封書
「よかったら、わたしとお話しませんか?」
満面の笑みでそう言って手を差し出すヘレナに、今度はレジーナの方が驚いた。こういった返しをされるとは思っても見なかったのだろう。「え? え?」と、困惑しながら、ヘレナの顔と手を交互に見る。そうしてしばらく経ったあと……
「う、うん! お話しましょ!」
と言って、ようやくヘレナの手をとった。二人は手を繋いだまま、先ほどまでレジーナがエルフリーデと談笑していた日傘の所に向かっていく。その様子にオスカーとカジェミラスは、安堵のため息をついたのだった。
○
「ギ……オスカー様、こちらにおられましたか」
数時間後、中庭に一人の男が現れ、オスカーにそう話しかけた。どうやらエルフリーデの遣いらしい。一目でオスカーを言い当てた辺り、戦争のときからの部下のようだ。
「エルフリーデか?」
「ええ。私室にご案内致します」
「ありがとう」
オスカーは、そう言ってヘレナの方を振り返り、
「それじゃ少し行ってくる!」
「わかった! 行ってらっしゃーい!」
と言って互いに手を振り合い、エルフリーデの私室に向かった。
その扉は、豪華絢爛な宮殿の他の部屋と比べ、違和感を覚えるほどに質素で、こじんまりとしていた。
ガチャり、と、オスカーはその扉を手で叩くこと無く開け放つ。目の前にはエルフリーデが一人、椅子に腰かけてまっすぐこちらを見ていた。机には、燭台が一つ置かれている。
「待ちくたびれたよ!」
「すまんすまん。それで、話ってなんだ?」
オスカーは扉を閉め、鍵をかけると、エルフリーデと向かい合わせの椅子に座る。
「…………ギル兄、カールからこんな手紙が届いた。カールのフェニックスが届けてくれた」
エルフリーデは、神妙な面持ちで一通の封書を取り出し、オスカーに渡す。封をしている赤い蝋は、まだ切られていない。誰も中を改めてはいないのだろう。
「カールか……懐かしいな。今何してるんだ? めっきり話を聞かなくなってな」
「もう五年も前に音信不通になって、ギルドでも行方不明扱いになってる。その手紙の宛先がギル兄だったから、何か知ってると思って……」
カールこと、特級ランク冒険者『新しき賢者』カール・フォン・シュタイン。多くの魔法に精通し、その頭脳と、柔和な人柄で多くの人々に慕われた、若き天才魔導師だった。魔王征伐の際には、他の冒険者達を連れ勇者軍に合流し、自ら第一線で戦う勇敢さも持ち、その活躍が認められ、戦後最も若くして特級ランクに登り詰めた。だが、その後の足取りは不鮮明で、五年前を最後に、確かな活動は確認されていない。
「……そうか。俺の方には、全く話は来てないな。何はともあれ、中を見てみるか」
「だね」
オスカーはそう言って封を切る。すると中には、真っ白な羊皮紙の手紙だけが入っていた。
「火で炙る……って訳じゃなさそうだね」
エルフリーデはそう言って手紙を見る。するとオスカーが、少しニヤリと口角を上げた。
「懐かしいな……こんなの、もう何年も見てないぞ」
そう言ったオスカーは手袋を外し、短刀で親指を少し切る。指からは血が溢れた。
「これは血判文章って言う魔導具でな、むかーしにカールと二人で作った骨董品なんだ。まさかまだ持ってたとはな……」
オスカーは溢れた血を羊皮紙に垂らす。すると……
「……これは」
「東洋の文字……か」
羊皮紙の手紙には、東洋の国・日遥の文字が記されていた。この場でこれを読めるのは、オスカーだけだ。
「………………!!」
オスカーは手紙を読み進め、目の色を変える。まず最初に覚えたのは驚きだ。そしてその次に怒りが、最後には申し訳なさと悲しみが、代わる代わるオスカーの心を通っていった。
読み終えたオスカーは、激情のままに短刀で手紙をズタズタに切り裂き、それらをそのまま燭台にくべてしまった。
気づくとオスカーは、涙を流し、肩で息をしていた。そして力無く椅子にもたれ掛かると、頭を抱えた。
「……何て書いてあったの?」
「…………新しき賢者は死んだ。それだけだ」
オスカーはそう返したきり、しばらく何も話さなくなってしまった。
部屋には、驚きでこえも出なくなったエルフリーデと、頭を抱えるオスカーの息遣いの音だけが、聞こえてきた。燭台の火は、煌々と燃え盛っている。
――拝啓、忘れ去られたもう一人の勇者へ。
こんなに改まった手紙を書くのは、もしかしたら初めてかも知れないね。でも、あまり長々と話していてもしょうがない。本題に入るね。
今僕は、ローシェン法皇庁の奥院に一室を与えられ、そこで研究に勤しんでいる。そう、僕は研究のために悪魔に魂を売ったんだ。僕は、君たちを裏切ったことになる。君たちが法皇イノケンティウスを討とうとしていることはわかっている。そして法皇も、君たちカラスが自身の命を狙っていることを知っている。既にローシェン法皇庁に潜伏した君の部下たちは、ホーエンハイム医師の『治療』を受けた、不死の軍団に入った。そこに彼らの意思はない。
イノケンティウスは、この世界を再び焼け野原にしようとしている。数千年前の神話の時代に起きた、世界を焼き払う天と地の争いを、再現しようとしている。ローシェン法皇庁が置かれたサン・レオン大聖堂の地下深くには、赤い竜が眠っている。既にイノケンティウスは、彼を起こすまでの準備が整っている。後は、十の加護のうち、王冠と、王国が完璧な状態で全てが揃うのを待つだけだ。
幸い彼は、その加護を集めるのに難儀している。世界はまだ救える。リアちゃんの生きる世界は、まだ救えるんだ。僕は今から毒を飲む。僕が死ねば、彼らの計画をあと六年は遅らせることが出来る。僕の書物は、僕の手でないと読むことは出来ない。僕の知識は、誰にも渡しはしない。これが僕に出来る、最後の手向けだ。身勝手だけれども、後は頼んだ。どうか、どうか、この世を救ってくれ。敬具
追伸 白雪姫は、毒リンゴを詰まらせた。真っ赤なリンゴは、腹から見える――




