モーロン・ラベ《来たりて、取れ》
視線が交差する。喧騒が広がる。オスカーは剣を構える。コンスタンティヌスは短槍を向ける。
互いの馬が駆ける。土煙をあげる。そして……
「なにッ……!!」
シュバルツは飛んだ。コンスタンティヌスの頭上を掠めて、避けた。
「おのれ逃げるかァ!!」
コンスタンティヌスは、悠然と走り抜けるオスカーの背に向けて短槍を投げようとする。が、
「コンスタンティヌス様、危ないッ!!」
「あ?」
ドン……!!
突如、コンスタンティヌスの体に衝撃が走り、宙を舞った。
宙を舞うコンスタンティヌスの視界には、彼を突き飛ばした爺の姿と、人喰いの森から出てきたであろう、爺を呑み込まんとする巨大な蛆虫の姿があった。
「爺……!」
コンスタンティヌスは地面に体を打ち付けられる。彼は素早く身を起こし、爺の居た所を見、そして絶望した。
そこには巨大な蛆虫と、力なく転がる彼の家臣たる爺の右腕だけが転がっていた。
○
オスカーは、背後から聞こえる絶叫に振り返ることなく、シュバルツに跨がりその場を走り抜ける。
もはや兵は追ってきては居ないようだ。オスカーは内心胸を撫で下ろしながら、正面にそびえる険しい山に入った。ここから先は、安全だろう。
山に入る直前、オスカーはちらりと背後を振り返る。そこには、無数の兵に囲まれるあの大蛆虫と、家臣の腕を抱きこちらを睨むコンスタンティヌスの姿があった。
「モーロン・ラベ」
オスカーは、そんなコンスタンティヌスに、そう叫ぶと、狭く急峻な山道に入っていった。
カルペン山脈は、オスカーが思っていた数倍険しかった。雪崩にあう事こそなかったが、雪解けのせいで地面がかなり緩んでいる。峠に差し掛かれば強風にあおられ、緩んだ地面では力を入れて踏み込むことも難しい。
だが、そんな困難な山道でも、シュバルツは決して慌てることなく、オスカーを乗せて歩いていった。シュバルツは道中、頑なにオスカーを地面に降ろさなかった。オスカーが降りようとする度に、シュバルツは服の裾に噛みつき、主をキッと睨んで牽制した。まるで「私に任せておけば良い。あんたは大人しくしてろ」とでも言うような、強い意思を感じたオスカーは、諦めてシュバルツに跨がったままでいた。
オスカーとシュバルツが山に入って数時間。太陽が西に傾きかけた頃の事だった。
オスカーは、二つ目の峠を越えたとき、その先に数十名の人影を見た。
かなり軽装だが、兵隊だ。その軍服の胸には、黒い鷲獅子があしらわれている。アウストリウスの兵に間違いないだろう。
オスカーはそんなアウストリウス兵に手を振り、近づいていく。恐らく彼らは、レオポルドの命を受けてオスカーを迎えに来たのだろう。その証拠に、オスカーに手を振り返し、一人がこちらに向かってきた。
オスカーは向かってきたその兵を見て驚き、シュバルツの脚を止めてまじまじと見つめた。何故ならそこには……
「お久しぶりです、オスカー様! 覚えておいでですか? ケンブルク憲兵隊の、フランツです!」
そう言ってその兵士――フランツは、オスカーに敬礼し、続ける。
「既にヘレナちゃん達は保護しました! 山の麓の集落で待っていますので、我々も向かいましょう」
そう言って促すフランツを、オスカーはこう言って止めた。
「ま、待って下さい……何故貴方がここに……?」
オスカーはシュバルツから降りる。やはり目の前にいるのはおよそ一年ほど前に、ケンブルクの町で出会ったフランツだ。憲兵隊の若き隊長として、復活派の暴徒相手に奮戦していた、あのフランツだ。
フランツは、「あぁ……」と言ってオスカーを振り返ると、ニコリと笑ってこう答えた。
「そのお話は道すがら話しましょう。ここは寒いですから」
一行は、下山を始めた。
○
フランツは道すがら、この一年間あったことを話し始めた。
オスカーと別れてから一ヶ月後、突然ケンブルクにレオポルドが現れたらしい。何でも襲撃事件の慰問に訪れたとの事らしいが、彼は町に着くなり真っ直ぐに憲兵隊の詰所に向かい、フランツを呼び出しこう言ったそうだ。
『襲撃者撃退、誠に天晴れ。これよりは朕の元で活躍せよ』
そうして流れるままにアウストリウスに直近の部下共々送り出され、気づけば近衛騎士の小隊長になるまで昇進していたとのことだ。
「まさか皇太子殿下が直々に引き抜きに来るとは思っても見ませんでしたが、そのお陰もあってケンブルクでは見られなかった様々な光景を目にする事が出来ています。本当に、ありがとうございます!」
先導するフランツは、目を輝かせてオスカーにそう言う。
「俺はただ、ヘレナに良い格好をつけたかっただけですよ。それに、ケンブルクを通らなければ先には進めませんでしたから」
「ご謙遜を……あの日のご恩は、いつか必ずお返しします!」
オスカーは謙遜するも、フランツに上手くかわされてしまう。
苦笑しながらオスカーは、山を降りていく。そして……
「おとーーーーーさーーーーーーんーーーーー!!!!!!」
大きな叫び声が、一本道になった山道の下から響き渡る。そこには、白い竜と共に三人の人影が見えた。間違いない。ルキウスとミカエル。そしてヘレナだ。
ヘレナは両手を大きく振り、オスカーに合図を送る。
「ヘレナーーーーーーーー!!!!」
オスカーも、ヘレナに答えるように名を叫び、大きく手を振ってやる。
オスカー達は、ようやく目下の苦難を乗り越えたのだった。




