天の白竜、地の黒馬
シュバルツの軽快な足音が森に響く。
もうじき森が晴れ、ヴァンダル王国との国境線であるカルペン山脈が見えてくるはずだ。
「ここらで良いでしょう」
オスカーはシュバルツを止める。
「この辺りからなら、竜も安心して飛ばせられます」
「あのハエどもは?」
「奴らは滅多な事がない限り、この森から出ません。ヘレナを頼みました」
オスカーはそう言って馬車を降り、ヘレナの頭を撫でる。
「ミカエル殿下、貴方の生死はこの世界に重大な意味を持ちます。くれぐれも、お気をつけください」
オスカーはそう言ってルキウスの背に隠れているミカエルに語りかける。ミカエルは、おずおずとルキウスの後ろから出てくると、
「ご忠告、いたみいる。余は、きっと生きて祖国をとりもどす」
と言って胸を張る。物静かだが、芯の通った少年だ。
「おとーさん、向こうで待ってるからね!」
「おう! 約束だ!」
オスカーは最後にそう言ってヘレナと拳を突き合わせた。
「それでは……出てきてくれ、アルゲンテウス!」
ルキウスは、そう言って白い外套の中から銀色に輝く石を取り出し、太陽にかざす。すると……
「うわぁー……!」
「これが、アルゲンテウスですか……」
まばゆい光と共に、その場に大きく凛々しい、白銀の竜が現れた。
細やかな鱗は体毛のように全身を覆い、二対四本の足の爪は鉄板をも引き裂きそうな雰囲気をもつ。背には巨大な白銀の翼が一対拡がり、その尾は周囲の木々を薙ぎ倒さんとするほどに太く、しなやかだ。
「アルゲンテウス、よろしく頼む!」
ルキウスがそう言うと、アルゲンテウスは体の割に小さくつぶらな赤い瞳を二度パチパチとさせると、「きゅるるるー!」と返事をして、ルキウスの頬を舐めた。
「それでは、向こうでまた」
「はい、どうぞご無事で」
ルキウス達はアルゲンテウスに跨がる。竜乗り用の鞍には革製のベルトが付いており、三人はそれを付けている。
「ゆけ、アルゲンテウス!」
「きゅるるるー!!」
ルキウスはそう言って手綱で合図を送る。アルゲンテウスはそれに返事をすると、一対の大きな翼を羽ばたかせ、森を抜けていった。
その直後、森が一斉にざわめき始める。トリュウオオバエ達が、竜の匂いに釣られて騒ぎ始めたのだ。
「急がなくちゃな……」
オスカーはそう言ってシュバルツと馬車を切り離すと、
「レト、頼んだ」
と、小さく呟いた。すると、オスカーの影が徐々に伸び、馬車の影と繋がった。その瞬間、馬車は音もなく影に沈んでいった。
「ありがとう。それじゃシュバルツ、行くぞ!」
オスカーはシュバルツに跨がり、全速力で走らせる。背後から何かが這いずる音が聞こえた。
○
コンスタンティヌスは待っていた。自身に与えられた手勢五千を引き連れ、ヴァンダルとの国境線に兵を広げていた。
「来ますかな?」
家臣の一人が問う。幼い頃からコンスタンティヌスの教育係として仕えている者だ。
コンスタンティヌスはフッと鼻で笑うと、
「爺、案ずるな。奴らはきっとここに来る……朕を信じろ」
と言って、森を睨んだ。
「数十年お仕えして参りました。何かあればこの爺めが、真っ先にあなた様の盾となりまする」
「……阿呆。そなたが死ねば、一体誰が朕の帝国の宰相になる? まだまだ楽はさせんぞ」
「ハッハッハッ……では私は、死ぬわけにはいきませぬな」
そう言ってコンスタンティヌスと爺は笑う。だが、次の瞬間……
「へ、陛下! あれを!」
笑い声をあげていた爺が突如そう言って空を指差す。そこには……
「白い竜……まさか! 撃ち落とせ! ミカエルはあそこだ!」
コンスタンティヌスはそう大声で激を飛ばす。その視線の先には、森の上空から凄まじい早さで迫る、白い竜の姿があった。その後ろには、数体の巨体なハエの姿も見える。
兵達は一斉に持ってきていた弩砲を竜に向け、放つ。しかし竜は、それをものの見事にかわす。竜を外れた矢は後ろのハエの眉間に突き刺さる。
「流石は近衛騎士最強と言われたルキウス……一筋縄では行きませんな」
爺はそう呟く。
コンスタンティヌスは、ただ忌々しげに空を睨んでいた。まさにそのときだった。
「うわっ!」
前線の兵達が、突然騒ぎ始めた。コンスタンティヌスは、そちらを見、そして目を疑った。そこに居たのは……
「……たった一騎で来るか!」
黒馬に跨がる、漆黒の外套を纏った男だった。
○
オスカーの目の前には、無数の兵が居た。だが、オスカーはシュバルツの脚を緩めることなくその場を突っ切る。剣や銃を巧みに使い、追い縋る兵を切り、弩砲の射手を撃った。
シュバルツはぐんぐんと脚を速め、兵の壁を突き抜ける。そしてオスカーは、『彼』と目が合った。絢爛豪華な装束を身に纏う、その男と……。




