アルブレヒト・フォン・クレーエ
会談はその後、それぞれの国の行動方針の確認や、すりあわせを行い、終了した。
「烏よ。少し待て」
円卓の間を出たオスカーを、レオポルドは廊下で引き留めた。
「これは……レオポルド殿下」
「烏よ、そなた確か、娘が居たな」
レオポルドはそう聞く。
「ヘレナの事でしょうか?」
「そうだ。……実子か?」
「俺に実の子が産まれることはありませんよ。心に決めた者は、見えなくなってしまったので」
「……で、あるか。つかぬことを聞く。カフカという名の村を知っているか?」
カフカ村は、ヘレナを拾い上げた村の名だ。ライスバッハ王国の僻地にあり、決して目立つような村ではなかった。十年前に、焼け落ちるまでは。
「ヘレナと出会ったのが、カフカ村です。もう十年も昔に焼け落ちたはずですが。どうかなさいましたか?」
オスカーはそう聞き返す。レオポルドは、顎の髭に手をやると、静かにこう言った。
「そうか、やはりそうか…………朕の部下に、アルブレヒト・フォン・クレーエという男が居る。村が焼け落ちたとき、娘が消えてしまったようでな。……そなたの娘と、共に会ってはくれぬか?」
オスカーは、話の真意に気づいた。きっと、そう言うことだろう。
アウストリウス大公国には、武勇に優れた四人の闘将と、彼らを支えるもう四人の知将の、『アウストリウス八将軍』がいる。アルブレヒトはその闘将側の筆頭で、オスカーも何度か顔を会わせ、戦場で共に戦ったこともある。若くして将軍になり、手勢を率いた中央突破と、戦後の占領統治を得意とする男で、元は傭兵隊長だったらしい。
「……明日でもよろしいですか? ヘレナを一日休ませてあげたい」
「で、あるな。アルブレヒトには、明日中庭で待つよう伝えておこう。父娘でゆっくり、休むと良い」
「感謝します」
オスカーはそう言ってその場を後にする。レオポルドもオスカーの心中を察したようだ。
そしてその夜……
○
自室で、オスカーはヘレナに話しかける。
「ヘレナ」
「どうしたの?」
言葉が詰まる。だが、聞かなくてはならない。オスカーは、ややあって言葉を発す。
「もし、ヘレナが……お父さんの子じゃ無いとして、そこに本当のお父さんがやってきたら、どうする?」
いつか、そんな日が来ると、心のどこかで思っていた。ヘレナとオスカーの間に、血の繋がりはない。オスカーは、ヘレナの本当の名すら知らない。ヘレナの親戚や、一族の顔すら知らない。どこでヘレナの身内だと名乗る者が現れるかわからない。
オスカーは、怖かった。ヘレナが自分の娘で無くなるのが、堪らなく恐ろしかった。
怖さゆえに、オスカーは今まで聞くことは出来なかった。だが、聞かないわけにはいかない。この事を決めるのは、ヘレナだ。
だが、当のヘレナは、そんな悩める父の心中を知ってか知らずかあっさりと、こう答えた。
「それでも、わたしにとってのおとーさんは、おとーさんだけだよ?」
オスカーはハッとして顔を上げる。ヘレナは続ける。
「ここまでわたしを育ててくれて、色々教えてくれて、いっしょに旅したのはおとーさんだから。わたしにとってのおとーさんは、おとーさんだけだよ」
オスカーはヘレナを力強く抱き締めた。頬には涙が煌めく。
その後しばらく、オスカーは驚くヘレナを離さなかった。離せなかった……。
その日オスカーは、夜通しヘレナと話をした。父娘にとって、とても充実した夜になった。
○
翌朝。オスカーは、ヘレナと手を繋いで再び中庭にやってきた。
中庭には、既に一人の男が立っていた。錆止めの黒い塗料を塗った甲冑を身に纏った男だ。
「お久しぶりです。アルブレヒト将軍」
「ギルベアト殿……お久しぶりです。そちらは?」
「むすめのヘレナです! よろしくおねがいします!」
「これはこれは……元気な娘さんだ。アルブレヒトと言います。よろしく」
アルブレヒト・フォン・クレーエは、優しげな笑みでヘレナにそう自己紹介する。波打つ金髪を肩辺りまで伸ばし、口にはカイゼル髭を蓄えている。どこか王族のような物を感じさせるその風貌からは、とても傭兵隊長や、闘将とは思えないだろう。
「私にも昔娘が居ましてね……エーリカと言う名前でした。今も生きているのなら、丁度ヘレナちゃん程の歳になります。目や顔の色も丁度良く似ている……」
椅子に腰かけたアルブレヒトは、そう言って話を始める。
オスカーは、ヘレナに少し遊んでいて貰うように言って、席についた。ヘレナは言われた通りに、少し離れたところでカーバンクルのルドルフと遊んでいる。
「私がまだ、傭兵をやっていた頃、ライスバッハ王国の辺境、カフカ村周辺を拠点としていました。カフカ村……ご存じですか?」
アルブレヒトはそう聞く。オスカーはそれにこう答えた。
「えぇ……十年ほど前の、カフカ事件の調査に、俺も参加しました。ヘレナとは、そのときに」
その瞬間、アルブレヒトの顔色が変わった。
十年前、カフカ村が何者かに襲撃された事件は、後にカフカ事件と呼ばれるようになった。村民全員が死亡または行方不明と言うその衝撃は、動乱期の小国ライスバッハを大きく揺るがし、国内での動乱を五年は長引かせたと言われる。そんな村の外れで、オスカーはヘレナを見つけた。
「ならヘレナちゃんは、あの村の最後の生き残りなのですね……どこで見つけられたのですか?」
アルブレヒトはしきりにヘレナの方を気にするような素振りを見せる。その目には、強い意思が宿っている。
「……村外れの、洞窟です。血まみれになった母親に抱えられていました。死にかけの母親に、俺はあの子を託されました」
アルブレヒトの期待が、確信に変わった。
「…………私の妻は、村外れの洞窟で事切れていました。近くには、光の魔石が転がっていました。私が訪れたときには、そこに娘の姿はありませんでした……」
アルブレヒトの瞳からは、涙がこぼれる。
「やはり貴方が、あの子の父親ですか」
「ようやく、会えました……この十年間が、どれほど長かったことか……」
アルブレヒトは、その涙を拭うこと無く、ただヘレナを見つめていた。
「ギルベアト殿、あの子を見つけたのが、貴方で良かった……本当に……本当に……」
そう言ってアルブレヒトは静かに立ち上がり、オスカーを見やる。
「これからも、あの子の父親であって下さい……そして、私や妻に出来なかったことを、してやってください……」
「良いんですか? 連れ戻さなくても」
オスカーがそう聞くと、アルブレヒトはようやく涙を拭い、笑って答えた。
「まさか。最初に中庭に入ってきたときの、仲睦まじい様子を見せられてしまったら引き離すわけにはいかないでしょう?」
アルブレヒトはそう言って、荷物を持ってヘレナに近づき話しかける。
「おとーさんは、優しいかい?」
その問いにヘレナは、
「うん! とってもやさしいです!」
と、力強く答えた。アルブレヒトは、どこかほっとしたような表情を浮かべ、そんなヘレナの頭を優しく撫でる。
「それは良かった……ヘレナちゃんも、おとーさんに負けないくらい、強く、優しくなるんだよ?」
アルブレヒトは、そう言うと振り替えること無く、中庭を後にした。その横顔は、心底すっきりとした、清々しいものだった。




