月下の剣士
「…………その子が………………ですか…………」
血を流している黒い外套の男が、オスカーにそう聞く。
オスカー達は、先程の場所から少し離れたところにある、巨木の根の間にある穴に居た。近くには安全そうな泉と、ハエ達が嫌がる特殊な花が咲いている。その上入り口には念のため、かなり高価な虫除けの香を焚いてある。ここならば、襲われる心配はないだろう。
オスカーと男は、その穴のかなり奥に居た。ヘレナや二人とは、距離を取ってある。
「そうだ。この子がヘレナだ」
オスカーは、男の手を取ってそう答える。男は、少し微笑むと、
「安心…………です、ね………………真っ直ぐな、良い…………目だ…………流石は、あなたの…………」
男はそう言ったきり、事切れた。オスカーは、彼の目蓋を下ろしてやると、穴の一番奥に安置し、上から布を被せてやった。そこなら、あの大きな蛆虫達に食い荒らされることは無いだろう。
「……彼が、我々をここまで逃がしてくれました」
戻ってきたオスカーに、剣士はそう言った。
「彼がいなければ、我々はきっと既にこの世にはいなかったでしょう」
「あいつも、そう言って貰えて本望だと思います。……ここから先は、俺達があいつの役割を引き継ぎます。ご安心下さい」
オスカーはそう言って、剣士と、少年の手を取った。少年の手の甲には、なにやら不思議な紋様が浮かんでいる。
「……今のうちに自己紹介をしておきましょう。私は侍従のルキウス。ルキウス・アルトリウスです。そしてこちらが……」
「余はミカエル。東ローシェン帝国の、正当なこういけいしょうしゃだ」
二人はそう言ってオスカー達に名を告げる。
「俺はオスカー・シュミット。本業は冒険者です。どうぞよろしくお願い致します」
「わたしはヘレナです! おとーさんといっしょでぼうけんしゃをやっています! よろしくお願いします!」
オスカー達も、そう名のり互いに自己紹介をする。
「あなた方の身柄は、勇者王エルフリーデの使者である俺が責任を持ってローシェンに送らせて頂きます。向こうではエルフリーデ一行が待つ手はずになっています」
「何から何まで本当にありがとうございます……」
ルキウスは、そう言って深々と頭を下げた。被っていたフードから、長い銀髪が垂れ下がる。
「……そろそろ奴らの活動が活発になる夜が来ます。我々は休みましょう。明日の早朝になったら、ここを出ましょう」
オスカーはそう言って、眠る準備に入った。
○
その日の夜、ヘレナは物音で目が覚めた。隣ではオスカーが寝息を立てている。
ふと、穴の出口を見ると、そこからルキウスの白い外套が見えた。着替える時間がなかったのか、少量の血が付いている。
(どこにいくんだろ……?)
気になったヘレナは、こっそりとついていくことにした。
ルキウスは、替えの白い外套を持ち、すたすたと泉へと向かっていく。香辛料のような、鼻を突く独特な香りのする花が咲いている。この匂いのお陰で、あの蛆やハエが寄ってこないのだと、オスカーが言っていた。
ルキウスは二、三度辺りをキョロキョロと見渡すと、その場で外套と、その下に着ていた服を脱ぎ始めた。外套を取ると長い銀髪と、鋭く尖った短い耳が姿を表した。外套を脱ぎ捨てたルキウスは、次に服を脱ぎ始める。服の下からは新旧大小様々な傷痕が生々しく浮かび上がった透き通るほどの白い肌と、男ならあり得ない程大きく豊かな胸が姿を現した……
ヘレナは咄嗟に物陰に隠れ、口に手を当てて声を出しそうになるのを我慢した。
(ルキウスさんって、ハーフエルフで、しかも女の人だったんだ……!)
ヘレナは物陰からこっそり顔を覗かせ、泉の方を見る。ルキウスは泉に肩まで浸かり、水浴びをしている。長く体を洗えていなかったのか、かなり気持ち良さそうだ。
(でもルキウスさん、きれーだなぁ……)
そう思って、少し身を乗り出したときだった。
パキッ!
「誰っ!!」
(うわっ……! やっちゃった!)
ヘレナは地面に落ちている小枝を踏んでしまった。
ルキウスは手で体を隠しながら立ち上がり、辺りを警戒する。
ヘレナは諦めて、物陰からおずおずとルキウスの前に出ていった。
「貴女は……ヘレナちゃん?」
「ごめんなさい! ぬすみ見るつもりじゃ無かったんですけど……」
ヘレナはそう言って頭を下げて謝る。
「……見てしまったね?」
「……はい……すみません……」
「……しょうがないね。この事は秘密にしてくれる?」
「はい、もちろんです」
「ありがとう。……びっくりした?」
ルキウスは少し悪戯っぽく笑うと、泉の淵に腰かけた。
「まさか女の人だって思って無かったですから……」
ヘレナはそのすぐ傍まできて、隣に座り込んだ。
「そんなに固くならないで。もう秘密の共有者でしょ?」
「は……う、うん」
「よろしい!」
ルキウスはそう満足げに頷くと、空を見上げて語り始めた。
「私の本当の名前は、ルキア・アルトリア。見ての通りハーフエルフさ。まだ小さい頃に両親は殺された。生き残った私と妹は引き離されて、それぞれ奴隷として売り飛ばされた。私が買われた先は軍の慰安部隊。私はそこで、それはまぁ酷い扱いを受けてね、最後にはボロ雑巾みたいに捨てられた。そんなところを、当時はまだ皇太子だったミカエル殿下のお父君である先帝陛下に拾われた。陛下は私を娘同然の様に扱って下さった。そしてミカエル殿下がお産まれになったとき、殿下のお守りをするため、ご恩を返すために、私は男として生きることを決めたんだ」
ルキアはそう言ってニカッと笑うと、こう言った。
「ここからローシェンまでの道のり、よろしくね。小さな冒険者さん」
ヘレナは大きく頷いた。




