険者のなかじゃオスカーさんは憧れの存在なんすよ! 若冠十二歳で冒険者入り、そんでもって十五歳で魔王征伐に志願し生還。そして、あの魔獣の王、『灰の獣』から片角を奪って撃退! Sランク入りしてもおかしくないって同期の連中は皆言ってるっす」
途中からかなり早口になる辺り、どうやら本当にオスカーを尊敬しているようだ。
「おとーさんすごーい! そんなことしてたの?」
話を聞いていたヘレナがキラキラした目でオスカーを見つめる。
「もう十年以上も前の話だからなぁ……それに、あの時はまだ若かったから。今じゃあんな無茶な戦い方出来ないなぁ」
そう言ってオスカーは頭の後ろを掻きながら、空を少し見上げてその当時の事を思い出す。
「あの時のオスカーは、灰の獣を仕留めるために旅してたようなもんだったからなぁ。今となっちゃすっかり丸くなって、良い父親だもんな」
そう言ってグスタフは笑う。
「そういえばアドルフ、兄さんに憧れて冒険者になったんだっけ?」
「ちょ、なんで今それ言っちゃうんすか! 恥ずかしいじゃないっすか!」
アンナの話にアドルフは恥ずかしがりながら抗議する。その話を聞いたオスカーも、少し恥ずかしそうにまた頭を掻いた。
「ねぇねぇおとーさん! グラウの角ってまだ持ってる?」
「ん? ああ、確か馬車の中に積んでたと思う。後で探して見ようか」
「うん!」
そうやって一行が話していると、
「もし、あなた方はアンナ殿の率いるパーティーの方々でしょうか?」
宮殿の方からやってきた兵士に突然声を掛けられた。
「ええ、こちらの黒服の人とこの子以外は」
アンナは問いにそう返した。
「そうでしたか。では皆様、そろそろ刻限で御座いますので、どうぞこちらへ」
そう言って兵士は宮殿の門の方へ案内する。
「それじゃアンナ、また後で」
「またね~!」
オスカー達はそう言って一行を送り出したのだった。
○
「皆撤退しろ! グスタフ! 負傷者を頼む! 殿は俺がやる!」
黒衣の男が後ろへ向かってそう叫ぶ。衣服はかなりボロボロで血や土が所々に付着している。持っている剣も傷つき、刃こぼれを起こしかけている。それでも男は、正面からやってくる強大な存在に備え、目線を逸らさず、小さな銃に弾を込め、発砲の準備をする。
「オスカー! 俺も残る!」
黒衣の男の声に、後ろの兎人族の男がそう提案するが、
「殿は俺だけで充分だ! お前はゴットフリートの補佐を頼む! 撤退の露払いは任せた!」
黒衣の男は提案をはね除けた。だが、そうしているうちにも確実に『奴』は近づいてきている。大地を揺るがす足音と、強烈な血の臭いはゆっくりと迫りつつあった。
「……わかった、俺は絶対に戻ってくる! だから、死ぬな!」
兎人族の男は少し考えて、そう応え馬車に乗り込んで行った。それを合図に負傷者をのせた馬車達は背後の町へ撤退を開始する。
道は狭い一本道だ。必然的に男は正面から対峙することになる。その上、日が傾き始めた。辺りは深い闇に包まれようとしていた。だが、彼にとってはむしろ好都合だったのだろう。口元には笑みが浮かんでいる。
馬車隊が撤退したそのすぐ後、その場に『奴』が現れた。巨大な虎のような体を灰色の毛皮に黒い縞模様が体を包み、紫水晶のような深い紫色の長い一対の角が目の上から延ばしている。そしてその顔には、ルビーのように赤い四つの瞳が煌々と光り輝いている。
「――レト・イルクレア」
黒衣の男はその姿を視界におさめると、先ほどよりも強烈な笑みを浮かべ、そう唱えた……。
「オスカー! 無事……か……え?」
負傷者の護送を終え戻ってきた兎人族の男の目の前には、信じられない光景が広がっていた。
「ああ、グスタフか。遅かったな。もう片付いちまったぜ」
そこには、先ほどと全く変わらぬ風貌の黒衣の男と、深い紫色の長い角一本のみ残っていた。
誰も成し遂げたことのない、絶対強者『灰の獣』にたった一人で一矢報い、撃退したというその結果に、兎人族の男は、自らの目を疑ったのだった……。




