オールブラックスはガチムチマッチョだよ~ですわ♡
「お腹、ペコペコですわぁ……」
「おなか空いたね~」
琥珀色の髪で水色のドレスをまとったぽっちゃり姫様と、パンダ頭で黒白ドレスのぽっちゃり娘さんが、枯れ葉の地面に座り込んで空腹を訴えています。
ここは異世界の森の中。周りには枯れてしまって実の無い木々や、得体の知れないバカでかいキノコしか生えていません。
「こんな時にあおいちゃんがいたら、『しょうがねーなあ』って言いながら、猪とかを捕まえてくれるんだけどな~、たぶん」
真白ちゃんは、あおいくんがおりゃーと猪の眉間に正拳突きを食らわしている姿を想像します。
「あぁぁ、素晴らしい……。わたくし、猪肉のソテーの果物ソースがけが大好物ですの。王子様もいらしたら、きっと鹿狩りなどをされるのでしょうに……」
キャロライン姫と真白ちゃんがはぁとため息をつくと、ぐぅとお腹が鳴ります。
「実は~、そのへんの木は全部ブッシュ・ド・ノエルだ」
「そうなのですか? いただきますわ!」
すぐにキャロライン姫は近くの木の幹に、ガブッと噛みつきます。
「ったらいいな~……って、ダメだよキャロちゃん、歯が折れちゃうよ~」
「本当にブッシュ・ド・ノエルですわぁ!」
「えっ、ほんと~!?」
真白ちゃんも木の幹を食べてみると、なんとびっくりチョコレートケーキでできています。
何でも言ってみるもんだね~、そうですねぇと食べ始める2人。
「でも……、なんかあんまり美味しくないね~」
「そうですねぇ……」
食感はロールケーキのスポンジなのですが、何だか薄味で『甘み』が足りません。
それでも、お腹がすいていた2人はもりもり食べます。
「まあ、味はともかくお腹はふくれたね~」
「でも、ずっとこの味ですと辛いですの。ハチミツが恋しいですわ……」
お腹をポンポンとさすりながら、食い荒らした木々を眺める2人。
すると、その時。
『この辺りの森をメチャクチャにしたのは、貴様らかーっ!』
「!!」
ドスの効いた声が森いっぱいに響きます。
そこへ、現れたのは2人よりもはるかに大きな黒アリたち。
黒光りするガチムチマッチョの巨体を誇る、リアル蟻顔をしたいかつい兵隊が並び立っています。
「貴様らは、極悪空賊『ミツバチパッチ』の手の者だな!」
「えっ……、ミツバチパッチ?」
初めて聞く名に、キャロライン姫と真白ちゃんは顔を見合せますが。
「え~と、わたしたちは~」
「言い訳するなーっ!!」
「え~?」
「全隊、あの怪しげな2人組を捕らえるぞ!」
『ラジャ!』
隊長らしい大アリを先頭に、黒アリ兵たちはトライアングル型に並んで、どっしりと腰を落とした構えを取り。
『カ、マテ! カ、マテ!』
『カ、オラ! カ、オラ!』
膝を叩いて、肘に拳をぶつける動作を繰り返し、戦いの踊り『ハカ』を始めました。
『カ、マテ! カ、マテ!』
『カ、オラ! カ、オラ!』
「……えーと、まだ追いかけて来られないのでしょうか?」
「じゃあ~、今のうちに逃げちゃおっか?」
2人はアリたちが踊っている間に、こっそりその場から立ち去りました。
「いや~、あぶないところだったね~」
「こ、怖かったですわ……」
『待てーーっ!!』
「!!」
2人が振り向くと、アリ顔なので良く分かりませんが、たぶん鬼のような形相で追ってくる黒アリ達!
「神聖なるハカを見ずに逃げるなど、言語道断! 成敗してくれるわ!」
『ラジャ!』
「「うやぁ~!!」」
キャロライン姫と真白ちゃんはドレスのスカートを持ち上げてダッシュで逃げだしますが、2人とも運動は得意ではないのであまり速く走れません。
しかし、アリたちも走るのは苦手なようで、もっこもっこと抜きつ抜かれつ(?)のデットヒートが続きます。
ですが!
グキキッ!
「ああっ!」
走ることに慣れていないキャロライン姫は、足をひねって倒れてしまいました。
「キャロちゃん!」
「ま、真白様ぁ……。もうわたくしは走る事ができません。わたくしを置いてお逃げください」
「え~、そんなことできないよ~」
「このままでは、2人とも捕まってしまいますわ。せめて真白様だけでも……」
「そんな~」
こうしている内にも背後に迫る、黒アリの兵団。
何かを選ぶことが苦手な真白ちゃんに、突きつけられる選択の瞬間。
せめて、キャロちゃんのケガを治すことができたら……。
真白ちゃんがそう強く願ったその時、不思議な事が起こります。
「えっ……?」
真白ちゃんの右手に光の粒子が集まり、ぺかーっと眩しく輝き出します。
光が掌の上に収束すると、美味しそうなイチゴのショートケーキが生み出されました。
「キャロちゃん、大丈夫? ケーキ食べる~?」
「いただきますわ!」
キャロライン姫は即答して、真白ちゃんから差し出されたショートケーキを一口パクリ。
すると。
「お・い・し・い・ですわぁーーーっ!!」
ガカアーッ!
キャロライン姫はスクッと立ち上がり、美味しさのあまり口から怪光線を吐き出します。
光線は一直線に森を貫き、その射線上の木々は丸焼けになってしまいました。
「こ、これは美味しすぎますわ! 真白様もどうぞお食べになってください!」
興奮ぎみに勧められ、真白ちゃんも自作のケーキを食べてみますと。
「お・い・しぃ~~~っ!!」
ガカカアッ!!
真白ちゃんもどんぐりたれ目から天に向かって怪光線を撃ち放ち、一瞬空が茜色に染まります。
もう近づく事すらできずに、あんぐりと口を開ける黒アリ兵たち。
「真白様! いつの間にか木が焼けて、焼き菓子みたいになっておりますわ」
「あ、ほんとだ。美味しそう~!」
2人は、こんがり焼けて香ばしい匂いを漂わせる木に飛びつきますが。
「うーん、香ばしいけどやっぱり甘さが足りないね~」
「せっかくのブッシュ・ド・ノエルですのに……。どうしても、ハチミツが欲しいのですわ!」
キャロライン姫がそう強く願ったその時、不思議なことに彼女の右手がぺかーっと輝き、琥珀色の液体が湧き出して来ます。
「ええっ?」
姫はおそるおそる、指をペロリとなめると。
「こ、これは、極上のハチミツですの!」
「ええ~!?」
早速、2人はほかほかと湯気を立てるブッシュ・ド・ノエルに姫が分泌した液体を塗って食べます。
「「お、お、美味しい~~~!」」
「わたし、こんなとろけるように風味豊かなハチミツ、食べたことないよ~!」
「これは『ふぁぁぁぁん』で『はふぅぅぅん』で、『はわわわぁぁぁん』ですわぁ!」
キャロライン姫と真白ちゃんは、そこら中の木々にハチミツを塗りたくります。シロアリのように木をガツガツ食べまくる2人に、黒アリたちは黒アリなのに顔面蒼白になっています。
「ふう~、食べた食べた~」
「はああん、大満足ですわぁ」
ようやく食べ終わり、ますますまん丸になったキャロライン姫と真白ちゃん。
ごろんと2人が地面に寝っ転がっていると、ザッ! ザッ! ザッ! と黒アリの兵隊たちに、あっという間に取り囲まれてしまいました。
「あ、ありゃりゃ~、この人たちの事をすっかり忘れてたね~」
「あ、あわわわわ……」
ゴゴゴゴゴと、すごい緊張感を醸し出す黒アリたちにビビるキャロ白コンビ。
しかし、黒アリたちは一斉に土下座をすると、声を揃えてこう言いました。
『聖女様! どうか我々の世界をお救いください!』
「「………………はいっ?」」
*
地面に額を叩きつけ、一糸乱れぬ完璧な土下座を見せる黒アリ兵団。キャロライン姫と真白ちゃんは自分たちを指差しながら顔を見合わせます。
「わたしたちが~?」
「聖女様、ですか?」
いや、ないない、と手を振るキャロライン姫と真白ちゃん。
すると、隊長とおぼしき大アリが立ち上がり、ムキムキッと筋肉を誇示しながら。
「いえ、貴女方こそ異世界から召喚されし『癒しの聖女』様! その証拠に、周りをご覧下さい!」
隊長アリに言われて2人は辺りを見回すと、キャロライン姫が蜜を塗りたくった地面には草の新芽が生え、枯れた木々からは青々とした葉っぱが生えております。
「「こ、これは……?」」
「はっ、申し遅れました! 自分はモハメッド王国騎士隊『オールブラックス』の隊長、アナ・グランデであります! 聖女様方にはご機嫌うるわしく、本日は足元が悪い中……」
「まってまって~。足元は悪くないし、急展開過ぎて頭がついて行かないよ~」
「あの……、わたくしたちは、こちらの世界に来たばかりで右も左もわからないのです。よろしければ一から説明をいただけませんか?」
騎士隊長のアナは、これはしたりと胸筋をピクピクと動かします。
「はっ! チュートリアルをご所望と仰せでしたら、自分が説明役を務めさせていただくであります!」
アリのアナ・グランデから聞くところによると、キャロライン姫と真白ちゃんがやって来たのは虫が巨大化し、知能を得て進化した『精霊界』と呼ばれる世界。
そこに住まう虫たちは花や木の蜜、いわゆる『甘み』をエネルギー源として生命活動を行い、全ての種族が争いも無く平和に暮らしておりました。
ところが、数ヶ月前に突如『ミツバチパッチ』と名乗る蜂の空賊が現れ、世界中から大事な『甘み』を奪い去って行ったのです。
『甘み』を奪われた大地は枯渇し、虫々(人々の虫バージョン)は困窮を極めるようになってしまいました。
さらに、ミツバチパッチは奪った『甘み』をアジトに蓄え、何か良からぬ事を企んでいる様子。
虫々から『打倒ミツバチパッチ』の気運が高まる中、精霊界では各地で色んな手段を講じられていたとの事です。
「そして、貴女方は世界で唯一の魔導師『蝶々夫人』の召喚術にて異世界から来られた、『癒しの聖女』様で間違いないのであります!」
「癒しの~?」
「聖女……」
確かに、異世界転移をした人間にはボーナス特典として、何かしらのチート能力が与えられるもの。
先ほど、真白ちゃんは手からお菓子を、キャロライン姫はハチミツを生み出したのはその能力が発現したからでしょうか?
「そういえば、キャロちゃん足は痛くないの~?」
「え? あ、そう言われてみますと、もう治っておりますわ」
「きっとそれこそが、生きとし生けるものに活力を与える『癒しの聖女』の能力であります! 聖女様方、ミツバチパッチを成敗するために、どうかそのお力をお貸しいただけないでしょうか!」
「いいよ~」
『軽っ!』
真白ちゃんが簡単に了承したので、キャロライン姫もオールブラックスも軽くずっこけます。
「たぶん、あおいちゃんと王子様がさらわれたのはそのミツバチパッチ達だと思うから、成敗はともかく会いに行かないといけないし~」
「なるほど、お仲間の方が……。でしたら、我々も極悪空賊の対策を練るため、蝶々夫人のところへ向かうところであります。よろしければご案内しましょうか?」
そう言って、アナ隊長はムキャキャッと背中の筋肉を鬼のように盛り上がらせます。
「わたくし達をこちらの世界にお呼びになった方にお会いできるのは願ってもないことですが、夫人のお住まいはどちらですか?」
「この先だいたい、200キロくらいの場所であります」
「そんな遠くに……、せめて100キロほどにまかりませんの?」
「お金じゃないから、無理であります」
「あはは~、その発想は無かったね~」
200キロと言えば、普通に歩けば5日はかかる距離。女性で、しかも外を出歩かないキャロライン姫には到底歩けるような距離ではありません。
「大丈夫であります! 聖女のお二方は我々が担いで参りますので!」
いつの間にか、黒アリ兵たちは騎馬戦の騎馬の陣を組み、2人が乗るのを良い笑顔(?)で待ち構えています。
「我々は、力だけが取り柄でありますので!」
「へえ~、それはありがたいね~」
「で、でも、わたくし、王子様以外の殿方とお肌が触れあうのは控えたいのですが……」
深窓の令嬢であるキャロライン姫は、アリとはいえ漢気あふれる騎馬に乗ることに難色を示します。
が。
「その心配はご無用です! 我々は全員『メス』であります!」
ムキムキムキキッと、ポージングをする黒アリ兵たち。
全員アリ顔なのと、ガチムチなので全然分かりませんでしたが、アリ科の生物はハチ科と同じく、兵隊アリは全て女性で構成されているのです。
「「え……、えええぇぇ~!?」」
つづくよ~ですわ♡