烏の集会
ヘレナを『女子会』に送り出したあと、オスカーは一人宮殿の廊下を歩いていた。
「……ここだな」
オスカーは、そう呟いて足を止める。そこには、なんの変哲もない壁が一枚あるだけだった。
オスカーはそこに手を当てる。すると壁は、青白く光を放つ。
目を開けたときには、そこに人一人がようやく通れるような、小さな穴が一つ空いていた。オスカーは辺りを確認し、その中に静かに入っていった。
穴を潜ると、そこには広い空間が広がっていた。千人程度ならば余裕をもって入れるほどの広間に、それを囲う針葉樹の森。空は暗く、三日月が出ている。
オスカーが辺りを見渡すと、そこには既に何人かの人物がいた。彼らは皆オスカーと同様に、真っ黒な外套を身に纏っている。
彼らは、オスカーに気付くとその場に跪き、「烏の長よ。よくお戻りに」と呟いた。それに対してオスカーは、
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ。ご苦労だった」
と言って彼らを労い、その場に座り込む。他の者達も、それにしたがって地面に座った。
「……団長のお達しの通り、ターコニアスを扇動し東ローシェンは滅亡しました」
「東ローシェンの皇族は、一部を除いて皆殺しにしました。生き残ったのは、皇帝の庶兄と皇太子だけです」
「外戚まで殺すように命じるとは、思ってもいませんでしたがね。コンスタンティノス大公も、存外御しやすかった」
「流石に赤ん坊まで殺すのには、気が引けましたよ……でもこれで、良かったんですね?」
「平和が、訪れるんですね?」
「仲間たちの死が、報われるんですね?」
黒い外套の者達は、そう言ってオスカーに食って掛かる。それをオスカーは手で止め、静かにこう言った。
「これで、世界は大きな変革を迎える。異教の強国ターコニアスによって滅ぼされた東ローシェン帝国の皇太子がヘレナと出会い、成長し、そして真実にたどり着く…………良い筋書きだろ?」
部下達は引き下がり、皆一様に笑みを浮かべる。
「千年続いた帝国を潰し、皇族を皆殺しにしたと世間に知れたら、俺たちゃ世紀の極悪人になっちまうな」
「良いじゃねぇかよ、極悪人で」
「どのみち法皇殺しの烙印を捺されるんだ、変わんねぇよ」
「それにしても、こんな大それた計画を団長一人で考え付くとは、流石だな」
そう言って部下達は大笑いする。オスカーは、そんな彼らを見渡し、静かに話を始めた。
「全ては、世界の恒久平和の為だ。十年前、あの子を拾い上げたとき、全てを決めた。あの子は、英雄になるべき子だ。そのために、十年間旅をした。十年間色々なことを教えた。十年間、俺と一緒に過ごした。十年間、育てた。おおむね、計画通りだ。ヘレナは俺の事を父と慕ってくれている。後は、俺に対して殺意を抱く所まで、持っていくだけだ……」
オスカーは一息ついて、また話を続ける。
「人間は、強い信頼関係を気づいた者ほど、裏切られたときに感じる失望も強くなる。高いところから物を落としたときに、より高いところほど物が壊れやすいのと一緒だ。……あの子は、一人が嫌いなんだ。俺は、あの子を捨てることに決めた。あの子を一人にする。一人になったあの子は、きっと俺を恨む。あの子には、長い間一緒にいる友人や、幼なじみは居ない。以心伝心出来るほどの、強い信頼関係を築いた友は居ない」
そこに、部下の一人が口を挟んだ。
「だから、旅を?」
オスカーは答える。
「それも一つの理由だ。旅をすると、長い間一所に留まることは少ないからな。孤独に苛まれたあの子は、きっと俺を殺しに来る。そうなれば、世界も、あの子も、安泰だ」
オスカーはそこで口を閉じた。しばらくすると、別の部下が彼に質問をする。
「……心は、痛まないんですか?」
「ん?」
オスカーは思わず聞き返す。部下は、詳しく言い直した。
「十年間共に過ごしてきた娘に対して、そんなことをするのは……なんと言うか、あまりに残酷でしょう? だから――」
オスカーは突然立ち上がり、その部下の胸ぐらを掴む。そして、感情を露にした。
「痛まない訳ないだろ!! 十年だ! 十年間、寝食を共にした! 苦難を共にした! 俺を父と呼んでくれた! 敬愛してくれた! 信頼してくれた! この世で父は、俺一人と言ってくれた! そんな娘に対して、罪悪感を抱かない訳がないだろ!!!!」
オスカーは、息が切れるほど叫び、まだ怒号を飛ばす。
「あの子はな、俺みたいになりたいって、目をキラキラ輝かせて言うんだ! 何かあると直ぐに俺を呼んで、解決してやると凄い凄いって、無邪気にはしゃいで笑うんだ! 悪夢を見て目覚めても、俺を起こさないように静かに涙を流して我慢するんだ! そんな可愛くって、健気で、優しいヘレナを……一人にして、孤独にして、父親殺しにするんだ…………心が痛まない訳無いだろ…………でも、あの子にしか出来ないんだ……エルにも、他の誰かにも出来ない……あの子にしか、俺の娘にしか、出来ないんだ……」
次第にオスカーは勢いを失い、手を離して力無く地面にへたり込んでしまう。
心配そうに駆け寄る部下達を、オスカーは制止して、何とか立ち上がる。足元はふらつき、おぼつかない。
「団長、どこへ……?」
部下が問う。先程オスカーに胸ぐらを掴まれていた者だ。オスカーは、立ち止まること無く、こう返す。
「そろそろ時間だ……ヘレナを迎えに行かなくちゃならない。エルに酒なんか飲ませられると大変だからな……あの子は匂いだけでも顔が赤くなっちまう……」
オスカーは力無く笑うと、入り口へと向かってふらふらと歩いていったのだった。




