わたあめ筋斗雲でフライハイなんだよ~ですわ♡
「寒イ……、寒イ……」
「フラッシュハニー!」
ぶるぶる震えるハエ・ブンブンの開いた口に、キャロライン姫はハチミツをどんどん流し込みます。
真白ちゃんは『ストームプリンガー』でどんどんアイスを食べて、埋まったハエ・ブンブンを発掘します。
オールブラックスも手伝ってくれますが、冷たいアイスはキーンとするらしく、あまり好みではないようです。
「キャロちゃん、あ~ん」
「あーんですわ」
真白ちゃんは、キャロライン姫にもアイスを食べさせてあげます。
「『ひやぁぁぁぁん』で『ひやああああん』ですが、『はわわわぁぁぁん』で、『ふわわわわぁぁぁん』ですわぁぁ!」
「真白様、キャロライン様は今なんと?」
「冷たくてビックリしたけど、甘くてとっても美味しいって~」
「良くお分かりになるでありますな」
そして、数分後。
「あ、ハエ様が気が付かれましたわ」
「ワシは一体……?」
キョロキョロと辺りを見回すハエ・ブンブン。その姿からは、先ほどまでの狂気は消え、赤く染まっていた複眼は通常色の青色になっています。
「ハエ・ブンブン殿、初めてお目にかかります。自分はモハメッド王国騎士隊長のアナ・グランデ。そして、こちらのお二方は異世界からお越しいただいた『癒しの聖女』こと、キャロライン様と真白様であります」
「よ、よ、よ、よろしくお願いいたしますわ」
「よろしくね~」
アナ隊長の紹介を受け、真白ちゃんはともかくキャロライン姫はおっかなびっくりあいさつをしますが。
「ぼんやりとだが、覚えておる……。おぬしらにはずいぶん迷惑をかけたようだ」
「あらぁ? 普通にお話ができますの?」
「押忍! ワシは武芸者のハエ・ブンブンと申す。押ー忍ッ!」
ハエ・ブンブンの話によると、もともとカカオ活火山は甘みが豊富な場所で、頂上から溢れ出るマグマはとっても美味しいチョコレートフォンデュだったそうです。
ですが、数ヶ月前から山から『甘み』が失われ、十分な栄養が得られなくなったハエ・ブンブンは正気を失い、山に近づく者を次々と襲うようになってしまったということです。
「なるほどぉ。ハエ様が『鬼』とか『悪魔』とかと呼ばれてらしたのは、そういう理由だったのですねぇ」
「ホントは良い虫だったんだね~」
「押忍! ところで、おぬしらは何でこんなへんぴな所へ?」
そこでぽっちゃり姫様たちは、これまでのいきさつを話し、ハエ・ブンブンに協力を求めます。
「押忍っ!? ならば山から甘みが消えたのは、その空賊どもの仕業ではないか!」
「というわけで~、ハエさんの力でわたしたちを『空中要塞』まで連れて行って欲しいんだよ~」
しかし、ハエ・ブンブンはリアル蝿顔なので分かりにくいですが、渋い顔でかぶりを振ります。
「さすがのワシでも一万メートルの高さまで飛ぶのはムリだ押忍」
「ええっ、どうしてですか? 蝶々夫人の話ではハエ様しか頼れる方はいらっしゃらないとのことですのに」
「力になりたいのは山々だが、そんなに高く飛んだら寒いのではないか? ワシは寒いのが苦手なのだ押忍!」
言われてみれば、上空一万メートルはマイナス30~40℃の世界。ハエ・ブンブンだけでなくオールブラックスにもぽっちゃり姫様たちにも辛い環境です。
「確かに、寒さの事は失念していたであります。やはり空中要塞に行くのは不可能なのでありますか……」
「え~、あおいちゃんを助けに行けないの~……?」
さすがに真白ちゃんも困った様子を見せますが、なぜかキャロライン姫はケロッとしています。
「うふふふ。それでしたら、わたくしの能力でなんとかなると思いますわ」
『えっ?』
*
一方、そのころそのこーろ。空中要塞『ハニカムレディー』では。
「昨日はひどい目にあった……」
「血が、足りねえ……。頭がクラクラする……」
あい変わらず、ミノムシのように全身を固められたジョージ王子とあおいくんが、冷たい金属製の床の上に転がっています。
「オーッホッホッ、そなたら昨日の事を思い出して悶々としておるだろう。存分にここで『ソロ活動』に励むがよい」
「「するか!」」
ムッツリスケベじゃのう、と高笑いをする女王パッチを2人は親の仇のようにギギギギギと睨みます。
「ホッホッホッ。だが、そなたらの弱点はとっくに知れておるぞよ」
「なに……?」
「全宇宙すべての種族と交尾するための秘技! 『臨機応変』!」
突如、女王パッチの巨体がうにょうにょとアメーバ状に崩れます。
そして、人型に形成されたかと思うと、全盛期の小錦のような女性の姿に擬態しました。
「どうじゃ? そなたらの大好きな『ボンッボンッボンッ』じゃぞ。さあさ、盛大にまぐわうが良い!」
ですが、王子とあおいくんはこれ以上なくスーンとしています。
「な、なぜだ!? そなたらはふくよかな女性が好みではないのか!?」
「別に。俺、デブ専じゃねーし」
「私が愛するのは、キャロラインだけだ!」
「なんとっ!?」
いや、ないないと首を振る王子とあおいくん。
あてが外れた小錦はショックのあまり、うにょうにょと元の女王蜂の姿に戻りました。
「うぬぬ……、まさかメタモルフォーゼが通用せぬとは……。しかし、一途な奴らよのう。あの女子共はそなたらが義理立てするほどの女には見えなかったがのう?」
「何を言うか! キャロラインは私の理想の女性だ、愚弄するな!」
「マジか、すげえな! 俺は真白の奴が優柔不断すぎてすっげえ迷惑してんだけど」
「何?」
「あいつとメシを食いに行ったら、『どれもぜ~んぶ美味しそう~』とか言ってメニュー選ぶのに30分以上悩んだ挙げ句、けっきょく俺が選んでやる羽目になるんだぜ? ほぼ毎回」
「そ、それは大変だな……」
「あと、あいつは好んでケンカの仲裁に入るけど、うやむやにするから俺が尻拭いしなきゃなんねーし」
やれやれ、とあおいくんは肩を落とします。
「そうか……。いや、実は私もキャロラインの事で悩んでいて、彼女は『妖精がラフの果実に口付けをし、花嫁がその実を食べると子どもを身籠る』というおとぎ話を未だに信じているのだ」
「ラフの実?」
「しまいには、私がキスして良いかと尋ねたら、唇じゃなくて手を差し出して来るのだ。そんなピュアピュアな娘に私はどこから手を付ければ良いというのだ!」
はあぁぁ、とため息をつく王子様。
「そうか……、許嫁っつーからリア充で『やりまくりさんすけ』じゃねーかと思ってたけど、あんたもけっこう苦労してんだな」
「お互いにな」
はああああ、と王子とあおいくんはエクトプラズム(?)を吐き出します。
すると。
「何を言っておるのか、女の優柔不断は赦すのが男ぞ。それに女子にキスの許可など求めずとも良い! 唇なぞ強引に奪ってしまわぬか!」
なぜか女王パッチは、体育座りで興味津々に2人の話を聞いています。
「なんで、お前が俺らの愚痴に乗っかってくんだよ」
「オーッホッホッ、他人の不幸は蜜の味と言うであろ? 妾はそういう『甘み』も大好物なのじゃ」
「「はあ?」」
甘けりゃ何でも良いのかよ、と呆れる王子とあおいくんに女王パッチはワクテカしながら。
「ほれ、どうした? 続きはよ。なんなら妾が相談に乗ってやっても良いのじゃぞ?」
*
「スイーツクリエイト~、わたあめ~!」
優柔娘こと真白ちゃんが技を放つと、もこもこもこっと大型バスくらいの大きさの綿菓子が生み出されます。
「さあ、みんな乗って乗って~」
ピュアピュア娘キャロライン姫やオールブラックスがぼふぼふ飛び乗ると、ハエ・ブンブンが6本の脚でがっちり掴みます。
「じゃあ、空中要塞に向かってしゅっぱ~つ!」
『おおーーっ!!』
ハエ・ブンブンがヴゥーンと低い羽音を轟かせて、わたあめ筋斗雲はゆっくり青い空へと舞い上がって行きました。
どんどん地上から離れていく筋斗雲。見下ろすと赤茶けた山、黄色い砂漠と茶色い森。さらにその先には青い海が見えます。
アナ隊長の話では砂漠はきな粉で、森の木はブッシュドノエルの他にはバームクーヘンだったり、海はラムネやサイダーだったりするそうです。
「すごいね~」「すごいですねぇ」
聞けば聞くほど感心しきりのぽっちゃり姫様たち。『精霊界』は、実に不思議と魅力に満ちあふれています。
そうこうしていると、上空三千メートルぐらいの高さに到達しました。しかし。
「ううう、寒い押忍……」
いよいよ、ハエ・ブンブンが寒さを訴えます。
体感温度は10℃くらいでしょうか。黒アリ騎士隊オールブラックスもぶるぶるぶるぶる震えています。
「キャロちゃん、だいぶ寒くなって来たけどどうするの~」
「わたくしにおまかせあれですわ。出でよ、フラッシュハニーぃぃ!」
キャロライン姫は、真白ちゃんとオールブラックスにおなじみの技を放ちます。
そして、ハエ・ブンブンの口に繋いだホースの先に人差し指を突っ込むと、じょろじょろじょろとハチミツを流し込みます。
すると。
「……押忍っ? 寒くなくなったぞ、押忍!」
「急に快適になったであります。これは?」
「うふふ。この技にはこんな効果もありましてよ」
どうやら回復チート技『フラッシュハニー』は、過酷な環境に適応する効用もあるようです。
「すご~い、ドラ◯もんのテ◯オー灯みたいだね~」
「?」
「押忍! もっと甘いやつを飲ませてくれ、押忍!」
「いいよ~。スイーツクリエイト~、チョコレートフォンデュ~!」
「熱っっ!!」
真白ちゃんがホースの先に熱々のチョコレートを流し込むと、ハエ・ブンブンは口の中をやけどします。
そうこうしている内にさらに高度が上がって行き、とうとう筋斗雲は一万メートルの高さまで到達しました。
「そろそろ、空中要塞が見えて来る頃でありますが……」
「あ、あちらではございませんの?」
キャロライン姫が指差す彼方。
青い空の中にポツンと見えるのは、お碗を伏せたような形の白い物体。
ようやくぽっちゃり姫様ご一行は、空中要塞『ハニカムレディー』が手の届くところまでやって来ました。
ところが。
ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ!!
「ん~? これ、なんの音~?」
「これは……」
アナ隊長が目を凝らすと、前方に蠢くのは無数の粒で形成された、黄色い霧。
それは時間と共に青い空を染め尽くし、ついにその正体があらわになります。
「ま、まずいであります……。空賊『ミツバチパッチ』の一個師団であります!」
「「ええぇぇ~!?」」
つづくよ~ですわ♡