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大烏~カラスと娘と旅する世界~  作者: かんひこ
カラス父娘、皇子と巡り会う
112/176

闇夜の皇子

 ヘレナ達を乗せたアルゲンテウスは、オスカーより一足先に山を越えていたらしい。そこでヘレナはフランツと再会し、彼にオスカーとは別行動を取り、まだ山中にいると伝えた。

 そんなこんなあってフランツは、オスカーを迎えに山を登り、今に至る。


「おとーさん!」

「ヘレナ! それにお二人も。良くご無事で!」


 オスカーは、胸に飛び込んでくるヘレナを力強く抱き止めた。


「オスカー殿のご支援があったからこそです……ご無事で何よりです」

「余からも、礼をさせてくれ。オスカー殿、ありがとう……」


 二人はそう言ってオスカーに頭を下げ、再会を喜ぶ。


「取り敢えず宿をご用意しましたので、今晩はそちらへ。明日の朝、ローシェンに向けて出発になりますので、しっかりお休みになられてください」


 フランツはそう言って、一行を集落にある一つの小屋に案内した。









 その日の夜、オスカーは物音で目が覚めた。目を開けると、そこには小屋の外に出ていくミカエルの姿があった。

 オスカーは小屋を見渡す。過酷な森での暮らしから、ルキウスもヘレナもかなり疲労していたようで、泥のように眠っている。オスカーはそんな二人を起こさぬよう、こっそりとミカエルのあとをつけた。



 ミカエルは、小屋から少し離れた広場に一人でポツンと座り込み、オスカーに背を向けるように東の空を見上げていた。しきりに肩を上下させたり、目を擦っている。泣いているのだろうか。嗚咽する声も聞こえる。

 オスカーは、物陰に隠れながら近づく。次第にミカエルの声がはっきりと聞こえるようになってきた。


「父上……母上…………僕は……僕は…………!」


 ミカエルは、必死に声を抑えながらも、抑えきれぬ想いを溢す。無理もない。まだ十やそこらの子供だ。それも貧民庶民の子でなく、将来を期待され、城の中で今まで父母の庇護を受けてきた皇族の子だ。そうでなくても、父母の死は多くのものにとって辛いものであるのに、それを死に追いやったのが身内で、自身は命からがら侍従と共に故郷を去ったのだ。その悲しみと不安は、筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。


 オスカーは、そんなミカエルにそっと歩み寄ると、彼の隣に腰掛け、肩に手を回してやった。

 オスカーは、驚いているミカエルを余所に、話を始めた。


「俺は、貴方より少し幼い歳の頃、母親を失いました。そこから数年間は、教会で神父の保護を受けました。そして、丁度貴方と同じ歳の頃、故郷を捨てました」


 ミカエルは、黙って聞いている。オスカーは話を続けた。


「元々は、母親の仇を討つつもりでした。それは今でも変わりません。ですが、現実を知りました。十やそこらの子供が、誰の庇護も受けずに町の外に出て生きていくなんて到底無理な話です。……結局俺は、とあるエルフに救われました。生意気な人ですが、今ではもう一人の母親の様に慕っています。俺は、ようやくそこで安息の地を見つけました」


 オスカーは一呼吸置く。そして続けた。


「貴方にとっての安息の地がどこかは、俺にはわかりません。法皇の庇護を受けて生涯をローシェンで暮らすのも良いでしょう。勇者王の庇護でエルフェブルクに暮らすのも悪くはありません。…………貴方が安息の地を見つけるその時まで、とはいかないかも知れませんが、少なくともその候補になりうるローシェンまでは、俺が責任をもってお送りします。ご安心下さい……」


 オスカーはそう言ってミカエルに微笑みかける。その瞬間、ミカエルの瞳から滂沱(ぼうだ)の涙がこぼれる。

 不安から解き放たれた安心感からだろうか、それとも別の想いからだろうか、ミカエルはオスカーにすがり付き、わんわんと声をあげて泣きじゃくる。オスカーは、それをただ静かに優しく、抱き締めてやった。

 ミカエルは、オスカーの胸の中でようやく安心することが出来た。

 今夜は新月。夜の中でも飛びきり深い暗闇が、二人の心の内と、闇を静かに包み込み、溶け合い、隠した。

 オスカーは、ミカエルが泣き疲れて眠るまで、じっとそこに居てやり、眠ると静かに抱き上げ、小屋へと戻った。


 小屋に戻ると、ルキウスが目を覚ましていた。眠っているヘレナを膝枕し、頭を撫でている。


「かたじけない……」


 ルキウスはそう言ってオスカーに頭を下げる。


「お互い様です。ヘレナをありがとうございます」


 オスカーは抱えていたミカエルをルキウスに渡し、彼と場所を変わってヘレナの膝枕をする。


「……ヘレナちゃんも、先ほどまで起きていたんですが、私が大丈夫と伝えるとすぐ眠ってしまいました」


 ルキウスは、今度はミカエルを膝枕してそう言う。


「よほど疲れが溜まっていたんですね……可哀想なことをしてしまった……」


 オスカーはそう返し、ヘレナの頭を撫でる。


「それはこちらも同じです…………殿下は、私にとって実の弟のような御方であり、命を助けていただいた亡き先帝陛下の唯一の嫡子です。ご負担をかけてしまい、殿下には申し訳無く思っています……」


 ルキウスは、そう言ってミカエルの顔を覗く。フードで隠れてその表情は窺えないが、オスカーには大方予想がついた。


「……似た境遇の者同士、お互い頑張りましょう」

「…………ええ。そうですね」


 二人はそう、顔を見合わせた。

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