蝶々夫人は夜の蝶だよ~ですわ♡
「聖女様方、乗り心地はいかがでありますか?」
「少々揺れますけど、歩く事を考えたら全然へいちゃらでしてよ」
「座布団まで敷いてもらっちゃって、ありがとね~」
紅葉と枯れ木の森をえっほえっほと進む、黒アリ兵の騎馬戦の騎馬。
2人のぽっちゃり姫がそれぞれの馬上にあり、黒アリ騎士隊ことゴリマッチョのアリマッチョたち20名ほどがその周りを警護しながら進みます。
2人は、騎馬のすぐ側を歩くアナ・グランデ隊長に。
「あ、そういや~、『聖女様』はなんかこそばゆいから、名前で呼んで欲しいな~」
「それは良いですねぇ。わたくしもそちらの方が嬉しいですわ」
「はっ! しからば、これからは真白様、キャロライン様と呼ばせていただくであります」
かしこまりながらも、にこやかに応えるアナ隊長。
陸の移動手段を手に入れたキャロライン姫と真白ちゃんは、順調に旅を進めます。
ですが、目的地までは200キロの長ーい道のり。
途中、カサがチョコで軸がクラッカーという、不思議な食感のキノコを食べてみたり。
そうこうしながら、一行はようやく森を抜けました。
『え……?』
すると眼前に広がるのは、黄色い砂塵舞う広大な砂漠。
「ええっ? 森の外はいきなりこんな感じなんですの……?」
「極端だね~」
「い、いや、以前ここは緑の草原だったはずであります。こんなところまで砂漠の侵食が進んでいるとは……」
これはおそらく、ミツバチパッチが世界から『甘み』を奪った影響。大地からエネルギーが失われた結果、砂漠化が進んだものと思われます。
そして、目的地の『蝶々夫人』の住み処は、砂漠の真ん中のオアシスにあるとのこと。
5日間はかかる行程がすべて砂漠というのは、飲み水やサソリや紫外線でお肌が荒れちゃうなど心配する事も多いです。
キャロライン姫と真白ちゃんが困ったね~と、顔を見合せていると、ガクッ! と大きな衝撃が走ります。
「うや~!?」
「ひゃあんっ!?」
すると、2人が乗っている2組の騎馬の内、それぞれ1匹ずつのアリがばたばたと倒れました。
隊員たちは、あわててその2匹に駆け寄ります。
「どうした、エル! ナミン!」
「た、隊長……」
「どうやら、我々はここまでのようであります……」
なんとオールブラックスの隊員、アリの『エル』とアリの『ナミン』がいきなり死期を迎えていました。
原因は、極度の栄養失調。
「我々は隊長の下で働くことができて、幸せでありました……」
「しいて言うなら、死ぬ前に甘いミツを吸いたかった……」
その言葉を最後に、2匹はガクッと頭を垂れました。
『エルーっ! ナミーンっ!』
『ちっくしょおおおーーーっ!!』
ジョボジョボジョボ!
『!?』
突如、エルとナミンに注がれる琥珀色の液体。
隊員たちからミツを吸いたいと聞いたキャロライン姫が、右手から蜂蜜を放ちます。
すると。
「ファイトォーッ!!」
「V字回復ッ!!」
『!!?』
エルとナミンは跳ね起きて立ち上がると、ムッキムキムキッとポーズを取ります。
あれだけ瀕死だった2匹が、すっかり元気爆発になりました。
『キャロライン様、真白様、ありがとうございました!』
「いや~、2人とも元気になって良かったね~」
「ああっ、真白様たいへんです! 蜜が止まりませんの!」
「ええ~?」
キャロライン姫の手から出ていたハチミツの勢いはとどまらず、地面にどんどん流れ落ちていきます。
「こ、これはとめどないですわぁぁ!」
「う~ん、もったいないなあ。あ、そうだ。他のみんなも飲んでみる~?」
オオオオオーッ! と上がる大歓声。オールブラックスは嬉々として縦一列に並びます。
「は~い、1人ずつ順番だよ~。アリさんだけにあ~んと口を開けてね~」
真白ちゃんが黒アリたちを誘導し、キャロライン姫は黒アリたちの口に直接ハチミツを流し込みます。
シュールな光景でしたが、全員の口にちょうど行き渡ったところでハチミツがピタッと止まりました。すると。
『ファイッ、トオオオオォォォォーーーーッ!!』
『いっ……………、ぱあああああぁぁぁぁぁつ!』
「V字回復ーーーッ!!」
黒アリたちの筋肉にハリとツヤが宿り、ムキャキャンッとパンプアップを果たします。
黒アリの騎馬たちは、アリ顔なので良く分かりませんが、たぶん自信に満ちあふれた表情で。
『キャロライン様、真白様、どうぞお乗り下さい』
『こんな砂漠など、半日で走破して見せるであります』
「「やった~!」」
ぽっちゃり姫様ご一行は、200キロある砂漠を時速40キロで走り抜き、あっという間に目的地であるオアシスの街にたどり着きました。
*
キャロライン姫と真白ちゃんが訪れたのは、夕陽に照らされた土造りのような建物の街。
以前は、交易の中継地点として商人たちや温泉が目当ての旅人たちであふれていましたが、今はすっかりさびれています。
「真白様! こちらの建物は土でできてると思ったら、お菓子で出来てるみたいですわぁ!」
「あ、ほんとだ~。ざくざくっとして、固く焼いたビスケットみたいだね~」
「お二方、他人の家をかじるのは人としてアウトであります」
一行は、世界唯一の魔導師『蝶々夫人』がいるといわれる歓楽街を目指します。
蝶々夫人の住み処は、彼女が経営している『パピリオン』という名前の高級クラブ。街の中でもひときわ大きな神殿のような建物です。
「蝶々夫人ってどんな人かな~?」
「はうううう……、わたくし緊張してきましたわ」
「お二方には自分が付き従う。全隊、ここで待機!」
『ラジャッ!!』
オールブラックスの隊員たちを外に残し、ビスケット造りの豪邸の階段を登るキャロライン姫と真白ちゃんとアナ隊長。
「ごめんくださ~い……」
2階にあるマジパンで出来た扉を開けると、ふわっとシナモンのような甘い匂いがするお香がただよって来ます。
薄暗い、本棚に囲まれた図書館のような事務室に、キセルをくわえた人間サイズのアゲハ蝶がいました。
「てふてふてふ(笑い声)。いらっしゃい、あんたたちが来るのを待っていたよ」
彼女の背中には、虹色の燐粉が煌めく艶のある黒い羽根。
リアル蝶顔なので分かりにくいですが、声の感じから酸いも甘いも噛み分けた、熟女の雰囲気がします。
「え~っと、わたしたちは~」
「あんたは『真白』。そっちの琥珀色の髪のぽっちゃりお姫様は『キャロライン』。黒アリの兵士さんはモハメッド王国騎士隊長の『アナ』。そうだろう?」
「え?」
「そ、そのとおりであります」
名乗るまでもなく3人の名前を言い当てる蝶々夫人。
「えぇっと、わたくしたちは……」
「『さらわれたパートナーを助けたい』のと、『自分の世界へ戻る方法を教えて欲しい』、だろう?」
言おうとしたセリフを先取りされて、驚くキャロライン姫に蝶々夫人はおそらくニヤッと微笑むと。
「あたしは『パピヨン・イカリヤ』。人呼んで、魔導師『蝶々夫人』。ちなみに旦那はこの町の町長だから『町長夫人』でもあるんだがね」
そう言って、てっふっふと笑う蝶々夫人。
おそらく彼女の持ちネタなのでしょう、仕上がりすぎているギャグに3人はほけーっとしています。
「まあ、立ち話もなんだ。茶でもシバきながら話をしようじゃないか」
応接用のスペースの床にはペルシャじゅうたんのような豪奢な敷物が、壁には曼陀羅が描かれたタペストリーがかけられています。
キャロライン姫と真白ちゃんは夫人の対面のソファーに座らせてもらい、その横にアナ隊長が立ちます。
「まずは『精霊界』へようこそ。あたしがあんた達を召喚んだのは他でもない。極悪空賊『ミツバチパッチ』を打倒し世界を救ってもらいたいからなのだが、そこは理解してもらってるな?」
「おっけ~」
「なんとなぁく、心得ておりますわ」
「自分たち、モハメッド王国もミツバチパッチを討伐するために動いておりますが、具体的にどうしたらいいか、考えをお聞かせ願いたいであります」
話が早いと、蝶々夫人は満足そうにうなずきます。
「実は、ミツバチパッチを倒す方法とあんた達が自分の世界へ帰る手段は一致している。ミツバチパッチの本拠地に秘蔵されている『ロワイヤルゼリー』を奪うことだ」
「ロワイヤルゼリ~?」
「ぷるぷるして美味しそうですわぁ」
「てふてふてふ。ロワイヤルゼリーとは高純度のエネルギー物質のことだよ。理由は分からないが、ミツバチパッチはそれを作り出すために世界中から『甘み』を集めている。それをまた世界に還元することができれば、奴らの企みも阻止する事ができるはずだ」
「「??」」
急にエネルギーとか物質とかの難しい話になったので、キャロライン姫と真白ちゃんは首をひねります。
「分かりやすく言えば、真白の世界でいうところの『元気玉』みたいなものさ」
「ああ~」
「えぇっと……、そのロワイヤルゼリーで、わたくしたちは自分の世界に帰ることができまして?」
「ああ、異世界を行き来するためには強いエネルギーを必要とするからな。それさえあれば、あんたらを送り還す事も可能だ」
「どっちみち、あおいちゃん達を助けに行くんだから、カ◯オストロのルパンみたいに、ゼリーをしっけいしてくればいいね~」
ね~、とキャロライン姫と真白ちゃんは、顔を見合わせます。
しかし、蝶々夫人は火がついていないキセルをくわえて難しい顔をしています。
「だが、話はそう簡単ではない。なにしろ奴らの本拠、空中要塞『ハニカムレディー』は上空1万メートルの場所にあるんでな」
「「「ええーっ!?」」」
「空中要塞……、お城がお空にふわふわ浮いているんですの!?」
「天空の城ラピ◯タ~?」
「上空1万メートルとは……。地を這うアリの足ではたどり着くのはムリであります」
想像をはるかに越える途方もない話に、3人はすっかり困ってしまいます。ですが。
「ひとつ手はある。『カカオ活火山』で修行をしている武道家、超虫(超人の虫バージョン)『ハエ・ブンブン』の力を借りるんだ」
「超虫……」
「ハエ・ブンブン……?」
「奴の強靭な肉体なら、1万メートルの高さまで飛ぶ事ができると思うんだが……」
「噂は聞いたことがあります。ハエ・ブンブン殿は孤高の求道者にして拳を極めし者、しかしその気質は豪き鬼とも悪魔ともささやかれているであります」
「ひえぇ……、とっても怖いお方なのですか?」
キャロライン姫はおとぎ話に出てくる『鬼』を、真白ちゃんは風の谷のナ◯シカの『王蟲』の姿を思い浮かべます。
「ふえ! わ……、わたくし、食べられてしまいますのぉ?」
「ふんふん、ふんふふ、ふんふんふ~。ん? 何が食べられるの~?」
キャロライン姫は、知っている鬼の知識を真白ちゃんに話します。
ムキムキのゴリマッチョなのが、柔らかい乙女をガッツリさらい、巣に連れ込んで食べた後、乙女はオーガの子供を産むというお話です。
「やですの、なんで食べられて子供が生まれますの? 王子様、うわぁあわん、やですのぉぉ、うわぁあわん」
「うや~、オーガのエッチぃ~。あ、でも、あおいちゃんならいい勝負になるかも」
キャロライン姫はありったけの妄想力で、あんなことやこんな事や、ましてやそんな事まで考えて泣き出してしまいます。
真白ちゃんは、執拗なローキックで頭が下がったオーガを、あおいくんがハイキックで仕留める姿を想像しました。
「う~ん。でもまあ、どんな虫でも、会って話せばきっと分かってくれるはずだよ。だから、そんなに泣かないで~」
「自分たちも、全力でキャロライン様をお護りするであります!」
「……、ひ、ひくえっ……そうですねぇ、いい虫もいらっしゃるのです、えっ、えぐ」
「アメちゃん食べる~?」
「い、いだだぎまふぅ……」
「てっふっふ、ちょっと驚かせ過ぎたかな? おっと、長話になってしまった。冷めてしまわぬ内にぐいっとお茶を飲ってくれたまえ」
ようやく落ち着いたキャロライン姫と真白ちゃんは、夫人からすすめられた甘い香りがするティーカップに口をつけます。すると。
「「にっが~い!」」
「てふてふてふ。この『ソ茶』は本当ならもっと甘くて美味いものなんだが、このご時世ではねえ……」
苦笑いをしながら蝶々夫人も苦いソ茶を口にします。
「今の精霊界は苦いばかりで荒れ果てている。このお茶こそがこの世界の縮図さ」
ティーカップを眺めつつ、蝶々夫人は寂しそうに肩をすくめます。
「むむむう、せっかくの美味しいお茶なのにいけませんわ。わかりました! わたくしが紅茶を甘くしてさしあげます」
「あ、いいね~。だったらわたしは、お菓子を出すよ。こっちは甘さ控えめがいいかな~」
キャロライン姫は、右手から蜂蜜の小さな球体を4つ浮かべると、それぞれのティーカップの中にポチャポチャンと落とします。
真白ちゃんは、円盤形の焼き菓子をぽぽぽぽーんと皆にふるまいます。
「「どうぞ、召し上がれぇ~」」
蝶々夫人は、ゆっくりと紅茶を口に含むと。
「……甘い!」
「んほぉぉぉ! さすがキャロライン様と真白様。お茶もお菓子も絶品であります!」
見た目は黒アリマッチョでも、アナ隊長は甘党の女騎士。遠慮なく紅茶をごくごく飲み、スコーンをもりもり食べます。
「これがあんた達が授かった能力かい……? てふふふ、こんな美味しいお茶は久しぶりに飲んだよ」
やったーっとハイタッチして、へにゃっとマシュマロのように笑うキャロライン姫と真白ちゃん。
「これだけのものをいただいたからには、相応に報いねばなるまい。急ぐ旅だろうが日も暮れた事だし、今日はウチに泊まって行くといい。高級クラブ『パピリオン』名物、温泉をごちそうしようではないか」
「えっ、温泉……!」
「やった~!」
次は皆さんお待ちかね、温泉回です。
つづくよ~ですわ♡
ちなみに、この世界の砂漠は『きな粉』でできています。




