六年後の約束
「ギルー、エルー、腹減ったろ? グラタン焼いたから食おう!」
汗をかきながら剣の鍛練をする二人の子供に、そう言って一人の人物が近づく。長い黒髪を腰の辺りで結んだ、隻眼の人物だ。中性的な見た目と服装のお陰か、見ただけでは性別がわからない。
「グラタン!? 食べるー!」
「おっしゃー! 師匠、愛してるぜ!」
「私も愛してるぞー! ほら、手を洗ってきなさい」
長髪の人物はそう言って笑うと、練習用の剣を受け取って手洗いを促す。
子供達は疲れも忘れて勢いよく井戸に向かって駆け抜けていった。
そんな子供達の背を見て、その人物ヴィルヘルム・レーム――否、ウィルヘルミナ・レームは優しく微笑み、直後に少し咳き込んだ。口を押さえた手には僅かに血が付いている。
「どこまで、行けるかな……」
ウィルヘルミナはそう言って寂しげな笑みを浮かべると、
「よーし! 私も混ぜろー!」
と言って、二人の方へ駆けていった。
これが、勇者の師であり自らをヴィルヘルムと称し続け、弟子達にすら明かさなかった稀代の剣豪の姿である……
○
まだ朝もやがかかる早朝、オスカーは既に起きていたヘレナと共に、宮殿から少し離れた墓地に訪れた。
二人の目の前には多くの墓標の中でも、特別大きく立派な墓が立っていた。
オスカーはそこに、持ってきていた花束を供え、しゃがみこむ。
「師匠。遅くなっちまったけど、ただいま。この子は娘のヘレナ。俺に似ずに、素直ないい子に育ってくれた」
オスカーは笑って、墓標に話しかける。
「おとーさんのししょう?」
隣のヘレナが、そうオスカーに聞く。
「そう、師匠。父親みたいな人だった」
「なら、おじーちゃん?」
「ヘレナからしたら、そうなるかもな……でも、あんたが爺さんか。笑えるな」
オスカーはそう言って微笑む。
オスカーとエルフリーデは、同じ師を仰ぎ鍛練を積んだ。今の彼らがあるのは、この師の教えのお陰だろう。
誰よりも酒と笑い話を好み、金に困っている者を見ると、自分も金がないのにそっと握らせてやるような、とびきり愉快で優しい人だった。
剣の実力は超一流で、片目を失っているにも関わらず、その死角からいくら素早く踏み込もうと、返り討ちにあった。オスカーとエルフリーデは、一生かかってもこの師から一本取る事は出来なかった。
オスカーはその後ちょっとした現状報告をすると、ゆっくりと立ち上がり、墓標に別れを告げる。
「それじゃ師匠、そろそろ行くわ。次もし帰ってこられたら、そんときは長々話そうや」
オスカーはそう言ってヘレナを連れて踵を返すと、宮殿へと戻っていった。
○
オスカー達の出発には、目立たぬよう殆ど誰も立ち会うことはなかった。
ただし、ヘートヴィヒとレジーナだけは、二人の出立を見送ってくれた。
「ヘレナちゃん、気を付けてね? 本当に、本当に……」
「ヘートヴィヒちゃん……だいじょーぶ! また今度会ったときに、いっしょにけんのおけいこしよ?」
「うん!」
ヘートヴィヒはそう言ってヘレナを抱き締める。
「ヘレナちゃん。私や勇者様は、尋ね人保護の連絡を受け次第、ローシェンに行くから、そこでまた会えるはずだから……無事に帰ってきてね?」
「うん! あ、ローシェンで落ち合えたら、レジーナちゃんが行ってた王子さまがどんな人か、会ってみたいの! 良いかな?」
「もちろん! きっと喜ぶと思う!」
「やったー!」
ヘレナはそう言って、レジーナも巻き込んで三人で抱き合う。
「私たち三人、きっとまた会えるよね?」
ヘレナが問う。
「もちろんよ!」
ヘートヴィヒが答える。目尻には涙が浮かんでいる。
「だって私達、お友達だもの! きっとまた会えるよ!」
レジーナも、ヘートヴィヒに続いて答える。その目は涙で潤んでいる。
「それじゃ、約束! 六年後、また三人でこうやって会おう!」
レジーナが提案する。
「うん!」
「でも、どうして六年後なの?」
ヘートヴィヒが聞く。
「十六歳になったら、冒険者のクラスが無制限解禁になるの。ヘレナちゃんなら、その頃にはもう超一流になってるはず」
レジーナが、ヘートヴィヒの問いに答える。
「それじゃ六年後!」
「またここで!」
「三人一緒に会いましょう!」
三人はそう言って互いを強く抱き締めると、その輪を解いた。ヘレナは、目尻に浮かぶ涙を拭って笑顔を作ると、一目散にオスカーに向かって駆ける。
「もうお別れは――」
「お別れじゃないよ! 次会う約束!」
ヘレナはオスカーの言葉を、そう力強く遮る。一瞬驚いたオスカーは、優しく微笑むとこう言った。
「……そうか。もう約束は終わったのか?」
「うん! もう大丈夫!」
「なら、行こうか」
「うん!」
二人は馬車に乗り込む。
ヘレナは荷台から後ろの二人に思い切り手を振る。
馬車は動き出す。
ヘレナは、二人の姿が見えなくなるそのときまで、絶えず手を振り続けていた。
これにてシュバルツブルク・北方諸国編は終了!次回からは『オリエントの皇子と灰の獣編』となります! いよいよ前半戦も大詰めとなって参りました! これからもどうぞ、よろしく御願い致します!




