ヴァンダル国境線を目指して
翌日早朝、オスカー達は日の出と共に洞穴を立った。
「このまま森を西に抜け、ヴァンダル王国に入ろうと思います。その後は、アウストリウスを経由して法皇庁の置かれたローシェンで、エルフリーデと合流になります」
馬車を走らせながら、オスカーは後ろのルキウス(ルキア)達にそう告げる。
地面は、森とは思えないほど平らで、木々の間もかなり広い。トリュウオオバエの幼虫が絶えず這い回っているからだろう。そのお陰でオスカーは、かなりの速さでも舌を噛む事無く話ができた。
「しかし、ヴァンダルに入る前に森は晴れてしまうのでは?」
ルキウスがそう聞き返す。オスカーは少し振り向いて、
「ルキウス殿、あなたは竜と契約しているのでは?」
と言った。ルキウスは「あぁ! なるほど……」と呟くと、更に続けた。
「確かに、私の契約しているアルゲンテウスなら、森を出た直後に空から越境出来ます。ですが、馬車ごととなると……」
ルキウスはそう難しそうな顔をする。
ルキウス達は、竜を使いルキウースェノポリスから脱出した。その後は、目立つことを恐れ竜を精霊石に入れておき、潜伏しながら一ヶ月ほどを掛けて森に入った。街道を使ってヴァンダル王国やセルブ専制公国に抜ける案も出たが、国境を封鎖する関所に阻まれてしまう。
ターコニアスは、元来竜狩りを行ってきた民族であり国だ。ルキウスの竜であるアルゲンテウスを撃ち落とされれば、上に乗るルキウスやミカエルもただでは済まないだろう。だが、街道の通っていない場所ならば、そう言った武装を持つ兵も居ないだろう。それに、ターコニアスとヴァンダルの間には険しいカルペン山脈がそびえ立つ。山影に隠れてしまえば、兵達は姿を追えないだろう。
「ご安心を、向こうには迎えの者が来ている手はずです。それに、俺とシュバルツなら、カルペン越えなんて余裕です」
オスカーは心配するルキウスに、そう自慢げに言い返す。
カルペン山脈は、先にも述べた通りかなり険しい。その上この時期になると気温の上昇と共に雪崩の危険が高まる。まともに馬車ごと山を越えれば、ほぼ確実に谷底に消える。……故に、オスカーには一つの策があった。
「このまま行くと、明日の昼頃には森を抜けるはずです。どうぞよろしくお願いします」
「……貴方を信じます」
「余も、信じる」
オスカーの言葉に、ルキウスとミカエルが頷いた。
○
――前日の夜、ターコニアス=ヴァンダル国境線の関所
コンスタンティヌスは苛立っていた。理由は簡単だ。正統な皇位継承者を表す祝福、【帝室の標】を持つ男、ミカエルが消息を絶ったからだ。
この事はターコニアスの皇帝も予想外だったらしく、大層立腹した様子でコンスタンティヌスに捜索を命じた。
「あぁ、何故だ! 何故見つからぬ!」
コンスタンティヌスはぶどう酒の入った盃を地面に叩きつけて割り、怒りをあらわにする。二年も前から、緻密に練り上げた計画だったのに、まさか最後の最後で大きな失敗をするとは……コンスタンティヌスには、何故失敗したか理解できなかった。
「それもこれも全て奴のせいだ! 朕に策があると具申しておいて、最後の最後まで計画を詰めなかった奴のせいだ!」
コンスタンティヌスは満天の星空に絶叫する。幼少期から相当な癇癪持ちだったので、家臣たちはまたかと思い、さして気にしていない様子だった。
コンスタンティヌスは、遠く離れた東の空を睨む。あれほど手にしたかったルキウースェノポリスは、今や姿すら見えない。……彼にとっての全ての始まりは、二年前に遡る。
「謹んで、大公コンスタンティヌス皇弟殿下に進言いたす。……ここに、殿下が皇帝になれる策が有ります」
二年前のある日、コンスタンティヌスの館に突如そう言って、豪雨と雷鳴と共に上がり込んできた者が居た。まるで烏のような黒い外套の男だった。
コンスタンティヌスは家臣が止めるのを押し退けると、その者の手を取りこう言った。
「その策、聞かせよ」
その日から、コンスタンティヌスによる皇位を奪うための生活が始まった。
ターコニアスと戦うことを良しとしない軍部穏健派に便宜を図って根回しをし、ターコニアス帝国と幾度も密書でやり取りをした。それら全てのやり取りは、黒い外套の男が行った。
そして遂に、決定的な密書を男は持ってきた。
――貴公が東の帝と成るを欲す 法皇・イノケンティウス八世
たったそれだけの文章だったが、それがコンスタンティヌスの情熱の炎に油を注いだ。彼はもう、止まれなかった。コンスタンティヌスは兄を殺害し、帝国を終わらせた。そして自身が、新たな皇帝になれると思っていた……なのに……。
コンスタンティヌスが机に拳を振り下ろそうとしたとき、一人の伝令が部屋に駆け込んできた。
「急報! 怪しい三人組が、『人喰いの森』に入っていったところを見たものが居ました! そのうち一人は少年だったようです!」
家臣たちはコンスタンティヌスを一斉に見る。
激情に駈られていたコンスタンティヌスは、一気にその熱を引かせると、家臣達に聞いた。
「……人喰いの森を南北に抜けた者は居るか?」
「森は南北の距離が特に長く、今まで越えた者は居ないとされています」
「なら西のヴァンダルに抜けた者は?」
家臣の一人がハッとして声をあげた。
「こちら側からヴァンダルに抜けた者は居りません。が、ヴァンダルからこちらに抜けた者ならば、一人心当たりが有ります」
コンスタンティヌスは、不気味な笑みを浮かべた。
「……決まりだな。森はヴァンダル国境線までは伸びておらん。森が開けた国境線に向かうぞ!」
家臣たちは一斉に立ち上がり、伝達等の準備を終えると、一行はその日の内に関所を立った。
「必ずや手に入れる……【帝室の標】……!!!!」




